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「あ~エンブレム見つからない」
「っていうか、普通こんな造りにしないよね。ゲームの仕様とはいえ、こんな不便なこと」
「それ、さんざん突っ込まれたから、次作るとしたら、普通の鍵は盗まれたって設定にしておくよ」
「初代のエンブレムってどうだったっけ」
「確か、中庭の噴水にニセモノのエンブレムがあって、それを図書館にある禁書扱いの本に入っているエンブレムと入れ替えて、その取り替えたエンブレムを生徒会室にって……ああ、ややこしい」
「ニセモノだったっけ?そのエンブレムってどうなったっけ……」
空き教室に入って、エスターはあらためてまじまじとダミアンの腕に目をやった。
「ちょっと失礼しますね」
なぜかダミアンではなく、隣のリーガンに頭を下げながら、彼女はダミアンの腕を取った。包帯代わりのドレスの切れ端を取り去り、至る箇所に触れながら、注意深く観察している。どうやら血は止まったようだ。
「他に傷はありませんね。よっと」
小さな青い魔方陣が浮かび、ダミアンの腕に、綺麗な水がかけられた。乾いてこびりついた血を洗い流してくれているのだろう。
アナベルは途中の廊下から持ってきたランタンを手に、エスターの手元を照らしている。フレッドは入り口のドアの前に立ち、外の気配に意識を集中させている。剣の柄に手をやっていないため、おそらく付近に敵の気配はないのだろう。
リーガンだけ何もしないのは非常に気まずい。とりあえず、無駄に布地の多い、ドレスの裾をまた破り、包帯代わりに差し出した。
「リーガン、また」
「どうせけちのついたドレスだし、もう着ないわ」
この場合の「けち」とは、婚約破棄のことである。
「ああ~、今思い出したけどそんなこともありましたね。何か、お疲れさま、でした?」
なぜか語尾が上がりつつ、エスターが心底嫌そうに顔を歪めた。リーガンがあの王子様のことをどう思っているかくらい、エスターも知っている。婚約破棄は、リーガンにとっても願ってもないことだったろう。とはいえ、公衆の面前で、一方的に突き付けられるのは酷い侮辱だ。高位の貴族であれば、もっと然るべきやり方がいくらでもあったろうに。
「あ、然るべきやり方じゃ無理なんだっけ」
「何のこと?」
「いえ、あの茶番ですよ。そりゃ、王太子の婚約なんて、国が決めた契約ですからね」
「もう王太子じゃなくなるでしょう」
外の様子を窺ってはいたものの、話はしっかり聞いていたらしいフレッドが口を挟んだ。
「あれだけのことをしでかしたんです。とはいえ……それすらも霞む今の現状ですが」
「……今、どれくらいの生徒が無事でいるんでしょうか」
アナベルが人形を抱きしめながら言った。陶器製の、精巧過ぎて不気味さすら感じさせる人形だが、彼女の心の安定に一役買っているようだ。
「パーティー会場にはアッシュ、キャリー嬢とあのバ……失礼、殿下が残っていました。他の生徒や教師は外に飛び出し、おそらく跳ね橋に向かっていたかと。しかし、あの様子じゃ跳ね橋は下がっていないようですね」
「跳ね橋を下げるのは、どこでできるのかしら」
リーガンはふと思い出した。確かに、今の状態であの跳ね橋を下げるとなると、大量のゾンビが街になだれ込むことになる。しかし、王都から騎士団がしっかりと待機している状態になれば、跳ね橋を下してゾンビが来ても対処できる。むしろ、大きい橋とはいえ一本道なのだ。多少動きが素早かろうと、的を絞りやすい分、騎士たちには有利だろう。
「そりゃ、管理人室ですね。跳ね橋のすぐ近くにある小さな小屋。おそらく、あそこも鍵がかかっているんでしょう。誰もあの中に入った形跡がなかった」
それはゲームの「ROLE」でもそうだ。あの小屋は跳ね橋を管理するためのものなので、特に頑丈な造りになっている。魔法に対する防御も完璧で、いかに強力な魔法であっても、それを掛け合わせたとしても、あの小屋を破壊することは難しいだろう。
「それ以外では?」
「それ以外ですか。う~ん……。あとは、あの鎖を一つ一つ断ち切るしかないと思いますが、それは無理でしょうね」
地上より遥か上で、いくつもの鎖があの跳ね橋を上げているのだ。それらを斬り落とすことは、まずできない。
「やっぱりあの小屋の鍵を探すしかないのね。しかも、見つけたとしても、橋の向こうで騎士団が待機している状況とかじゃない限り、降ろすことはできない。とりあえず、夜の内は無理よね」
「ええ。ただ、恐らく王都にはすでに連絡が行っているはずなんです。今まで黙っていましたが、俺もアッシュも、一応王子の護衛ではあるけど、それは表面上のものです。所詮は騎士見習いの学生ですし。本当の護衛は今も王子の近くにいて、王都には伝書鳩を使って連絡をしているはずです」
(それって、以前聞いていた全キャラクリアしたらできる、最強戦士って人のことかしら)
リーガンは、過去に聞いた設定を思い出していた。今目の前にいるのは、新旧のプレイヤーキャラ達だ。フレッドとエスター。アッシュがミシェルの傍に残ったのなら、やはりゲームの通りに動いている。アナベルがそれに加わってはいるが。
(アッシュはキャリーと一緒にいる。これまたゲーム通りね。おおむねゲームの通りに進んでいるってことかしら。でも、最強戦士がジェイソンでミシェルの護衛だとすると、どうしてミシェルと一緒にクリアとならなかったんだろう)
「その、王子の護衛って人は強いんでしょう。何で協力してくれないの」
エスターが不満たっぷりな顔で唇を尖らせた。彼女の魔力は豊富にあるが、先ほどから連続で使い過ぎていて、少々疲労が見えてきた。リーガンもアナベルもまた、同じだ。フレッドだって何も言わないが、何度もかつて級友だった者たちを斬り伏しているのだ。肉体的にも、精神的にも辛いだろう。
「基本、護衛は表に出てこないんですよ。護衛の対象はあくまでミシェル様ただ一人。ミシェル様が俺たちみたいに移動でもすれば、守るために一緒に戦うかもしれないけど、あの人、ずっと隅で震えてましたからね」
「ほーんと情けないったらありゃしないありさまでした。そのくせ上から目線でいちいちうるさいっての」
「ええ?でもエスターさんはここまで来てるのよ?普通一緒に行くものでしょ。ほら、真実の愛だっけ?愛するエスターさんの傍にいないの?」
リーガンがそう言うと、エスターが心底嫌そうに顔を顰めた。
「勘弁してくださいよリーガン様。マジないです」
「ごめんなさい」
素直に謝罪しながら、リーガンは小さく笑った。世間的には、婚約者を盗られた令嬢なのだ、自分は。それなのに、今自分はこうして盗ったはずの令嬢に文句を言われ謝っている。それも、元婚約者が、いかに彼女を愛しているかと言ったことで。それが、少しおかしかった。
「あのバカにそんな根性あるわけないじゃないですか。私のことが好きってのも、正確には「理想的な婚約者を捨ててまで愛を貫く自分」が好きなだけです」
冷静に分析するエスターに、リーガンは感心して頷いた。確かにそうなのかもしれない。
「さ、そんなことより」
エスターは懐から小さなエンブレムを取り出した。銅色に輝くそれは、中央に校章が描かれている。
「それは」
「さっき中庭の噴水で持ってきました。これを図書館だっけ?そっちで交換するんだっけ。ダミアン様の血も止まったし、多少なりとも休息できたし、早いとこ屋上の鍵を手に入れるためにも行きましょう」
次の目的は、図書館だ。




