01 桂之助、藤波に溺れる
敬愛する山東京伝先生の名作に対する「蛇足」ではありますが、京伝先生に対する「推し活」の一つとして、ご容赦のほどを。
室町時代のこと。
風流をこよなく愛した足利義政は、京都に「花の御所」を造った。
「花の御所」には、諸国から美しい若者たちを集めて仕えさせていた。
その頃、佐々木国貞は、大和の国を治めていた。
彼には、二十五歳になる長男の桂之介がいた。
桂之介は、たいそうな美男子だった。
そこで彼は、「花の御所」に仕えることになった。
桂之介の家には、「百蟹の図」と呼ばれる珍しい絵巻物があった。
そこには、なんと百種類もの蟹が描かれていた。
この絵巻物のことを聞いた義政は、ぜひとも見てみたいと思った。
そして桂之介に持ってくるよう命じた。
そこで、家臣の名古屋山三郎が絵巻物を桂之介のもとへ届けに行くことになった。
山三郎は武芸に秀でていた。
その上、舞踊も大好きで、なかなかの腕前だった。
「百蟹の図」を届けに来た山三郎を見て、桂之介の家臣たちは彼の舞をぜひ見たいと言った。
しかし、一人で舞うだけでは少し物足りない。
「誰か、山三郎と一緒に舞える者はいないだろうか」
そこで、都で評判になっていた十七歳の白拍子、藤波が呼ばれることになった。
山三郎と藤波は、交互に舞ったり、二人で息を合わせて舞ったりしながら、さまざまな舞を披露した。
その見事な舞に、人々は大喜びだった。
そして最後に、藤波が「男舞」という珍しい舞を披露した。
それは、女性が剣を手にして舞うという、実に華やかで美しい舞だった。
その姿を見た桂之介は、たちまち藤波の虜になってしまった。
とはいえ、桂之介には国元に妻と子がいる。
そこで桂之介は、藤波を妾として召し抱えることにした。
さらに藤波の妹で、まだ十三歳の於竜も呼び寄せ、藤波の身の回りの世話をさせることにした。
藤波を手元に置くようになった桂之介は、すっかり上機嫌になった。
昼も夜も酒宴を開いては藤波と遊び、ついには御所への務めまでさぼってしまうほどだった。
そんな桂之介の姿を見て、山三郎は一人、心を痛めていた。
そんなある日のこと。
桂之介の家臣である伴左衛門が、藤波に横恋慕してしまった。
あろうことか、藤波に恋文まで送ったのである。
これを知った桂之介は、当然ながら激怒した。
「許せん! 伴左衛門を手打ちにしてくれる!」
今にも伴左衛門を斬り捨てそうな桂之介を、山三郎が慌てて押し留めた。
「お待ちください。伴左衛門の父親は、不破道犬という執権です」
桂之介の動きが止まる。
「ここで伴左衛門を手打ちにしてしまえば、きっと後になって、その権力を使って仕返しをしてくるでしょう」
振り上げていた刀を静かに下ろす。
「どうかここは、私の顔に免じて、寛大なお取り計らいをお願いいたします」
桂之介は、ひとまず手打ちを思いとどまった。
しかし、怒りまで収まったわけではない。
「それなら、その代わりだ。お前が伴左衛門を草履でさんざん打て!」
こう命じられてしまっては、山三郎も逆らうことができない。
山三郎はためらいながらも命令に従い、伴左衛門を草履で激しく打った。
こうして伴左衛門は、桂之介のもとから追い払われることになった。
ところが伴左衛門は、自分から藤波に手を出そうとしたことなど、どこ吹く風。
「草履打ち」という屈辱を受けたのは山三郎のせいだと思い込み、山三郎を逆恨みするようになった。
そして、いつか必ず復讐してやろうと心に誓ったのである。
一方、その後も藤波と遊び続ける桂之介を見ていた山三郎は、とうとう我慢できなくなった。
「このままではいけません」
山三郎は桂之介に、どうかこれ以上道を外れないよう、行いを改めてほしいと忠告した。
ところが、この忠告が桂之介の気に障った。
桂之介は以前から、何かと自分の行動に口を出してくる山三郎のことを、少々目障りな家臣だと思っていたのである。
そこで桂之介は、山三郎にこう命じた。
「『百蟹図』の絵巻物を置いて、国元へ帰れ」
山三郎は仕方なく命令に従い、国へ戻ることになった。
こうして山三郎が去ったあとも、桂之介は藤波との遊びに明け暮れた。
その生活はますますだらしなくなり、もはや誰にも歯止めをかけられないほどの有様になっていった。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。




