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巻き戻すたび、世界の解像度が落ちていく ~彼女を救う15,498回目の夏、僕だけが君を覚えている~  作者: 寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった


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救ったはずの彼女の食卓。並んでいるのは、0と1のノイズだった。

やれやれ。

君の指摘は、真夏の横浜の直射日光よりも容赦なく、俺の独白に混じり込んだ「不純物」を焼き切ってくる。

極限の状況において、自分が物語の登場人物であるかのような冷めた視点を持つことほど、滑稽で無意味なことはないな。


俺は走っていた。

山手の急な坂道を、肺が爆ぜ、喉の奥から鉄の味が競り上がってくるのを感じながら。

視界は白飛びし、影のコントラストだけが、剥き出しの現実として俺の脳に突き刺さる。


「ハァ、ハァ……くそっ、なんで、こんな……!」


足がもつれる。

鎖骨が浮き出るようなこの貧弱な体格が、今の俺には呪わしい。かつてネットの海に冷笑的な言葉を垂れ流していた頃の俺に教えてやりたい。お前が嘲笑っていた「無様な必死さ」こそが、今、たった一人の幼馴染を繋ぎ止めるための、唯一のガソリンなんだと。


視界の端では、物流ドローンの羽音が絶え間なく低周波のノイズを撒き散らしている。

空は、まるで世界の整合性が狂い始めたことを示すように、AR広告の文字化けしたネオンで不気味に歪んでいた。

俺は、震える手でストップウォッチを握りしめたまま、心臓が爆発するのを待つような速度で坂を駆け上がった。


「陽……どこだ、陽!」


俺の声は、夕暮れの喧騒に飲み込まれていく。

確かに彼女を連れ出したはずだった。だが、運命という名の収束は、俺たちの足掻きをあざ笑うように、街の構造そのものを組み換え、俺たちの手を無理やり引き剥がした。

気づけば、俺の隣にいたはずの陽の体温は消え、そこにはただ、アスファルトの熱気だけが停滞していた。


石田からの通信は、とっくに途絶えている。

ガレージは、おそらくもう聖域ではなくなっているはずだ。2026年のインフラを支配するエーテル社の影が、俺たちの青臭い抵抗を、無慈悲な力で押し潰している。


その時、路地の向こうに、聞き覚えのあるピアノの旋律が響いた。

静謐で、どこか悲劇的な予感に満ちた調べ。

俺は吸い寄せられるように、古い洋館が並ぶ路地へ踏み込んだ。


そこに、彼女がいた。


佐々木陽。

ショートボブの髪を揺らし、眩しそうに目を細めて笑う、俺の日常。

彼女は、あの針の動かない時計を、大切そうに両手で抱え、夕暮れの光の中で佇んでいた。


「……倫くん。遅かったね」


彼女の瞳が潤んでいるのが、はっきりと見えた。

手の届きそうな距離。だが、その背後には、夏の空を切り裂くように、数十台のドローンが黒い影となって静止している。


「陽、動くな! 今すぐ、そこから離れるんだ!」


「……もう、いいんだよ、倫くん。私、わかっちゃったの。私がここにいると、倫くんの時計だけが、ずっと進めないままでしょ?」


陽が、一歩、後ずさる。

その先は、海へと続く断崖だ。

AR広告の青い光が彼女の横顔を照らし、まるでもう、この世の住人ではないような透明感を帯びていた。


「何を、言ってる……俺は、お前を救うために……!」


「救ってくれたよ。この夏休み、ずっと。……私、倫くんが不器用なのを隠して、必死でかっこつけてるの、本当は全部知ってたんだよ。そんな倫くんが、私は大好きだったんだ」


陽の告白が、ピアノの旋律に重なる。

俺の指先は、ストップウォッチのボタンの上で凍りついていた。

もし今、これを押せば。

もしまた、過去を書き換えれば。

彼女を救えるかもしれない。だが、そのたびに、俺と彼女の思い出は削られ、解像度を失い、最後にはただのノイズへと成り果てる。


「凛ちゃんが言ってたよ。……私の存在が、あなたを壊しちゃうって。私、これ以上、倫くんを苦しませたくないの」


陽が、最後に見せた笑顔。

それは、これまで俺が隣で見てきたどの笑顔よりも、強く、一途な光を放っていた。


「さよなら、倫くん。……また、どこかの青空の下でね」


「陽!!」


俺が手を伸ばした瞬間、背後のドローンが一斉に脈動した。

銃声ではない。

空間そのものを、エラーとして排除するための、無機質な電子音。

陽の姿が、夏の蜃気楼のように、青いノイズとなって霧散していく。

指先に触れるはずだった彼女の体温は、わずか数センチの距離を残して、空虚な海風へと変わった。


俺は、その場に崩れ落ちた。

アスファルトの熱が、俺の絶望を肯定するように肌を焼く。

空には、ただ、何事もなかったかのように、AR広告の「真っ白な明日」というコピーが虚しく踊っていた。


俺は、涙で歪む視界の端で、ストップウォッチを地面に叩きつけた。

だが、そのデバイスは壊れることなく、冷酷なまでに「00:00」という数値を表示し続けている。

孤独な観測者、浅野倫。

俺の、本当の意味での闘いは、この真っ黒に塗りつぶされた夕暮れから、始まることになったらしい。


遠くで、ピアノの旋律が、一音だけ激しく、不協和音を奏でて止まった。

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