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08 藤波を巡る因果

挿絵(By みてみん)


 その頃、近江国に、湯浅又平という絵師がいた。

 又平は絵の腕こそ優れていたものの、なかなか運に恵まれなかった。

 そして、自分で描いた絵を旅人に売りながら、なんとか暮らしていた。

 この又平の妹こそ、かつて南無右衛門に命を奪われた白拍子の藤波だった。

 藤波が亡くなった後、妹の於竜も又平と一緒に暮らしていた。

 二人は、藤波の命を奪った南無右衛門こと佐々良三八郎に復讐したいと思っていた。

 だが、三八郎がその後どうなったのか、二人には知る由もなかった。


 そんなある日のこと。

 又平は、自分の家の前を通りかかった一人の修行者に目を留めた。

 修行者は錫杖を手にし、笈を背負いながら、経を唱えている。

 ちょうどその日は、藤波の命日だった。

 「よかったら、家に上がって、妹の供養をしていただけませんか」

 又平がそう頼むと、修行者は快く申し出を受け、家の中へ上がった。


 そして話をしているうちに、於竜が修行者の顔をじっと見つめた。

 どこか見覚えがある。

 いや、それだけではない。

 「この人……藤波を殺した三八郎に似ている」

 於竜がそう気づいたのだ。


 実は、この修行者は、南無右衛門が変装した姿だった。

 銀杏の前を探して旅をするため、彼は、修行者に変装したのだ。


 南無右衛門は、もはや隠し通すことはできないと思った。

 そして、これまでのことをすべて打ち明けた。


 それを聞いた又平は、怒りに震えた。

 刀を手に取ると、その場で南無右衛門を斬ろうとする。

 ところが、そのときだった。

 又平の妻、小枝が突然、二人の間に割って入った。

  そして、南無右衛門をかばうように言った。

 「この方は、六年前の今日、私を助けてくださった人です」


 小枝は、二十両を強盗に奪われ、絶望のあまり首を吊ろうとしていた。

 そのとき、彼女を助けたのが南無右衛門だったのだ。

 藤波を斬ったあと、家族四人で逃げている途中に南無右衛門が助けた女。

 それが、又平の妻の小枝だった。


 それを聞いた南無右衛門は驚いた。

 しかし、だからといって、

 「自分が小枝を助けた恩があるのだから、藤波のことは許してほしい」

 などとは言わなかった。

 むしろ、

 「いずれ、又平の手にかかって死ぬことは覚悟している」

 と告げた。


 ただ、今だけは待ってほしい。

 南無右衛門には、若君である月若を預かる身として、やらなければならないことがある。

 行方不明になっている奥方、銀杏の前を探し出し、月若を母親のもとへ返さなければならない。

 さらに、不破道犬たちの陰謀も暴かなければならない。

 「月若を銀杏の前に返し、道犬たちの陰謀を明らかにするまで……」

 南無右衛門は、地面に頭を擦り付けるようにして頼んだ。

 「それまでの間だけ、待ってもらえないだろうか」


 又平は、しばらく黙って考えた。

 そして突然、南無右衛門が持っていた編笠を刀で真っ二つに斬った。

「今ここで、妹の藤波を殺した佐々良三八郎の首は斬った」

 又平は続ける。

 「残ったのは、妻の小枝の命を救った、もう一人の男だけだ」

 そう言うと、又平は隣の部屋へ続く襖を開いた。

 すると、そこには驚くべき人物がいた。


 桂之助である。

 なんと藤波の家族は、桂之助を匿っていたのだ。

 そして桂之助は、今ではすっかり過去の自分の行いを反省しているようだった。


 それを見た南無右衛門は、改めて決意した。

 何としても道犬たちの陰謀を暴き、桂之助を元の立場に戻してやろう。

 そう心に誓った。


ここまでお読み頂き、ありがとうございました。

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