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不安要素は大いに残っているも、とりあえず目標は達成されている。
何とかアッシュたちと合流出来たので、図書館に引き返すことに、異議を唱える者はいなかった。
先頭をアッシュ、その横をキャリーがランタンを持って視界を照らし、その後ろをエスター、ミシェル、サミュエル、デニス、そしてフレッドが最後尾を務めている。
「フレディ、さっきの矢って」
エスターがわざわざ後ろまで来て、そっと囁いた。
「ああ。恐らくは護衛の人だろうな。本来王子を守るためだけにしかその力を使ってはいけないことになっているから、礼も言えないけど」
先ほどの射撃で、護衛の人物も何となく予想はついたが、フレッドは何も言わなかった。
「フレッド!エスターと何を話している」
ミシェルがフレッドを睨みながらずんずんとやってきた。エスターはうんざりしたようにため息をつき、フレッドは何も言わずに肩をすくめた。サミュエルとデニスも、何も聞いていないふりをしている。先頭にいるアッシュとキャリーなど、振り返ることすらしていない。
ゾンビはいつ襲ってくるかわからない上に、あれほど苦戦したゼノが、まだいるかもしれないのだ。王子にいちいち構っている余裕は、誰一人として持ち合わせていなかった。
運よくゾンビたちに遭遇することはなかった一同は、ようやく図書館の扉の前に立った。呼び鈴を押すと、しばらく後に扉の向こうで少女の声がした。
「……誰?」
「おい、早く開けろ!僕を誰だと思っている。外は危険だというのに、なぜ閉めているんだ!」
アナベルの声に応えようとしたフレッドを押しのけ、ミシェルが怒鳴った。
「俺たちで決めたんですよ。ゾンビがここに来る可能性だってあるんですから」
フレッドがそう言うのと同時に鍵を開ける音がした。
「フレディ様、みんな無事?」
「ああ、アッシュたちと無事に合流出来た。エスターも無事だ。それに、他に生存者もいた」
「ん」
フレッドの言葉にアナベルが頷いた。表情は変わっていないが、口元は少し緩んでいるような気がする。
一同が入ると、司書室の中ではリーガンがお湯を沸かしていた。ミシェルはリーガンの姿を見て不愉快そうに顔を顰めたが、何も言わなかった。
「リーガン様、私が」
アナベルが気遣うように声をかけた。先程、リーガンが倒れたからだ。
「大丈夫よ。動いていた方が気が紛れるし」
リーガンはそう言って微笑んだ。それに、お茶を淹れるのは王妃教育の一つでもあった。
客人が来た時、もてなしの多くは当然命令された使用人が行うが、お茶を淹れることだけは女主人の仕事だからだ。リーガンは当然ここの女主人ではないが、女性の中で身分はこの中で一番高い。それなら、自分がすべきと思っていた。
「……そうだ、これをお出ししようかしら」
リーガンがそう言って指さしたのは、部屋に置かれていた焼き菓子の籠だった。その横には、茶葉の入った缶が置かれている。先程、もしものことを考えて手を付けなかったものだ。
「……いいと思います」
二人の視線の先には、エスターに何か言い募るミシェルの姿があった。
「貧相な菓子だな」
目の前に置かれた紅茶と焼き菓子を前に、ミシェルはそう言った。残りのメンバーは相変わらず白湯のみだ。そのことに、特に疑問を感じることもないのか、はたまた自分の身分ならそれも当然のことだと思っているのか、ミシェルは何か言うでもなく、文句を言いつつも茶菓子を手に取った。
リーガンとアナベルはその様子をさりげなく見ている。エスターとフレッドも、さりげなくミシェルの様子に目をやった。ダミアンは何も言わずに白湯を飲み、アッシュたち合流組はそのどことなく異様な空気に、口を挟むこともできずに、黙っている。
「ああ、やはり味気ない。こんなものを僕に出すなんて、やはりお前は正妃になる器ではないということだな、リーガン」
彼は紅茶にも手を付ける。さすがに王家の人間だけあって優雅な手つきだった。
「まあ、それは大変失礼しましたわ」
にこやかにそれだけ言って、リーガンはやはり紅茶を飲む王太子をチラチラと見た。彼の様子が変わる気配はない。
「殿下。大変な思いをされましたね。お体の具合はいかがですか」
ずっと黙っていたダミアンが、穏やかな声で尋ねた。王太子の具合など、心底どうでもいいことだが、今だけは違う。何しろ、彼はここに置かれていた紅茶と焼き菓子を摂取したのだから。
「ふん、寒いし騒がしいし汚いし最悪だ。一体いつになったら救助が来るのだ」
「寒いのは紅茶を飲んだことで多少は和らぎませんでしたか」
「薄くて香りも乏しい、温かいことしか取柄のない紅茶だった。リーガン、お前はまともに茶の一つも淹れられんのか」
「申し訳ありません」
事務的に謝りながら、リーガンはダミアンと目を合わせた。アナベルも頷く。
どうやら問題ないようだ。
「では、残りはわたくしたちで処理しますわ」
リーガンの言葉と同時に、アナベルが残りの焼き菓子を全員に回した。みな、神妙な顔で受け取ったが、その瞳は喜びが映っていた。なにしろパーティー以降ずっと何も口にしていなかったのだ。
「は?」
「これ以上、貧相な焼き菓子を殿下に出すわけにはまいりませんもの。ああ、お茶も淹れ直しましょう」
「いや、しかし」
ミシェルは何か言いたげだったが、それ以上何も言わなかった。なぜなら、何か言うより先に、全員食べ終えていたのだから。
「今後の予定ですが、恐らく救助は早ければ明け方でしょう。状況によってはもっとかかるかもしれませんが」
焼き菓子と紅茶の夕食を済ませた後、ダミアンが全員を前にそう言った。
「それまでここで待機が一番いいですが、フレディの話ではゼノがまだいるかもしれないと」
その言葉に、フレッドとエスターが頷いた。
「もしこの場所が知られたら、ここも安全ではなくなるでしょう。基本ゼノは空を飛んだりはしませんが、壁を伝って天井に上るくらいの芸当はできます。ここは二階ですが、それくらいの高さなら、窓から侵入することも可能でしょう」
つまり、ここが絶対に安全な場所ではないということだ。キャリーが体を震わせ、アナベルは人形を抱きしめた。
「それに、ゾンビも危険です。単体ならバブ化したゾンビであろうとそれほど脅威ではないですが、集団で来られると厄介です。大勢で飛びかかってきたら、あの扉だって破られるかもしれません」
実際扉は多少だが破損している。音が漏れていないからゾンビが気付いていないだけで、ここに生きた人間がいると知られたら、ゾンビが押し寄せてくる可能性は非常に高い。
「なので、ここ以外の安全な場所や逃走ルートを確保することが重要になります」
「それに、他に生存者がいるかどうかも知りたい」
フレッドがそう言うと、一同は頷いた。倫理上の問題だけでなく、戦力は一つでも増やしていきたい。
「屋上は気球が止まる場所だし、扉さえ押さえておけば侵入経路は他にないと思います。まあゼノが来るかどうかはわからないすけど。ただ、広いから戦いやすいという利点もあるんですよね」
アッシュが先ほどのゼノを思い出しながら言った。できれば二度と相対したくない相手だった。
「他に何かないか。例えばあの日誌にあった地下通路とか」
「ああ、そのことだが……」
その時、後ろの方角から何か物音がした。全員が思わずビクリと体を竦ませた。後方には何もないはずだ。ここにいたゾンビたちは、全て片づけたのだから。
「本でも落ちたんじゃ……」
「ああ、確かに何かが落ちた音だったように聞こえた」
エスターの言葉にフレッドが言いかけた瞬間だった。
蛇にも似た、不愉快な何者かの声がした。どうやら、落ちたのは本ではないらしいと、リーガンは杖を握りしめつつ思った。




