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ホラーゲームですから!  作者: うばたま
第五章 目覚めたもの
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 何かが落ちてきた。

 リーガンがそう思うと同時に、悲鳴が上がった。

 しかし、音がした方向は、入り口とは正反対だ。窓から侵入したにしては、ガラスが割れる音はしなかった。なぜと思うより先に、その答えはわかった。

 「暖炉から!」

 誰かが叫び、誰かが魔法を発動させた。

 キャリー・ブラックだ。

 風の魔法により、彼女の金髪が舞い上がった。しかし、放たれた風の刃をあっさりと避け、そいつはその大きな体からは到底想像できないほどのスピードで駆けてきた。

 「ひっ!」

 真っ先に自分を攻撃してきた敵に狙いをつけたのか、キャリー目がけて走るゼノを、横からアッシュが斬りつけたが、ゼノの動きを完璧に封じることはできなかった。

 動きこそ止まったものの、忌まわしい魔物は、その長い舌を伸ばしキャリーの、突き出した両手を掴み上げた。彼女の華奢な体が引き摺り倒された。

 「助けなきゃ!」

 エスターが叫び、フレッドが剣でその舌を斬り落とそうと試みるも、少女一人を引き摺るほどに強靭な舌である。刃こぼれした彼の剣では、多少の切り傷を作ることしかできなかった。

 その隙にダミアンが風の刃をぶつけるも、硬い鱗にはさしてダメージになっていないようだ。

 エスターは氷魔法を発動させようとするが、水の上級魔法である氷魔法を作り上げるには時間がかかるうえに、彼女の魔力はもうあまり残っていない。

 リーガンは火球を作り上げるも、発動させるのは躊躇った。何しろあのスピードだ。簡単に避けられるし、その後ろには書棚がある。古い本や紙は、この乾燥した空間の中でさぞ燃えるだろう。ここが今のところ唯一の安全地帯であり、安全な脱出ルートの確保がされてない以上、ここを失うことはできない。

 「誰か、あいつの動きを止めてくれれば……」

 動きさえ止めることができれば、火球をぶつけることは可能だ。暴れて他に燃え移る可能性はあるが、エスターがいれば水魔法で何とかしてくれるだろう。

 「いやあ!」

 キャリーが悲鳴を上げた。ゼノが彼女の腕を縛るその舌を巻き、彼女の体を自分に引き寄せたのだ。喰うつもりか、それともまた、あの幼体を植え付けようとするのか。

 どこからか、あの鉄の矢が飛んできた。矢は正確にゼノの腕に、腹部に刺さるも、ゼノは鬱陶しそうにそれらを払いのけた。先程の個体より防御力の面で優れているらしい。しかし、動きを止めることには成功した。続けてアッシュとフレッドが再度斬りかかる。

 「リーガン様!」

 リーガンの赤い魔方陣に、アナベルが黄色の魔法陣を重ねてきた。

 「キャリーに」

 珍しく鋭い口調の彼女に、リーガンはその意図を察して頷いた。

 アナベルの魔法陣に合わせるため、リーガンは赤い自分の魔法陣を少し縮めた。魔法陣が重なることで、新たな、別の金色の魔法陣が浮かび上がる。うまく重ねることに成功したのだ。

 火と土の魔法陣を組み合わせることで作られる属性は「金」。強固な守りの力である。

 金色の光に守られたキャリーを喰らおうと、ゼノがその血の匂いのする口を大きく開け、彼女に食いつこうとするも、激しい衝撃を受け、弾かれたように化け物はのけぞった。怒りの声を上げてもう一度食らいつこうとするも、やはりそれは叶わない。

 異形の化け物が吼えた。ガラスを引っ掻いた音に近い、甲高く、聞いたものを無条件で不快にさせる声だった。

 リーガンはふと、あの不快な音は、猿が警戒する時に発する音に近いと聞いたことがあったのを思い出した。遠い遠い、まだ人間と名乗れなかった遠い先祖が恐怖を感じる音、その名残。

 原始的な恐怖を呼び覚ますその音に、キャリーは震えあがった。

 「いやあああああ!」

 叫び、暴れ、無我夢中だった彼女は、なぜか魔法陣を作り出した。本来魔法は意識を集中させて空気中の魔素から作り上げるものである。今の彼女の状態でそれが可能とは、ここにいる誰も想定していなかった。

 しかし、彼女は作り上げたのだ。小さいながらも、美しく刻まれた()()()()()を。

 「な!?あれは、火の魔法陣!?」

 リーガンが目を見開き、ダミアンが身を乗り出した。

 「そんな!?」

 近距離で炎をぶつけられ、ゼノは苦痛の声を上げた。舌の力も緩み、キャリーの体は解放された。その隙に、後ろに下がっていたサミュエルが火球をぶつけ、ゼノを囲む炎はさらに強くなった。禁じられた呪法で作られた魔物は、浄化の炎に弱い。その巨体は倒れ、尻尾だけが未練がましく床をのたうち回った。その際に燃え移った炎は、エスターが素早く消火しておいた。

 「キャリー嬢!」

 倒れ込んだキャリーの体を抱きかかえ、アッシュが彼女の体をゼノから離した。

 「何とか助かった、か」

 「しかし、何で彼女が火の魔法を?彼女は風属性のはず」

 キャリーが風属性であることは、誰もが知っている。彼女は、この学年の成績優秀者なのだから。

 いかに優秀であろうとも、二つの属性を持つ者はいない。

 「ただし、例外が一つだけ」

 気まずそうにフレッドが顔を背けた。

 女性であれば、ある()()()()()、二つの属性を併せ持つことがある。

 「キャリー、あなた……」

 当のキャリーは呆然とし、その後、先ほどとは違った絶望に顔を覆った。

 「そんな……嘘よ、嘘……」

 「相手は、ギルバート?いやしかし、彼は水属性だった」

 アッシュが思わずそう言い、言ってからしまったとばかりに口をふさいだ。そんなことは、無関係な彼が口にすることではなかった。

 「彼とは、そんな関係じゃなかった」

 あらぬ疑いをもたれた親友のために、キャリーが、絶望の中でもしっかりとそれだけは否定した。相手が誰なのか、彼女だけは知っている。身に覚えがあるのは、あの忌まわしい夜だけなのだから。

 ここ最近の不調はそれなのか、と彼女は歯噛みした。まさかという思いがあった。そうでなければ、と願っていた。けれど。

 本来、誰もがその身に宿せる属性は一つだけだ。だが、その身に二人分の命があれば。

 妊娠している期間、その身に宿る胎児の属性が、母体と違った場合、母親は一時的に二つの属性を持つことができるのだ。

 「はっ。こんな時に孕むとは。卑しい女はこれだから」

 吐き捨てるように言ったミシェルを、エスターとアナベルが睨みつけた。

 「殿下、やめてください。今はそんなこと言ってる場合じゃないんですよ」

 アッシュが不愉快そうにそう言うと、ミシェルはふんと鼻を鳴らした。

 「だってそうじゃないか。学生の身分で結婚前に男と交わるなど汚らわしい」

 「私だって望んでなかったわ!汚らわしいあんたとの子なんか!」

 黙っていたキャリーが、とうとう叫んだ。彼女はうんざりしていた。理不尽な暴力にさらされたあの忌まわしい夜。何一つ落ち度のなかった彼女だけが責められ、侮辱され、さらにこんな責め苦を負い、その加害者からさらに罵倒など。

 「()()()との……?」

 アッシュがキャリーを庇いながら、呆然と呟いた。エスターとアナベルは意味がわからず、ぽかんとしている。フレッドが、信じられないような目でキャリーを見て、その視線の先に目をやった。そこにいたのは、彼の主であるミシェルだ。

 「貴様、僕に何て口を。しかも、どういう意味だ。その言い方ではまるで」

 「あんたの子よ!忘れたとは言わせないわ!三か月前夜道で突然襲ってきたのはあんただった!酒臭い息をさせながら、私の顔にストールをかぶせて、がんがん殴りつけて!」

 キャリーの頭には、相手が王太子であることもすっぱり抜けていた。いや、この異常な事態の中、不敬がどうのなど、もはやどうでもよかった。殺したければ殺せばいいとさえ思った。あの夜から、彼女は酷い屈辱の中耐えて耐えて耐えてきたのだ。その鬱屈した思いが今、一気に爆発した。

 「三か月前……」

 フレッドは、彼女の言葉を噛みしめ、記憶を必死で探った。ミシェルには、自分やアッシュ、ダミアンの誰かが必ず付き従っていた。ミシェル自身が時折それを煩わしく思っていてもだ。ほうっておくと、何をしでかすかわからなかったからだ。けれど、三人の誰も彼の傍にいられない日は確かにあった。例えば、自分とアッシュが騎士団の入団試験に臨んだ日。ちょうど三か月前のあの日は確か、ダミアンも生徒会の引継ぎで傍にいられなかったはずだ。当日の朝、三人でさんざんミシェルにうかつなことをしないよう進言したのだから覚えている。

 そして、その日の夜、帰ってきた時、嫌な空気があったのをよく覚えている。禁止されているはずの酒の匂いをぷんぷんさせながら、彼が寝ているところを見つけたのは、フレッドだった。あの日確かに、酒に紛れて何か別の匂いもあった。

 「ストール……」

 ダミアンが呆然と呟いた。

 ストールをなくしたという彼に、「ストール一つだって国民の税金で出しているのですよ」とダミアンが苦言を呈したことを覚えている。思えばあの時、ミシェルがダミアンの諫言に怒るでもなく、静かに聞いていたことを訝しんだ記憶があった。

 「まさか」

 「違う違う!僕は知らない!僕の地位に目が眩んだ狂言だ!お前のような卑しい女に触れたりなどするか!」

 「殿下。お答えください。三か月前、殿下は両手に怪我をしてました。おかしいと思ってたんですよ。すりむけていたのは、指の外側。ちょうど拳で何かを何度も殴ったかのように見えました」

 アッシュが静かな声でそう訊いた。キャリーをミシェルから庇うような姿勢で。その目には怒りの火がともっている。彼が本気で怒ると、その口調は静かなものになることを、長い付き合いのフレッドは知っていた。

 ああ、俺もアッシュもダミアンも、長いこと仕えてきた主より、ろくに知らないキャリー嬢の言うことを信じている。

 なおも叫ぶ主を見ながら、フレッドは胸の内で呟いた。

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