09 妖蛇と蟹ー藤波の成仏
南無右衛門と又平の間の問題が解決し、桂之助が現れたそのときだった。
軒先に、一羽の雁が落ちてきた。
「なんだ?」
よく見ると、その雁の足には財布が括り付けられている。
しかも、その中には百両もの大金が入っていた。
すると今度は、見知らぬ男が、雁を追いかけるようにして駆け込んできた。
「その金は俺のものだ! 返せ!」
男が叫ぶ。
その顔を見た南無右衛門は、はっとした。
この男は、藤波を殺した夜に「百蟹図」を盗み出して逃げた長谷部雲六ではないか。
一方、小枝も男の顔を見て気づいた。
「この男……!」
雲六こそ、小枝が首を吊ろうとしたあの日、彼女から二十両を奪った強盗だったのだ。
思いがけず、自分に恨みを持つ者たちに囲まれてしまった雲六。
さすがに、もう逃げられないと思ったのか、観念したように口を開いた。
確かに、あの夜、小枝から二十両を奪った。
そして「百蟹図」は、その後、五十両で売り飛ばした。
だが、その金も遊びに使って、すぐに使い果たしてしまったという。
では、今持っている百両は何なのか。
「この百両は、妹を騙して身売りさせて手に入れた金だ」
雲六はそう白状した。
その金を持って歩いている途中、あの雁が落ちてきた。
見ると、雁には矢傷もない。
そこで雲六は、
「これは酒の肴にできる」
と思い、雁を持ち帰ろうとした。
そのため、財布を雁の足に括り付けて歩いていたという。
ところが突然、その雁が生き返った。
そして、ここまで飛んできたのだという。
「今日、こうして俺に恨みのある連中に出会ったのは単なる偶然ではないだろう」
雲六は、妙に落ち着いた口調で言う。
「この俺も、ついに命運尽きたということだな」
そう言うと、雲六はいきなり自分の腹に刃を突き立てた。
そのまま、雲六は息絶えた。
そこへ、また誰かが訪ねてきた。
南無右衛門たちは慌てて雲六の死体を隠し、表へ出た。
そこに立っていたのは、楓と見せ物小屋の主人だった。
主人の話によると、その日の昼間、楓が南無右衛門の姿を見かけ、
「会いたい」
と言ったため、二人で南無右衛門を探してやって来たのだという。
そこで南無右衛門は、雁が持って来た百両に気づく。
そして、見せ物小屋の主人に尋ねる。
「今ここに百両である。これで楓を身請けすることはできないだろうか」
すると主人は、少し考えてから答えた。
「これまで楓には、思った以上に稼がせてもらいました。そういうことなら、いいでしょう」
こうして南無右衛門は、思いがけず楓を取り戻すことができた。
その夜は、楓と二人で又平の家に泊めてもらうことになった。
その夜、南無右衛門は不思議な夢を見た。
夢の中で、隣に寝ている楓の布団から、彼女の腹に巻き付いていた蛇がするすると逃げ出していく。
南無右衛門が驚いて見ていると、たくさんの蟹が蛇の体に鋏を食い込ませていた。
蛇は苦しそうにもがき、その体からは血が流れている。
南無右衛門は、そこで目を覚ました。
「……夢か」
そう思った。
ところが、夢から覚めてみると、蛇は本当に楓の体から離れ、どこかへ消えていた。
さらに不思議なことが起こった。
「蟹……」
見た夢を思い出した南無右衛門は、笈の中にしまっていた「百蟹図」を広げて見る。
すると、絵の中の蟹たちの鋏が、なんと血で真っ赤に染まっていたのだ。
まるで、絵から抜け出した蟹たちが、蛇と戦い、また絵の中に戻っていったかのように。
同じ夜。
又平、於竜、小枝の三人も、同じ夢を見ていた。
夢の中に現れたのは、藤波だった。
藤波は、全身から光明を放ちながら、三人に向かって静かに告げた。
「もはや、自分の恨みは尽きました。これから私は、浄土へ向かいます」
そう言うと、藤波の姿は光の中へ消えていった。
翌日。
桂之助、南無右衛門、楓の三人は、又平の家を後にした。
まず向かうのは、南無右衛門の家。
そこで桂之助と月若を会わせる。
そしてその後、月若の母親である銀杏の前を探すため、再び旅に出るのだった。
眼平の手下によって連れ去られた銀杏の前は、今どこにいるのだろうか?
既に何者かの手によって命を奪われたのでは・・・。
「いや、そんなことは決してない!」
大きく首を横に振り、南無右衛門は、自分にそう言い聞かせた。
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