断絶と来訪
ガクンッ、という激しい衝撃と共に、ミニバンのエンジンが再び息絶えた。
「動け……動けよクソッ!!」
翔太は狂ったようにハンドルを叩いた。左足が震えてクラッチを制御できない。
慣れないマニュアル車は、もはや鉄の檻でしかなかった。
バックミラー越しに、地獄が展開されていた。
怪物は、瀕死のユータの襟首を掴み、軽々と持ち上げた。そして、傍らに置かれた**「例の麻袋」最初に見た中身を切り裂き、血と髪の毛がこびりついたあの袋に、ゴミでも捨てるかのようにユータを放り込んだ。これで、あの袋には二人分の死が詰まったことになる。
続いて怪物は、新しい麻袋を一つ、無造作にトラックの荷台から引きずり出した。
逃げ惑う女性の足をハサミの柄で叩き折り、絶叫を上げる彼女をそのの袋へ。そして、最初に殺した軽自動車のパーカーの男をも同じ袋へ。
テキパキとした、「収穫」作業。
雨の中に、ずっしりと重い袋が二つ、路上に並んだ。怪物はそれを一つずつ、トラックの荷台へと放り投げる。ドサッ、ドサッという肉塊のぶつかる音が、翔太の精神を削り取っていく。
「警察……警察を呼ばなきゃ……」
翔太は震える手でポケットを探った。だが、そこにあるはずの硬い感触がない。
「あ……」
血の気が引いた。
パニックで車を乗り換えたとき、スマホを自分の車のホルダーに差し込んだままにしてきたのだ。あの動かない乗用車の中に。
その時。
少し離れた場所にある翔太の車から、ピリリリリ、ピリリリリと高い電子音が響いた。
雨音を切り裂くその音は、絶望的なほどにクリアだった。
怪物が、ゆっくりと首を巡らせた。
獲物を袋詰めし終えた巨体が、音の鳴る方——翔太の車へと歩み寄る。
怪物は運転席の窓越しに、暗闇で光り輝くスマホの画面をじっと見つめた。
そこに映っているのは、**『陽菜』**の二文字。
怪物はスマホを手に取ることはせず、ただその着信音を貪るように聞き入っている。
そして、一件の留守電が残る。
やがて、怪物の喉がゴロリと鳴り、陽菜の声で囁いた。
「……ショウタ……?」
それは、喧嘩の怒りも消え、ただ彼を心配する本物の陽菜のような響きだった。
一方、数、十キロ離れた陽菜のマンション。
静まり返ったリビングで、陽菜はソファに座り、スマートフォンの画面をじっと見つめていた。
「……あんな言い方、しなきゃよかったかな」
怒りに任せて電話を切ったものの、最後に翔太が漏らした「車をぶつけられた」という言葉が、トゲのように胸に刺さっていた。
彼女は位置情報共有アプリを開く。
画面上の翔太のアイコンは、山道の途中で完全に静止していた。
もう二十分以上、一メートルも動いていない。
「ねえ、返事くらいしてよ……」
陽菜はもう一度、通話ボタンを押した。
スピーカーから呼び出し音が虚しく響く。十回、二十回。だが、翔太が出る気配はなく、留守電に繋がる。
ただならぬ不安が、陽菜の背中を駆け抜けた。
あいつは嘘が下手だ。もし今の言葉が本当で、山道で立ち往生しているのだとしたら。
陽菜は留守電にメッセージを一件残す。
「翔太、大丈夫?……待ってて。今行くから」
そして、陽菜は迷わず車のキーを掴み、部屋を飛び出した。
自分の向かう先に、恋人の名前を呼ぶ「死神」が待ち構えていることなど、知る由もなかった。
夜のハイウェイを、一台の車が北へと走り出す。
GPSの指し示す、あの地獄のような山道を目指して。




