7
屋上ではなく図書館で籠城するという選択肢もある。
それを考慮しつつも、この場所へ来た目的は果たしておくべきだ。
手に入れた鍵を眺めながら、フレッドはそう言った。これには全員同意した。図書館の扉は頑丈ではあるが、破られる可能性がないわけではない。対策は万全にしておくべきだろう。
禁書エリアへのドアに鍵を差し込んだフレッドは、鍵を回すよりも先に、振り返り、下がっていろと合図を送った。
中から、何かしらの声がしている。そして、何かを引き摺るような、湿った音。
エスターは小さくため息をつき、素直に従った。フレッドのことだ。音から、中にいるのが何なのか、何人いるのか、当然把握しているのだろう。
そっと鍵を回し、ゆっくりと扉を開けたフレッドは、剣を抜いた。エスターに何度も浄化の魔法をかけてもらったそれは、幾分かくたびれているように見える。おそらく刃こぼれしているだろう。
ダミアンは自分の剣を一瞥した。自分の剣を彼に渡すかどうか迷っているのだ。利き腕を負傷している彼は、以前と同じように戦うことはできない。それならば、有効に活用できる相手に渡した方が生存確率は上がる。
だが、問題がある。彼はちらりと、剣の柄に埋め込まれた見事な緑の魔石に目をやった。ダミアンの魔法媒体具は、この剣なのだ。正確には、この埋め込まれた魔石だが。
緑色の魔石は、風魔法に必要な魔素を集めやすくできている。フレッドは土属性なので、彼がこの魔石を使いこなすことはできない。
それに、フレッドの武器は何も剣だけではない。むしろ、彼が一番得意とする武器は、あの籠手に内蔵されている鉤爪だ。
「ダミアン、それは必要ない」
ダミアンの考えを読んだのか、フレッドが首を振った。そうして、床を蹴った。
彼の向かう先には、ゆっくりと歩くゾンビがいた。その首を即座に刎ね、しばし意識を集中させ、頷いた。このエリアに、ゾンビはいないということだろう。
「あれ?ねえフレディ。その人、何か持ってる」
ドアの向こうで様子を窺っていたエスターが、倒れているゾンビを指さした。
「え?」
「ほら、その手にあるもの。ノートじゃない?」
よく見ると、血だまりが広がりつつある床に、革製のノートが落ちている。ゾンビは、先ほどの司書のゾンビと同じく職員の制服を着ている。ということは、彼もまた、ここの職員だったのだろう。
「本当だ。何だってこんなものを」
フレッドが呟きながら、そのノートを手に取った。
「何か書かれている。業務日誌だな。日付と、その日の業務内容が書かれている」
フレッドはしばらく手帳に書かれている文章を目で追い、眉間にしわを寄せた。
「何だこれ……」
「何が書かれていたの?」
彼は日誌を手に持ったまま、真剣な顔でそれを一同の前で広げて見せた。エスターは軽く首を傾げた。こんな状況の中だが、その仕草は小動物のような愛らしさが前面に出ており、誰もが思わず胸をときめかせてしまうような魅力があった。彼女の足元に血まみれのゾンビの遺体がなければ。
彼女はそのままノートを手に取り、静かな声で読み上げた。
「……今日の日付が書かれてる。『今日は卒業式。図書館は午前中は開けているが、午後から大掃除に入る。明日からしばらく閉館するのだから。禁書エリアは特に注意しなくてはいけない。一か月前に第一級禁書が盗まれた一件もあるため、慎重を期したい。……作業はおおむね終了」
エスターが少しだけ顔を上げ「ここから字がすごく乱れている」と言った。その意味することを、リーガンたちは正確に把握していた。
「『一体何だあいつらは!まず、一人の学生が入ってきたことから始まった。なぜかぐったりした生徒を抱えて。卒業パーティーなのに何をしているのかと思いきや、その学生は何やら呪文を詠唱し始めた。魔法陣の色は、私が知らないものだ。あんな禍々しく、おぞましい色の魔法陣なんか、見たこともない!そうして、急にぐったりしていた生徒が動き出したのだ。いや、あれはどう見ても動かされている。まるで操り人形のようだ。そうして、心配して近寄った司書が犠牲になった。いきなり喰いつかれたのだ。助けようとした職員が一名、またしても犠牲になった。あれは、死者を呼び起こす禁呪だ。なぜ、あの学生はあんなことができた!?仲間が次々と喰われ、次々とゾンビになってゆくのを、私は震えながら見るしかできなかった。そして、私はこのエリアに逃げ込んだ。鍵をかけたが、きっと私は助からない。さきほど、腕を噛まれてしまったからだ。私が水属性だったら助かったかもしれないのに』」
エスターはここで辛そうに深呼吸をし、さらに続けた。
「『もう駄目だ、意識が朦朧としてきた。父さん、母さんごめんなさい。こんなことなら、もっと親孝行しておくんだった。自分の血がどす黒くなっているのが見える。化け物になりつつあるのだ。けれど、これだけは書いておかないといけない。あの日盗まれた禁書だ。きっと、あの学生が盗んだんだ。あの禁書には、死者を使役する禁呪について詳しく書かれていた。その対処法も。ここに逃げ込んだ生徒がもしいたら、どうか私を殺してほしい。あんな、人を喰うことしかできない化け物に成り下がるのだけは死んでも御免だ。そして、どうか逃げ延びてほしい。そういえば、この学園には地下通路があるという噂があるが、あれは本当の話だ。禁書の中に、それについて記載されている本があるはずだ。棚番号は思い出せないが』」
リーガンたちは顔を見合わせた。かつて、真偽もわからず話していた別の生存ルート。それが、こんな形で浮かび上がってくるとは。
「『それにしても、喉が渇いた。ああ、血が欲しい。血で喉を潤したい。腹も減った。柔らかい肉が喰いたい。甘い血と肉を喰いたい。扉の向こうで仲間が仲間を食べている音がする。羨ましい。私も喰いたい。くいたい、くいたいちとにく。にくにくにく。
ああ、おもいだした。ろく ろく ろく』……ここで途切れてるわ」
痛ましそうに床の男を一瞥し、エスターはノートを閉じた。一同はしばらく何も言えなかった。人がゾンビとなる、その心情を事細かに聞かされたのだ。
「整理するとこうですか、誰か、しかもこの学園の生徒が、この図書館内で禁呪を使い、ゾンビを発生させた、と」
「考えたら、外はバブ化したゾンビばかりだった。バブ・ゾンビに噛まれたらバブ化するからな。けれど、この図書館のゾンビは、普通、と言ったら語弊があるか?まあ、よくあるゾンビだった。知能も足りないし、動きも遅い」
フレッドは先ほど、苦も無く倒した数体のゾンビを思い出していた。学園内を歩くゾンビたちが、全てあの動きなら、油断さえしなければ、それほど脅威ではない。
「なぜここを?」
リーガンは呟きつつも、その答えを知っていた。それは、このノートに書かれていた。
「犯人にとって、都合の悪いことをこの人たちが知っていた可能性があるってことよね」
禁書の存在である。そこには、禁呪について書かれていたのだ。
そうして、その対抗策もだ。




