10 稲妻と燕ー遊女・葛城
さて、銀杏の前を眼平の手下に奪われ、その行方を探していた山三郎は、その後どうなったのか。
各地を旅しながら、銀杏の前を探していた山三郎は、ある宿で不思議な夢を見た。
夢の中に現れたのは、亡き父、三郎左衛門だった。
父は山三郎に、こう告げた。
「京都へ行け。そこで出会う、お前の幼い頃の許嫁が、私を殺した不破伴左衛門の行方を知っているだろう」
にわかには信じられない話だった。
しかし、ほかに当てもない。
山三郎は父の言葉を頼りに、京都へ向かうことにした。
京都の近くで古い家を借り、家臣の鹿蔵と二人で暮らし始める。
ところが、その頃には持っていた金もすっかり使い果たしていた。
そこで鹿蔵が薬草などを煎じ、それを売って、どうにか二人の暮らしを支えていた。
そんなある日のこと。
鹿蔵は、こんな噂を耳にした。
五条坂の妓楼の近くを、伴左衛門らしき男がうろついているという。
しかも、その男は雲に稲妻の派手な柄の着物を着ているらしい。
「もし本当に伴左衛門なら、逃がすわけにはいかない」
そう考えた鹿蔵は、名古屋家の者だと一目で分かる格好をして、五条坂へ向かった。
鹿蔵が着ていたのは、春雨に燕という派手な柄の着物。
さらに三本傘の鹿子紋を付け、編笠をかぶって歩いた。
すると向こうから、雲に稲妻の柄の着物を着た男が歩いて来る。
同じように編笠をかぶり、やくざ者のように肩をいからせている。
すれ違いざま、鹿蔵は自分の刀の鞘を、相手の刀の鞘にわざとぶつけた。
すると男は、いきなり鹿蔵の手首をつかんだ。
鹿蔵が振りほどこうとすると、今度は肘をつかまれる。
二人は一言も発しなかった。
次の瞬間、刀を抜き、斬り合いが始まった。
周囲にいた人々は驚いてその場から離れる。
そして、二人を取り囲むようにして遠巻きに見守っている。
そこへ、一人の遊女が近づいてきた。
遊女はにこやかな顔で二人に声をかける。
「お二人とも、何か理由があってのこととは思いますが、こんな場所で斬り合いをするのも、いかがなものでしょう」
女には、二人のことを恐れる様子など微塵も感じられなかった。
大した度胸だ。
「ここはどうか、私の顔に免じて、刀をお納めくださいませんか」
そう言われて、二人も、いつまでもここで斬り合っているのは大人気ないと思ったのか、刀を納めた。
そして、その場を立ち去ろうとした。
すると、その遊女が鹿蔵を呼び止めた。
「もしかして、あなたは名古屋山三郎さまではありませんか?」
鹿蔵は驚いた。
そして、目の前の遊女をよく見てから尋ねた。
「そういうあなたは、高間久米右衛門の娘、岩橋どのではありませんか?」
今度は女のほうが驚いた。
「確かに私は岩橋です。しかし、訳あって今は身を持ち崩し、葛城という遊女になってしまいました」
そう言う葛城に、鹿蔵はこれまでの事情をすべて話した。
そして今、三郎左衛門を殺した伴左衛門を探し、父の仇を討とうとしていることも伝えた。
それを聞いた葛城は、先ほどの男は伴左衛門の仲間の一人だと教えた。
そして、伴左衛門本人も、ときどきこの辺りをうろついているという。
さらに葛城は、少し寂しそうに続けた。
「私は今では、こんな身になってしまいました」
そこで女の表情が、急に普通の女のそれに変わる。
「でも、幼い頃の許嫁だった山三郎さまのことは、一日たりとも忘れたことがありません」
つい先程、喧嘩する男たちの前で啖呵を切った女と同じ女とは思えない。
「どうか、せめて一目だけでも、お会いすることはできないでしょうか?」
鹿蔵は、山三郎に話してみると約束し、葛城と別れた。
この話を聞いた山三郎は、葛城が遊女になっていることに、会うのをためらった。
しかし、葛城なら伴左衛門を探す手掛かりを知っているかもしれない。
そう考え、山三郎は会うことにした。
実際に山三郎と再会した葛城は、大いに喜んだ。
ところが山三郎は、葛城との再会を喜ぶというより、仇である伴左衛門の話ばかりをしていた。
それでも葛城は、山三郎のために金を工面したり、伴左衛門の居場所について情報を集めたりしてくれた。
そしてある日、ついに重要な情報を手に入れる。
伴左衛門たち五人全員が、一緒に廓へ遊びに来るという。
しかも、明け方に帰るらしい。
これを聞いた山三郎と鹿蔵は、五人が帰りに通るはずの道で待ち伏せし、討つことにした。
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