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選択肢は二つとなったわけだが、フレッドは結局屋上を選んだ。
屋上を目指すのなら、必要な鍵の場所をきちんと把握しているからだ。ゾンビがどこにいるかわからない状況で、視界も悪いのに闇雲に船を探すのは、いささか無謀だった。
そうなると、屋上への鍵を手に入れるのが先決だ。
「職員室は、ここから中庭を挟んだ向かい側。中庭なら広いし、敵に襲われても対処しやすいな」
「そこに鍵がなかったら?生徒会室にもあるんだっけ?」
「ああ、生徒会室にもある。ただ、生徒会室はちょっと変わった造りなんだ」
フレッドが言いにくそうに頬を掻いた。生徒会室に入るには、ちょっとばかり複雑な手順がある。なので、職員室を選びたかった。
「手順?」
「あそこは鍵がかかっているんだが、それを開けるには、仕掛けを外す必要がある。何代か前の生徒会長が変わった奴で、そんな造りにしたらしい」
これはフレッドは到底あずかり知らぬところだったが、ゲームの「ROLE」でも、多くのプレイヤーを惑わせ、悩ませたギミックだった。
「生徒会室のドアの前に、妙な形の窪みがあるだろう?そこに、校章の入ったエンブレムをはめ込むとドアが開く造りになっているんだ。俺たち生徒会の面子はそのエンブレムを当然持っていたが、昨日全て学校側に返却してしまった」
「ずいぶん手の込んだ造りなのね。とはいえ、返却したってことは、やっぱり職員室にあるってこと?」
「たぶんな。職員室と、おそらく学長室にもあるだろう。あと一つは、こっちは予備だな。別のところにある。もし職員室に鍵がなかった場合、そっちを持って行けばいい」
「職員室にある鍵の場所はわかっている?」
アナベルの質問に、エスターは頷いた。
「当然よ。見たことあるもの。私、何度か職員室に出入りしていたから」
優秀な彼女は教師たちの覚えもめでたく、何度か教師たちから雑用を頼まれていた。彼女としては、そんな面倒くさいもの関わりたくはなかったのだが、今となってはありがたい。
「職員室のドアを開けて、すぐ右手の棚に鍵が何個も入っていたわ。それぞれプレートがあって、この学校のあらゆる教室の鍵が並んであったから、屋上への鍵も必ず入っていると思う。もしかしたら、あの小屋の鍵もあるかもね」
小屋の鍵を手に入れたところで、今となってはあの跳ね橋を上げるのにも慎重を要するわけなのだが、それでも持っていた方がいいかもしれない。
「よし、決まったな」
フレッドはそう言うと、腰の剣を抜いた。この控室にいる間、エスターが浄化の魔法をかけてくれたので、切れ味はほぼ元に戻っている。
「水の魔法は便利なんだな」
「この場面なら、火の魔法の方が敵を倒すにはいいんだけどね」
エスターがため息混じりに言ったが、こればかりは仕方のないことだった。
この世界の魔法は、基本四属性の魔法がある。一人が持つ属性は、掛け合い魔法を除けば一つしかない。そのうち、一番多いのが土属性で、次が風魔法。次が水魔法で、一番少ないのが火魔法だ。先の二つの方が、後の二つよりも割合としては多い。火魔法で、かつ威力の高い魔法を放てる者は希少なのだ。
長らく戦争のない時代だからいいが、もし有事の際には、女性であり地位の高い家の令嬢であるリーガンであろうとも、招集がかかるだろう。
「リーガン様達とも合流できればいいな」
フレッドはそう言うと、二人を庇うように前に立ち、扉に手をかけた。
「そろそろ開けるぞ」
廊下は思っていたよりも静かだった。微かなうめき声が二つ、三つほど聞こえてくるのと、何か湿った物を引きずる音、微かに鉄臭い嫌な匂いが風に乗って鼻孔を刺激した。
三人は互いに目配せし、フレッドは意識を集中させ、自分たちの前にいるであろう異形の者たちの存在を把握した。エスターとアナベルは互いの背中を守るように背中合わせになり、それぞれ魔法陣を展開させている。
ふいに、うめき声のような声が、叫びにも似た咆哮に変わった。今まで微かにしか感じられなかった生臭い血の匂いが、一気に濃くなった。
フレッドは無表情のままに剣を振り、哀れな敵の首を吹っ飛ばした。さらにその奥から、何かを引きずりながら歩く死者の姿に、エスターが氷の刃を放った。アナベルの持つランタンに照らされ、さきほどまでわからなかった何かが、はみ出た腸の一部だったのを、視界の端で捉えた。
こみ上げる吐き気を無視しつつ、三人は先に進んだ。あまり大きな音を立てなかったのが幸いだった。
廊下のいくつかの燭台に、エスターとアナベルは火を灯しておいた。控室には予備の蝋燭があったので、それを使わせてもらった。こうしておかなければ、自分たちの持つランタンはあまりにも目立つ。それに、もし生存者が他にもいれば、視界が開けるのは大いに助かるだろう。
中庭を通って職員室に着くまで、それ以上ゾンビと出会うことはなかった。職員室へのドアは二つあり、そのうちの一つの前に来た三人は、少し安堵の息をついて、ドアに手をかけた。鍵はかかっていなかった。
「よし」
小声で頷きながら、フレッドがとびきり慎重にドアノブを回した。ゾンビたちは音にも反応する。当たり前ではあるが、できることなら、あまり会いたくはない。
まず中に意識を向けるも、そこには人の気配は感じられない。続いてアナベルが、そっとランタンを前に出した。中は荒らされた形跡もなく、普段と変わらない、平穏な空気がそのまま残されていた。
「よかった」
エスターが呟き、足を一歩踏み入れた。すぐ側の棚に目をやり……彼女の菫色の瞳が、大きく見開かれた。
「な、ない!」
「え?」
「見てよこれ!鍵がないわ!」
エスターがたまらず大声を上げた。慌てて口を抑えるも、遠くから何者かのうめき声がした。気付かれたのかもしれない。
しかし、彼女が大声を上げるのも無理はなかった。棚のガラス扉は破られ、中にあったであろう鍵が、根こそぎ奪い取られていたのだった。
やられた!と思うと同時に、フレッドは近づいてきた何者かに足払いをかけ転倒させ、相手がゾンビであることを確認すると、その頭部を思い切り踏みつけた。骨の折れる嫌な音がし、ゾンビは動かなくなった。
「こうなったら、生徒会室に行くしかない。でも、エンブレムは」
「ああ、エンブレムもない。学長室を確認するが、そこもなければ、一応もう一つ隠し場所がある。しかも、生徒会の面子しか知らないスペアがな」
フレッドはそう言うと、悔しそうに歯噛みするエスターの手を引き走った。
「まずは学長室だ」
しかし、三人は何となく想像していた。おそらく、学長室にある鍵も消えているだろう。悪意のある何者かは、生徒たちを逃がす気はないらしい。一人残らずゾンビに変えてしまうまで、手を引かないのだろうと、今確信した。
「あー、クソ」
フレッドに手を引かれながら、エスターは令嬢らしからぬ悪態をついた。アナベルは聞こえていただろうが、もう何も言わなかった。
その直後、エスターは、自分でもよくわからない独り言をつぶやいた。その存在を知りはしていたが、彼女はそれを口に入れたことなど、一度もないのだから。彼女は言った後、一体なぜ自分はあんなことを言ったのだろうと首を傾げることになる。
「ビール飲みてえ……」




