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「不壊の影」

12エピーソードで、最終話です。


4月25日か4月26日の夜には最終話アップします。

 ――ドォォォォン!!

 凄まじい衝撃音と共に、白い軽自動車のフロントが黒い巨体を跳ね飛ばした。


 ロングコートを翻し、怪物はゴミのように数メートル後方へと吹き飛ぶ。雨に濡れたアスファルトを滑り、怪物は大の字になって動かなくなった。

 陽菜はハンドルを握りしめたまま、荒い呼吸を繰り返す。

 やった。確かに手応えがあった。

 だが、その直後の別の感触が、彼女の心臓を冷たく撫でた。怪物を跳ねた直後、前輪と後輪が「何か」を乗り越えた、あの嫌な振動。ガタン、ガタンという、骨を砕くような確かな手応え。

「……翔太!」

 陽菜は車を飛び出し、道路に倒れている翔太のもとへ駆け寄った。

「翔太、大丈夫!? 今、あいつを……!」


「……あ、ああ……」

 翔太の声は、苦痛でひどく掠れていた。彼は顔を土色に変え、自分の足元を指差して絶望的な表情を浮かべている。

「陽菜……俺の、足を……」


 陽菜は視線を落とし、悲鳴を上げそうになった。

 暗闇と雨、そしてパニック。怪物を狙ったはずの突進は、そのすぐ横に倒れていた翔太の両足首をも巻き込んでいたのだ。無惨にひしゃげたズボンの裾から、どす黒い血が溢れ出している。


「嘘……ごめんなさい、私……そんなつもりじゃ……!」


「いい……気にするな。それより、あいつを……見てろ……」

 翔太が震える指で後方を指差した。

 怪物は仰向けに倒れたまま。

 それを見て二人は安堵の表情。


 ――しかし。

 陽菜の体から、一気に体温が奪われた。

 大の字で倒れていた怪物の、上半身だけが**――ムクッ――**と、糸で吊られた人形のように起き上がったのだ。


 二人は息を呑んだ。

 人間の可動域を無視した、機械的な動き。怪物はゆっくりと立ち上がり、深く被ったハットを直した。その動作には、痛みも、怒りすらも感じられない。ただ、“作業”を再開しようとする無機質な意思だけがそこにあった。


「……そんな……車で跳ねたのに……なんで……」

 陽菜の声が震え、絶叫に変わる寸前で止まる。


 怪物は立ち上がり、手から離れていた巨大な裁断バサミを拾い上げた。


 翔太は激痛に耐え、陽菜の肩を掴んで叫んだ。

「陽菜! 俺のことはいい、もう一度だ! もう一度、車であいつを引け!!」


「でも、翔太をこれ以上……!」


「いいから行け! あいつが来たら二人とも終わりだ!!」


 陽菜は涙を拭い、再び軽自動車へと飛び込んだ。

 ギヤを入れ、急加速で距離を取る。前方で荒々しくハンドルを切り、タイヤを鳴らしてUターンさせた。

 ヘッドライトが、再び立ち尽くす怪物を射抜く。


「死ね! 今度こそ死ねぇぇ!!」

 陽菜はアクセルを全開に踏み込んだ。

 エンジンが悲鳴を上げ、車体が猛然と加速する。車は翔太のすぐ先で辛うじて通り怪物へと向かう。

 ――だが。

 怪物は、今度は突進してくる軽自動車を直前で――

怪物は、重いコートを翻しながら、闘牛士のような鮮やかさでその場から横へ飛んだ。


 ――キィィィィィィ!!

 陽菜は咄嗟に急ブレーキを踏んだ。車体は水溜りの上を滑り停止する。

 ルームミラーを覗き込み、陽菜は絶望に叩き落とされた。

 怪物は、動けない翔太の方ではなく、車を運転する陽菜の方へと、静かな歩調で歩き始めていた。

 

 この女さえ消せば、もう邪魔者はいない。そう判断したかのような、冷酷な足取り。

 翔太は地面を這い、動かない足を引きずりながら叫ぶ。

「陽菜! 逃げろ! 陽菜!!」


 その時。

 雨音を切り裂いて、別の音が聞こえてきた。

 ――ウゥゥゥゥゥゥン――

 遠く、山の麓から響いてくる、かすかなサイレンの音。


 陽菜の背後、トラックやミニバンが停まっている方角から、パトカーが近づいてくる。

 赤い光が、土砂降りの峠道の木々を、断続的に照らし始めている。

 翔太も陽菜も一瞬心で思った。

 (助けが来た)


 だが、警察が到着するまでの、このわずかな数分。

 怪物は、獲物を仕留めるには十分すぎる時間だと理解しているかのように、裁断バサミをゆっくりと開き、陽菜の立てこもる車へと、その距離を詰めていった。

 ――シャキィィィィン……


 絶望の音が、サイレンの音をかき消すように響き渡った。



もしも気にいってもらえたら


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