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学園で唯一の友人の体から何かが飛び出てきたとき、キャリエッタ・ブラックは悲鳴をあげるのさえ忘れて、食い入るように元は友人であったものを見ていた。
次に自分の姿を見た。ピンク色のドレスは派手に上がった血飛沫をたっぷりと浴び、毒々しいまでに赤く染まっている。
血はゆっくりと彼女の体を伝い、その不快感と鉄のような、銅のような、生臭い血の匂いが、過去の忌まわしい記憶を鮮明に呼び起こした。
会場では誰かが悲鳴を上げている。いや、二人目の犠牲者が出たところで、既に悲鳴を上げていない者はいないと思われた。
パニックに陥った人々が、我を忘れて出口に向かう中、彼女は一歩も動けずにいた。
「キャリー、しっかりして」
自分を揺さぶる手に気付いたのは、それからすぐだった。
「エ、エ、エ、エス」
目の前にいる美しい少女の名前は知っていた。彼女は、おそらく王子様からの贈り物である水色のドレスに身を包んで(そのプレゼントを、彼女が快く受け取っていないことは、世俗に疎いキャリーでも知っていた)まるで女神の様に光り輝いている。その輝きは、この血みどろの場面ではどうしようもなく場違いだった。
「そうよ、エスター。キャリー、大丈夫?この人はギルバートだったのね。なんてこと……」
そう、この血にまみれて、既に肉の塊となってしまったものは、かつてギルバートと呼ばれた生徒だった。
いい人だった。いつも一人ぼっちだったキャリーにも親身に接してくれ、誰もパートナーのいない彼女をエスコートしてくれるくらいにいい友人だった。
エスターの隣にいたアッシュが、ハンカチをそっと差し出してくれた。エスターはそれを受け取り、キャリーの、特にひどいありさまになっている顔を、いささか乱暴に拭いてくれた。彼女はなぜだか焦っている。
「キャリー。ここもいつどうなるかわからないわ。外はさっきの妙な生き物の他に、ゾンビまでいる。あってはならないことだけど……たぶん、きっと、ゾンビはこれから増える、と思う」
そう言って、エスターは唇を噛みしめた。
「私たちは、リーガン様達を助けて、何とか脱出ルートを探してくる。跳ね橋が下げられればいいけど、もしそれができなかったら、何とかしてこの島から出る方法を探さないと。今のところここは閉めていれば何とか大丈夫、と思う。キャリーはどうする?」
どうすると尋ねられても、キャリーにはわからなかった。そもそも、今何が起きているのかもわかっていないのだ。
わかっていることは、友達だったギルバートは、もうどこにもいないということだけだった。
彼は、キャリーがこの学園に入学する前からの知り合いだった。
キャリーに異性の友人がいるなど、母親が知ったら悪しざまに罵り、きっと引き離されるだろうから、誰にも言わなかった。
母はキャリーにあらゆるものを禁じた。
友達を作ること、着飾ること、その他楽しむためのことなら、一切合切何もかも厳格に禁じた。母親曰く、そういった類のものはキャリーを堕落させる誘惑なのであって、これは彼女のためなのだそうだ。
実際のところ、母親はただ、キャリーに惨めな思いを味あわせたいだけなのかもしれない。
その母の思惑通り、キャリーは引っ込み思案で、何もできない女の子になっていった。
誰かと会話することは怖かったし、そもそも誰も話しかけてはくれない。年を追うごとに彼女は孤立した。きっと、つまらない少女はそのままつまらない女になり、ある程度の年齢になったらつまらない仕事を見つけて、つまらなく働き、誰とも接せず、何も考えることなく淡々とみじめにつまらない人生を送るのだと思っていた。
そんな時、彼女の身の内に高い魔力が眠っていることがわかった。この国では、十二歳から十五歳の間に、定期的に魔力を測る義務がある。成長期に、その内に宿る魔力が現れることがほとんどだからだ。
そうして、彼女の魔力だと、どこかの学園に通ってコントロールする術を身に着ける義務がある。
この学園を選んだのは、おそらく支配的な母親から逃げるため、最後の気力を振り絞った証だった。
彼女も本当は知っていた。自分は、母親が口うるさく言うほど醜いわけじゃない。彼女が野暮ったいのは老婆のような枯れた色合いの、裾が異様に長い服しか持っていないからだし、飾り立てることを何一つ許されていないからでもあった。
しかし、この学園には制服がある。周囲と同じ服を、周囲と同じように着こなせばいいだけだ。彼女の髪は金髪に近い明るい茶色で、きちんと梳いたら艶やかな輝きを放っていた。人付き合いは相変わらずうまくいかなかったが、名門である学園では、生徒たちも忙しい。誰かを執拗にいじめるような暇は、彼らには残されていないのだ。
相変わらず孤立しつつも、彼女は快適に過ごしていた。知り合い程度だったギルバートと偶然再会した時は一瞬体が強張ったが、彼は陽気に、知り合いがいたことが嬉しいと何度か話しかけてくれ、それなりにいい友人関係も築けていたのだ。
周りの女の子はキャリーを下に見ているのがありありとわかっていたが、それでも悪意を持って攻撃するようなことはなかった。キャリーにとってはそれで十分だった。
そもそも、そうやって孤立している少女は何もキャリーだけではない。アナベル・ウォーリスもそうだったし、エスター・ファーマンや、リーガン・テリーザ・フリードキンも貴族という立場上、あまり同性の友人を持っていないように見えた。
こうして、キャリーは学園生活を彼女なりに楽しみ、その魔力の素質を伸ばした。魔法は、彼女が初めて人に認められた要因だった。そうすることで彼女は自信を持ち、将来に希望を見いだせるようになった。学園を卒業した事実は、将来の就職にも強みを持つ。事実優秀な彼女はいくつかの就職先を紹介されている。
しかし、つい三か月前に起こったある事件が、彼女を絶望に突き落とした。あの恐ろしさ、屈辱は生涯忘れることはないだろうと彼女は思っている。今も、思い出すだけで身も凍るような思いが甦るのだ。
「エスター!君まで行くことはないだろう!」
キャリーの顔を拭いているエスターにかけられた声に、キャリーはビクリと肩を震わせた。
(ああ、この声だ)
おそらく、彼女とこの声の持ち主しか知らない、忌まわしい事実。ギルバートは知ってはいたが、具体的なことは何一つ話していない。
恐怖と屈辱に、彼女の体はさらに震えた。




