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「チート?」
「ちょっと違う。本編通りに進んで行けば、まずぶつからないけど、ちょっと逸れていったらヒントが転がっているんだ。ヒントを解いて進めたら手に入る、まあアイテム?みたいな」
「なんでそこ疑問符つくの。まあ、よくある裏技みたいなものか」
「短時間クリアするには邪魔だけど、手に入れたら便利なアイテムか」
「ゲームにはよくあることだろう?、最初のヒントは――」
(久々に前のことを思い出した。でも、そのヒントの場所すら思い出せていないから、役に立たないわね。裏技ってことは、絶対それがあった方がいいだろうになあ)
「リーガン様、大丈夫?」
動きを止めて、眉間にしわを寄せて考え込んでいたせいか、隣でアナベルが心配そうに顔を覗き込んでいた。その大きな瞳が心配そうに気遣わし気に揺らめいているのを見て、リーガンは思わず微笑んだ。
「ええ、大丈夫。何だかわからなくなって」
禁書エリアはそれなりに広い。鍵のかかった個室は、それなりの大部屋だった。そして、当然本棚も多いのだが。
「さすがに『666番』の棚は見つからないわね」
日誌の最後に記されていた「ろく ろく ろく」から、『666番の本棚』があるのではと思ったが、本棚に振られている番号は、327までだ。
記憶違いなのか、棚番号ではない何か別の数字なのか、それとも本棚とは全く別のことに関してなのか。リーガンにはわからないが、何らかの重大なヒントのような気がした。だからこそ、あの記憶も甦ったのだろう。しかし、どちらも肝心なところを教えてはくれない。
「エスター様たちも心配ですね」
「そうね」
結局、ホールに戻るのはフレッドとエスターに決まった。ここまで来るまでも、うまく連携が取れていた二人だったが、心配なものは心配だ。
ホールに向かう前に、図書館内は徹底的に調査したので、他にゾンビの気配はない。
リーガンとアナベルはため息をつき、司書室に向かった。司書室にはお茶の道具一式と、誰かが置いておいたのか焼き菓子があった。
エスターたちが出る前、ここで束の間全員で休息をとったのだ。
みな空腹だったが、焼き菓子に手を出す者はいなかった。なにしろ、この図書館には、悪意を持ってこの事態を引き起こした何者かが立ち寄っているのだ。置かれている焼き菓子に、何か罠がないとも限らない。
水の方は、一応エスターが水とカップに浄化の魔法をかけて、リーガンが作り上げた火の魔法で沸騰させた。茶葉も不安があったので、結局白湯だけとなったが、喉を潤し、体を温めてくれるには十分だった。
一同は皆ほっとし、笑顔を向け合った。あれほど心を落ち着かせたお茶会もなかったと、リーガンは過去の豪奢ではあるが、白々しい空気が流れるお茶会を思い出しつつ断言した。
「ホールにいる人間がどれくらいいるかわからないけど、戻ってきたエスターたちのためにも、いつでも用意できるようにしておかないとね」
水瓶にはまだたっぷり水はあったし、湯を沸かす程度の火はいつでも起こせる。
「その中には、王太子もいますね」
アナベルが、表情を変えないままぽつりと呟いた。表情はそのままだが、その声からすると、リーガンを気遣ってくれているようだ。
「別に気にすることは何一つないわ。婚約破棄は私としても願ってもない提案だったし、あの方に思うところは一つもないの」
これは本当だった。大勢の前で恥をかかされた、という恨みはないこともないが、それ以外で彼を恨む気持ちは欠片たりともなかった。
もともと本人たちのあずかり知らぬところで決まった婚姻だ。
公爵令嬢という立場ならわかるが、いまのリーガンは、現代を生きる日本人女性としての感覚が大きい。親の決めた結婚なんてものに、何も意義を見出さない。結婚とは、お互いの愛情で決めるものだという認識がどうしても強い。
「それに、私、あの方のことを全く存じ上げないし」
言ってて、妙だなとふと思った。二人の婚約が決まったのは、確か十年ほど前のことだが、なぜ、自分は彼のことをろくに知らないのだろう。
日本人としての記憶が甦ったせいで、リーガンとしての記憶が消えてしまったのか、それとも。
(そもそも、私の日本人としての記憶とか、かなり曖昧よね。名前も覚えていないし。どうやって死んだのかも覚えていない。それなのにこのゲームのことだけは覚えているなんて)
そんなことを考えていると、ダミアンが二冊の本を持って入って来た。どちらも分厚く、片方は羊皮紙に書かれているものらしい。表紙はひと際厚い革製で、古びて薄汚れているせいか、どこか不気味で禍々しくリーガンの目には映った。
「ダミアン様、何それ」
「こっちは、例の生徒会室への鍵ですよ」
アナベルの疑問にそう言って差し出した本は、本の形をした入れ物だった。表紙をめくると、中は空洞になっており、その中には金色に輝くエンブレムが鎮座している。校章である花の絵が描かれ、中央には赤く小さなルビーが埋め込まれていた。
この鍵はリーガンも見たことがある。ただし、図書館から引っ張り出したのは初めてだった。生徒会委員として活動していた彼女は、きちんと予備のエンブレムを渡されていたから。
「私たちの持つエンブレムより綺麗ね」
「これだけ純金製なんです。無駄遣いもいいとこですが」
苦笑しつつも、ダミアンはエンブレムを取り出した。図書館での安全が確保されたら必要はないのだが、何が起こるとも限らない。持っておいて損はないだろう。
校章の花をまじまじと見たのは初めてだった。普段の予備のエンブレムは銀製であり、ところどころ酸化しているせいで黒ずんでいた。そのため、中央に彫られている絵が校章だと、あまり意識していなかったのだ。
「この花」
「この花、架空の花ですよね。異国の響きがあって、私は好きですが」
アナベルの言葉に、リーガンが驚いて顔を上げた。
「椿が?」
校章は、椿の花だった。日本では冬には至る所で見られる花だが、この世界では、架空の花であるらしい。
そして。
椿、という単語を出した瞬間、リーガンの足元がぐらついた。立っていられないほどのめまいがしたのだ。
「リーガン!」
ダミアンの声が、どこか遠くで聞こえた。
自分が自分ではないような、不思議で不快な感覚。これは、さっきも感じたものだった。
視界が黒く染まり、ふらつく彼女の体を、誰かが支えた。この腕はダミアンのものだ。なぜなら、彼女は知っているのだ。
(ああ、思い出した)
ダミアンの腕に支えられたまま、リーガンは目を閉じた。
(私の名前は、椿だ。ツバキ、それが、日本での私の名前だった)
この世界には存在しないはずの花。その事実は、自分がこの世界で異端な存在であると言われた気がした。それは、彼女は何とも言えない寂寥感を与えた。




