救われた想い
『お前の存在は偽りだったとしても、オレは深内詩を知っている。偽りの偽りだといったお前をオレは知っている。オレにとってはそれこそが真実なんだ。そしてお前に関わった他の奴らにとっても。お前自身の、そのために生きていた時のな』
そうだ。自分でも言った。
偽りでも真実になれる。
こいつらは、そのオレを知らない。
この偽りのオレしか。
だったら、それでいいじゃないか。
このままこいつらに身を任せれば……。
オレは手を伸ばし、その手を――
パシッ
「え?」
払った。
……違う。
オレが嘘だというのなら、オレがすることは一つだ。
本当のオレが望んでいたことを潰すこと。それしかないだろ。
「天見連……ここはあえて、ありがとうと言おう。お前のおかげでオレは最後にすべてを知った。オレが何なのかをな」
どこでトリガーが引かれたか詳しくはわからないが、天見連の言葉できっかけが掴めたのは事実だ。
「そのおかげで迷う必要がなくなった。これはオレが一度死んでいるとわかったあの時と同じだな。いや、それはオレではないか……」
それは世良幸希が三和田浴衣であったことを指すもの。オレではない。
「つまり、わたしたちと一緒にいたくないってことかな?」
「ああ……だが正直、もうどうでもいいんだ。今消えても、オレはそれでいい」
「消えるって……どういうことだよ!」
「オレは偽りだからな。本物の邪魔ができたのなら、それだけで十分だ……と思えたんだ」
「今あたしたちの目の前にいるのは、世良幸希以外の何者でもないんだよ! 偽物とかそんなのない! あんたはあんた! そうでしょ!?」
「お前もオレと同じことを言うんだな。……オレはわかって否定しているんだ。そんなんじゃ、意味はない」
「天見連。お前の意見もそうだ。オレはお前のいう一つになることも叶わない存在。消えて当然と言った誠の偽物と、同じような存在だ。お前はそれでも悲しみを覚えてくれるんだろうが……な」
「そうだね。君が消えたら、わたしは悲しいよ」
こいつの言う悲しいとはどっちだ?
三和田浴衣としてか?
世良幸希としてか?
「君が偽物……か。それが君の絶望ってことかな?」
天見連は、オレに払われた腕をさすり、手を見ながら聞いてくる。
「なら、君にはわかる? 君の言うわたしの絶望が何か……」
こいつの絶望……。
確かに、オレはこいつのことは何も知らない。
三和田浴衣の記憶で、こいつの昔のことはわかっても、それより後の、こいつはオレは知らない。
一体、何が絶望だったというんだ?
三和田浴衣への未練か?
「わたしの絶望……願い。それはね……」
天見連は顔を上げ、そして笑いかけた。
「君が幸せになってくれることだよ」
「!?」
オレの……幸せだと?
人の幸せを願うことが……そのために絶望になるだと?
……馬鹿な。そんな奴がいるなんて……ありえない。
つまりそれは、『人のために自分は不幸になる』という、オレと同じ。
それを自分からするなんて。
オレだって、そんなできた人間じゃないのに。
「……オレに消えろというのか?」
こいつはわかっているはずだ。
オレが幸せになるとはどういうことか。
「そうだね。君が幸せになるために消えなきゃいけないなら――」
そうしてまた、こいつはオレに微笑えみかけ、手を伸ばした。
「消えなくていいよ。世界なんて救わなくていい。だから、わたしも君の隣にいさせて。この世界が滅ぶその時まで」
……何故言える。
それはつまり、絶望のまま死んでもいいってことか?
どうしてお前は願わない。
幸せになりたいと――。
「わたしにとって、君は特別なんだ。浴衣でもあり幸希君でもあったから。でも君は、そのどっちでもないと否定したよね? それはわたしにとっての特別が増えただけなんだ」
「どんな君でもそれは君だ。その君がいなくなるなら……それが悲しいと君が思うのなら、わたしは君が望むようにしたいんだ」
どうしてこいつは、今のオレにそんなことが言えるんだ。
オレは偽物で……本物が世界を救うといったから、邪魔するために世界を滅ぼそうとして……。
決心までしたはずなのに……揺らぐ。
なんでだ?
何故に今なお、オレの心は揺らぐ?
どこにも要素はないはずだ。
だから、オレは絶望を願った。
それなのに……オレはどうすればいい。
『認めればいいだろ?』
……え?
『君が君であると認めたらいい』
……誰だ。お前らは。
『わかんないか?』
『ぼくたちは』
『君だよ』
『お前だ』
オレ?
『君は偽物なんかじゃない』
『それはオレたちが保証する』
偽物じゃないなら誰だ。
『言ったじゃないか』
『お前はお前だ』
『君が今までに感じてきた思いは、全部君のもので』
『お前の記憶の中にある、その日々も全部お前のものだ』
『偽りが真実になるんじゃない』
『本当だから真実になるんだ』
オレは本当? それが真実……。
もしもそうなら……オレは今――
こいつらと一緒にいたい。
だってオレは……こいつらと一緒にいて……。
こいつらのことが好きになっていたから。
全部覚えているわけじゃない。
オレが覚えているのは、オレには好きな人がいたということ。
今ここにはいないけど、でも、どこかで幸せになっているんだろう。
オレはそれだけでいい。
けど、この思いが偽物だと思うと悲しかった。
本物としての自分がほしかった。
けれど今オレは認められて、その気持ちは本当だと思ったら……わかったんだ。
こいつらとの思い出も、それだけ大事なものなんだって――。
オレにはちゃんとあった。
こんなオレでも思うこと。
人を想うってことが。
「……じゃあ望もう。オレはこの世界の存続を」
オレはそう言って……天見の手を取った。
――オレの過ごした記憶が今のオレだった。
そのどこにも、嘘はないって言ってくれたから。
オレは救おう。
それが最後にできた、この世界への未練だった――。




