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ホラーゲームですから!  作者: うばたま
第三章 少女は誰かに貸しがある
24/45

今回少し暴力描写が過激です。女性が酷い目に遭うシーンが苦手な方はご注意ください。

 ギルバートとの奇妙な友情を育みつつ、キャリーは順調に学園生活を送っていた。

 子供の頃のようなあからさまないじめはあまり受けなかった。ギルバートへ並々ならぬ関心を持つ少女たちから、稀にやっかみのこもった嫌がらせを受けることはあったが、二人の関係が、あくまで友情であり、何かしらの感情を含む物ではないとわかれば、それもやんだ。

 キャリーから言わせてもらえば、半分だけとはいえ子爵家の血を引く人間と、自分がどうこう、などといったことは到底考えられなかった。それに、相手はギルバートだ。どう頑張っても、親しみ以上の感情を抱けない相手であり、たぶん向こうも、また、そうだ。

 実家には、祖父母には手紙を書いたが、母には一度も出さなかった。出したところで母はきっと不愉快にこそなれ、喜ばないだろうし、自分もまた、母と接点を持ちたいとは思わなかった。そもそも、何を書くと言うのだろう。例えばギルバートとの友情を知られたら、母はきっと烈火の如く怒りだし、あばずれだ淫売だだとか、そういった言葉を手紙で送ってくるだろう。下手すれば学園に乗り込んで問答無用でキャリーを連れて帰るかもしれない。母親と一度も和解しなかったキャリーだったが、悲しいことに、彼女が言いそうな言葉は誰よりもわかっていた。

 彼女の魔力は、学園生活の中に大幅に増幅した。風魔法の使い手は多いが、彼女の得意とする魔力コントロールは、かなりのものだった。まず、魔素と集めるための媒体がなくとも、彼女は効率よく魔素を集め、構築することができたし、媒体具がなくともうまくコントロールできた。マルコス学園の中で、彼女は初めて、笑いもの以外の地位を築くことができた。

 家を出れば変われるのではないかと漠然と思ってはいたが、彼女は自分が思っていた以上に変化することができた。

 (家にはもう戻りたくない。どこか、適当なところ。あまり人と関わらずに済む就職先を探して)

 彼女の希望は簡単に叶った。媒体なしで自由自在に魔力をコントロールできる実力者は、多くの研究機関が望んでいた。そういったところが望むのは実力であって、対話能力ではない。

 就職先を決めたら、ひっそりと生きていけばいい。真面目に働いて、休日になったら街に繰り出して何か美味しい物を食べる。流行の服や綺麗なアクセサリーを買うのもいいかもしれない。

 ギルバートが結婚したり、家を継いだりするまでは、彼と時折会って、学生時代みたいにのんびりお茶を飲むのもいいかもしれない。お互いに近況を語り、上司の愚痴を言い合い、気が済んだらまた日常に戻る。

 実家への手紙は、そう、時折気が向けば出してもいいかもしれない。祖父母は喜ぶだろうし、母だってその頃には少しだけ、丸くなっているかもしれない。

 そうやって穏やかに誠実に生きていけば、もしかしたら、誰かと知り合って人並みに恋をすることがあるかもしれない。結婚をすることがあるかもしれない。ギルバート以外の友達ができることがあるかもしれない。

 (まるで普通の人間みたいじゃない。そうよ、私だって、普通になれる)

 それは卒業の三か月前、就職案内の帰り道に思ったことだった。手応えはあった。キャリーの学園での成績から、選択肢は多かったし、条件もかなりよかった。ギルバートの実家からもそう離れてはいない上に、キャリーの実家からはかなり遠い。学校の様に職員寮があり、一人で住むのも安心だ。

 教師とすっかり話し込んでしまい、気が付けば日は暮れていた。けれど、帰り道でキャリーが恐怖を抱くことはなかった。ここは学園の敷地内だったし、校舎と寄宿舎の間の道は、一定間隔でランプが置かれていたから、視界が悪いわけでもなかった。キャリーが今一番恐れているのは、寄宿舎の夕食の時間がもうすぐ終わることだけだった。急がないと食いっぱぐれてしまう。


 だから、それが唐突に襲ってきた時、彼女は状況がさっぱりわからなかった。

 早歩きで進んでいた彼女を、誰かが突然後ろから羽交い絞めにしたのだ。

 「な!?うっ」

 思わず叫びそうになった彼女の口が押えられ、くぐもった声が漏れ出た。後ろから彼女を押さえつける誰かは、そのまま彼女の小さい体を引きずった。寄宿舎への道にはランプの灯りがあったが、そこから外れると一気に暗くなり、ずっと抱いていなかった恐怖を、ようやく彼女は抱いた。

 そこで初めて彼女は暴れ出した。必死で手足を動かし、そういえば自分には魔法があったと、かなりひきずられたところで彼女は思い出した。

 両手を拘束された状態だったのと、集中力が乱れていたため大した威力はなかったが、それでも彼女は何とか風の刃を相手にぶつけた。

 「うわ!」

 相手が短く悲鳴を上げたことで、彼女は激しく暴れ、相手の腕から逃れた。声からして、相手は若い男だ。もしかしたら、学園の生徒かもしれない。

 彼女は後ろも振り返らずに駆け出そうとした。しかしそれはできなかった。後ろの誰かが、足を引っかけて転ばせたからだ。

 地面に前のめりに倒れた彼女は、顎をしたたかに打ち付けたせいで一瞬気が遠のいた。その隙に誰かがのしかかってきた。体で彼女の体を押さえつけながら、上半身を仰向けにさせられた。相手の顔を見るよりも先に、強烈な平手打ちが飛んできた。

 「この!たかが平民の分際でよくも!」

 容赦のない平手打ちはさらに続いた。男の台詞から、相手はどうやら貴族らしいと彼女が思ったのは、全てが終わった後だった。

 その後は驚くほど速かった。ほとんど、あっという間の出来事と言ってもよかった。

 男は彼女に布のようなものをかぶせ、抵抗するほどの体力も気力も残っていない彼女に、またしても乱暴にのしかかってきた。彼女がピクリとでも動こうものなら、容赦なく殴られた。

 「くそ!あの女僕を馬鹿にしやがって!」

 「あの女も、この僕が誘ってやったというのに!」

 誰かへの恨み言を吐きながら、男はその怒りも、欲望もキャリーにぶつけた。

 かろうじて残っていた意識で、キャリーは、自分が今、自分の小さな体に何をされているのか必死で考えないようにしていた。今はただ、生きて帰りたいと思うだけだった。

 生きて自分の部屋に戻りたい、おいしい夕食を食べて、ギルバートと温かいお茶を飲んで、そうして自分の慣れ親しんだベッドで眠れたら、もう何でもよかった。

 男は用が済むとさっさと出て行った。キャリーが全く動かなくなっていることすら気にも留めていないようだった。キャリーは生きてはいたが、自力で動くことはできなかった。顔中殴られていたし、先ほど男に乱暴にされたことで、かなりのダメージを負っていた。

 結局、男の顔すら見ることはできなかった。彼女が覚えているのは、あの声。そして、明らかに貴族である男の言動。

 息苦しさを覚えたが、手すらも痺れたように動かなかったため、顔を覆う布を取ることすらできなかった。どれくらいの時間が経ったろう。自分は、ひょっとしたらこのまま死ぬかもしれないと思い始めたところで、「キャリー!」と叫び声がした。

 「キャリー!やっと見つけた!ああ、なんてことだ……」

 そのあまりに懐かしい声は、ギルバートだった。彼は慎重な手つきで彼女の顔を覆う布を取った。もしかしたら、彼は彼女が死んでいると思っていたのかもしれない。

 彼女が、目だけを何とか動かし、彼の方を見た。

 「ああキャリー。動けるかい?今先生を呼ぶから。何て酷い……」

 目に涙を浮かべ、怒りで震えているギルバートを見て、ようやく彼女は、自分が助かったのだと思った。いろいろな面で助かったとは言い難いのだが、それでも命は残った。自分の体に何が起きたのか、何をされたのかようやく理解して、彼女は叫びそうになった。実際、泣くだけの体力が残っていたら彼女はここでのたうち回って泣き叫んだだろう。

 「相手の、顔は見たのかキャリー」

 ギルバートが後に問いかけたが、キャリーはその質問に首を振った。顔はとうとう一度も見なかった。しかし、あの声だけは一生忘れない。

 そうして、その声の持ち主は、意外なほど近くにいたのだった。

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