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「幼体が!」
叫んでからのアッシュは早かった。哀れな生徒から飛び出たおぞましい生き物を一刀両断し、そのうちの片方を思い切り踏み潰した。汁気の多い果実が潰れるような不快な音がし、キャリーは眉を顰めた。
「殿下!もう片方に火魔法を!」
アッシュが叫ぶが、名を呼ばれたミシェルは、おびえた様子で飛び上がり、弱々しく首を振った。
「お、俺が!」
亡き友人の手を握りしめていた生徒が立ち上がり、怒りに燃える目で魔法陣を浮かび上がらせた。
小さめの火球を打ち込まれた幼体の体は瞬時に燃え、わずかな燃えかすが風に乗って消えていった。やはりエスターが言ったように、火で焼くのが一番効果的なようだ。
「まずい!潰してもまだ動くのか!」
アッシュの足元では、何か黒いものが蠢いていた。奴らは斬られても、分裂しつつ生きていたのは見ていたが、まさかここまで潰されても動くとは思わなかったのだ。
「こっちにも火魔法を!」
アッシュが言うより早く、男子生徒が魔法陣を構築した。
「避けてください!」
「おう!」
アッシュは後方に跳び、それと同時に火球が、分裂しつつ動き回る黒い生き物に向けられた。焼かれる寸前、キャリーに見えたそれらは、黒いヒルが何匹もひしめいて動き回る姿を連想させた。
幼体の欠片たちはそのまま燃え、わずかな灰だけが残った。
「奴らを倒すには燃やすか、さっきのエスター嬢みたいに凍らせるしか、倒す方法はないのかもしれない」
「風の魔法は多分通じませんね」
キャリーが悔しそうに呟いた。
「切り刻むことは可能だけど」
「ああ、そうすると、たぶんその分増えるってことか。あ、でもさっき、真っ二つになった奴らは合体することで元に戻った。もし、片方とか、欠片のいくつかを燃やしてしまったら、元には戻れないから無害か?」
アッシュの言葉に、キャリーは首をひねった。
「そういうことも可能なのですね。ですが……、昔聞いたことがあるんです。海の中にいる不思議な生物の話。その生き物はヒトデと呼ばれる星形の生き物なんです」
いきなり、何を言い出すのかと、アッシュはきょとんとキャリーを見た。ショックと恐怖で、どうにかなってしまったのだろうか。
「その生き物は、体を分けて、増えるのだそうです。体の一部を切り離し、二つとなり、その二つはしばらくすると、それぞれが元の大きさに戻って、結果的に二匹になる……」
「……え?」
アッシュは最初、この話の意味が分からなかった。大体、学校の授業すらアッシュの頭には難しすぎるとかねてより思っていたのだ。
けれど、これは難しいからもういいと放り出せるような類の話じゃない気がした。そうして何度も彼女の話を頭の中で反芻して、その意味することに気付き、背筋が凍る恐怖を味わった。
「つまり、やつらは分裂した分増える可能性が?」
「増えるにはたぶん時間がかかるから、可能なら元に戻る方を優先させたのかも。ですが、それが叶わなければ」
そんなまさか、とアッシュは言いたかった。そんな、何から何まで悪い方向へ話が行くようなこと、あるのだろうか。しかし、今の状況は既にアッシュの想像を遥かに超えるほどの「悪い方向」だ。常に最悪の事態を想定すべきなのだろうし、実際そうなのだろう。
「何て奴だ……」
アッシュが呆然と呟いた時、少し離れたところからすすり泣く声が聞こえてきた。先ほど、火魔法を放ってくれた彼だ。
「アーサー、お前はいい奴だったのに……俺を庇ったせいで」
嗚咽を漏らしながら彼は友人の顔についた血を拭ってやった。もう一人の男子生徒も、泣きながら拳を握りしめている。
「その、すまない。こんな時なんだが……」
この場に入るのは、非常に心苦しかったが、それでもアッシュには時間がない。死者を悼む時間は、今の彼らにはないのだ。
「ああ、先ほどはありがとうございました、アッシュ様。俺はサミュエル。こっちはデニス。こいつは……アーサーです」
アーサーという名の遺体に、軽く手を合わせてアッシュは「俺はアッシュ。あ、様とか敬語とかいらないんで」と、場の空気を少しでも変えたくて、あえて軽い口調で言った。
「それと、こちらはキャリー」
アッシュは、少し離れた場所にいるミシェルの名を言わなかった。どうせ彼らだって王太子の存在は知っているだろうし、紹介したところで、不愉快な思いをさせるだけだ。
「二人とも辛いとは思うが、これからできることをしないといけない。俺たちは、何が何でもこの島から脱出して生き延びる。そのためにも、君たちにも協力して欲しい」
サミュエルとデニスは一瞬顔を見合わせたが、すぐに頷いてくれた。逡巡したのは、アッシュが、あの王太子の護衛だからだろう。いざとなったら、彼らを見捨てると思われているのかもしれない。それどころか、主のために二人を囮として使うことだってあると思われているかもしれない。
それを絶対にしないと言い切れる自信はなかったが、どうせ自分は本当の護衛じゃない。さっきだって、あの幼体がミシェルに襲い掛かるそぶりでも見せたら、真の護衛が即座に仕留めていただろう。
「つか、そろそろ出てきてくれてもいいんじゃないですかね」
アッシュはぼそりと呟いた。二人はきょとんとしていたが、この言葉は二人に向けたものではない。相手の耳に届いていればいいのだが。
「アッシュ!あれを!」
今まで黙っていたキャリーが悲鳴を上げた。
「え!?」
振り向いた先には、先ほどエスターが氷の魔法で凍らせた、あの幼体があった。しかし、様子がおかしかった。凍りつき、死んだと思われていたその幼体がもぞもぞと動き出したのだ。
「氷が溶けた?あれで死んでなかったのか!?」
何という生命力だと、アッシュは舌打ちした。凍らせたあの幼体は、死んだのではなく、動きを停止させられていただけだ。
心得たようにサミュエルが炎の魔法陣を作り出したが、幼体の動きは早かった。分裂せず、完全な一つの個体なせいか、その動きは、先ほどの幼体の比じゃなかった。
サミュエルはその素早い動きについていけず、火球は作り出したが、狙いを定めることができていない。
幼体は恐ろしいスピードで床を這い、壁を伝って天井にまで到達した。
「今だ!」
サミュエルが火球を放つが、幼体はそれをすんでのところで躱し、怒ったように(事実怒っていたのだろう。兄弟を燃やされたのだから)唸りを上げて、彼の喉元めがけて飛びかかってきた。その、蛇のような幼体は、目はついていなかったが、鋭い牙の生えた、真っ赤な口があった。
「させるか!」
アッシュが咄嗟に彼を庇い、幼体を斬りつけた。攻撃は防げたが、敵を倒せたわけではない。二つに分かれた彼らは、それぞれが落下した地点で鎌首をもたげた。
また二つに増やしてしまった、とアッシュはこっそり舌打ちした。
二つに分かれたそいつらは、目を持っていないはずなのに、確実にアッシュを狙っていた。
挟み撃ちにする気だ、とアッシュはその時悟った。ゼノと呼ばれる化け物の、その恐ろしさを彼はひしひしと感じていた。




