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男爵令嬢の辺境領主生活  作者: あらまき


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3-25話 大胆不敵の翼竜退治2


 翼竜の攻撃パターンは単純で、急降下してからの前足の爪ひっかきのみだった。

 だが、単純であるからと言っても対応が楽というわけでは決してない。

 急降下のタイミングは絶妙に厭らしく、ただ爪を振るだけといってもその威力は尋常ではない。

 単純なワンパターン攻撃を繰り返すという事は、それが翼竜にとって最も効率の良い戦い方を突き詰めた結果なのだろう。

 空から急降下する事により加わる圧倒的な速度。

 四、五メートルを越える体格により生み出される重量。

 そして、引き締まり刃すらも通さないほど圧縮された筋肉の前足に、鉄よりも硬く丈夫な爪。

 そんな攻撃を数度受け流せているのは、ひとえにラステッドの才能ありきだった。


 絶妙なバランス感覚と武官に匹敵する筋力、そして分厚く丈夫な盾。

 それらでようやく、その爪を受ける事が出来ていた。

「ラスト! どのくらい耐えられる!?」

 攻撃を受け止める度に甲高い、盾の悲鳴のような音が聞こえハルトはそう叫んだ。

「俺自体はいくらでも。んー、盾はどうだろうな。ただ、削れているのは表面だけだからまだまだいけるぞ」

 ラステッドの盾を保証する言葉を聞いても、二人は安堵する事はない。

 盾がしばらく大丈夫そうというのは確かな朗報なのだが、それを踏まえても好ましいとはとても言えないほど切迫した状況になっているからだ。


 ラステッドの槍による軽い負傷を受けてから、翼竜の動きは大きく変わった。

 吼える回数は増え、明らかに怒り狂った様子を見せているのだが……残念な事に行動パターンに怒りで雑になった様子は見られない。

 護りが疎かになったとか、やたら攻撃が激しくなったとかそんな事は一切なく、むしろ距離を取る回数が増えたくらいで、必要以上に臆病に立ち回っているフシさえあった。


 おそらくだが、傷を付けた事により三人を『餌』ではなく『敵』として見るようになったからだろう。


 そしてもう一つ、好ましくない状況である大きな理由があった。

 それも単純な事で、攻撃が恐ろしいほどに通りにくい事である。


 トカゲのようにうずくまった際に地面と振れる部分。

 具体的に言えば腹部、特に下半身側の腹部と後ろ脚付近は比較的柔らかいのだが、それ以外の部位は非常に頑丈で攻撃がほとんど通らない。

 三人は鱗が頑丈であるからだろうと予測した。

 更に理由はわからないが、翼竜には強い炎耐性があった。

 それは鱗だけでなく翼膜もそうだった為おそらく全身だろうと思われる。


 その為攻撃の要が炎の魔法であるリカルドは大多数の攻撃が封じられた状態となり、しかも相手は距離を多く取っている為ハルト、ラステッドはなかなか攻撃出来ない状況である。

 派手な見た目と違い地味でかつ姑息な戦い方をしてくる翼竜だが、それは地を這う人類種にとっては、恐ろしいほどに効果的な戦い方だった。


「どうするよ? そろそろ撤退を視野に入れるか?」

 そんな自分すら思っていない事をラステッドが言うと二人は同時に鼻で笑った。


「面白い冗談だ」

 ハルトがそう答え。

「帰りたいならそう言っても良いぞ」

 リカルドが挑発的にそう答え、空を駆ける翼竜に矢を放った。


 矢は翼竜の移動先に置かれるように突き進む。

 それは鱗に覆われた部分にまっすぐ進んでいた為翼竜は防ごうともせずに放置していた。

 そしてその小さな矢は翼竜に当たる直前で突然方向を変え、翼竜の腿辺りに直進し――軽々と翼で払われた。

 直前で矢を捻じ曲げるという見せた事のない魔法でも、翼竜には何の効果もなかった。


「……これ俺役にたてねーな」

 リカルドの呟きにハルトは困った顔を浮かべた。

「俺もだ。軽い剣にすべきだったか」


「そんな事ないさ。リカルドのおかげで相手の能力が分析出来ているし、ハルトの大剣じゃないとダメージが与えられない。槍で刺したけど奥まで刺さらなかったからな。腹部辺りは確かに他よりは柔らかいが、それなりに硬いぞ」

 ラステッドがそう二人を励ますように声をかけた。




 そこから数回ほど、数分に一度程度の襲撃を行う翼竜の攻撃をラステッドが防ぎ、ハルトが大剣を振るって攻撃を重ねる。

 それでも、ハルトの大剣は攻撃をした前足と反対の前足で防がれるだけで傷一つ負わせられず時間だけが進んみ、格上との闘いによる緊張感は三人に極度の疲労を与え続けていた。

 おそらく、それすらも翼竜の計画通りなのだろう。

 空から余裕しゃくしゃくで見下ろしてくる翼竜を見るとそう思わざるを得なかった。


「リカルド。何か大技ないのか?」

 ラステッドの言葉にリカルドは微笑んだ。

「あるぞ。ただし近距離でかつ炎主体だ」

「つまり?」

「無駄に終わる可能性が高い」

「魔法って万能じゃないんだな」

「というか、俺は炎が効かない相手を想定したことがないから今出来る事があんまない」

 リカルドがそう話しているタイミングで、翼竜はリカルド目掛けて襲い掛かってきた。

 矢がうっとうしいからか翼竜はリカルドを頻繁に狙い、ラステッドがそれを遮るのがいつものパターンだった。


 そして今回もラステッドがリカルドと翼竜の間に入り、リカルドは邪魔にならないよう距離を取る。

 そしてラステッドは盾を斜めに構え――。

「ラスト! 跳べ!」

 ハルトの叫び声にラステッドは反応し、深く考えずハルトを信じ構えを解いて高く跳びあがった。


 ヒュゴッ。


 ラステッドは足元に何か大きな物体が高速で横切ったような風圧を感じ、下を見た。

 その足元を通ったのは、翼竜の太い尻尾だった。

 さきほどまでラステッドがいた位置に尻尾が視覚外の後方側面から襲い掛かってきていた。


「たぶんあれだこれ。俺達で言うキックのような位置の攻撃だ。そして威力絶対やばい」

 そう言いながらハルトは尻尾に向かって全力で剣を叩き下ろした。


 予想通りというか悪い予想が当たったと言うか、尻尾は異常に硬く剣を握るハルトの両手をビリビリと痺れさせるだけで傷一つ付かなかった。

「めんどくせぇ! こいつ超めんどくせぇ!」

 ハルトは痺れる手で剣を落とさないようにしながら、悔しそうにそう叫んだ。




 どうしようもない状況の攻防が始まってから一時間が経過した。

 繰り返される前足の強襲に尻尾が追加され、パターンが増えた事により対応が困難となった。

 運が良い事に、まだ前足も尻尾も一度たりとも直撃していない。

 というよりは、一撃でも貰えば即戦闘不能になるだろう。

 特に尻尾の場合は、翼竜の体格全体の三割近い巨大な尻尾だ。

 当たれば命にかかわるだろう。


 ラステッドは耐えるだけで精一杯。

 ハルトは隙を逃さず攻撃を重ねるが、キンキンキンキンと甲高い音を奏でるだけで有効打を与えられていない。

 それでもまだ刃こぼれしていないのはこの剣が優れているおかげなのだが、それもどこまで保つかわからない。

 リカルドは攻撃面で完全に役たたずであると気づいた為、翼竜の攻撃時に生まれる風圧を緩和したり矢で嫌がらせをして集中力を削ぐなど支援に徹底した。


 その結果、翼竜はほぼ万全で、こちら側は盾と剣は不安が残る程度にダメージを受け、極度の緊張と集中による疲労で動きが鈍くなりだしたと極めてまずい状況となっていた。


 しんどいのは戦い続けている翼竜の方も同じはず……なのに翼竜には疲労が一切見られず、悠々と空をかけている。

 種族が違うというのもあるだろうが、恐らくこういう時間をかけた戦い方を普段から行っており慣れているのだろう。


 明らかに不利で、そろそろ敗北を認め撤退の準備をするべきかと一同は考え始めた。

 だが残念な事に、思考する力が衰えているほど疲れていると気づいていなかった為、そう考えるのが少しだけ遅かった。


 翼竜は今までと違い、悠々と、ゆっくり真正面からラステッドに襲い掛かった。

 ラステッドは盾を構え、ハルトは尻尾の位置を注意し、リカルドは隙を作る為矢を向ける。


 そしてラステッドと翼竜の距離が零になった瞬間――爆音が轟き渡った。

 至近距離での最大音量の咆哮。

 四メートルを越える体格が全力で息を吸い吐き出したそれは、音と呼ぶよりは衝撃と呼ぶ方が相応しいだろう。

 空気が震え、木々が騒めき、体が芯から竦みあがる。

 特に、ゼロ距離で直撃したラステッドは耳が痛み、脳が揺れ意識が朦朧とするほどのダメージを受けていた。

 体が竦み、盾を落とし、意識が曖昧な状態。

 鼓膜が破れなかったのは本当に運が良かっただけなのだが、この状態では大した差はなかった。


 翼竜は震えあがり動きの止まったラステッドにゆっくりと顔を近づけていく。

 そしてそのまま大きく口を開いた。

 鋭利な牙に鋭い歯。

 その肉をかみちぎる事に特化した歯は翼竜が肉食である事の何よりの証明で、そして今狙われているのは……。

 それがわかっていても、目の中には火花が散り、耳はつんざくような音で半ば麻痺し、体は竦みあがって震え動かない。

 ラステッドは死神の鎌のようなアギトをただ見ている事しか出来ず――諦めて瞳を閉じた。




 全てを諦めたラステッドは、痛みの代わりに何かが突き立てられる音と、翼竜の悲鳴を耳にした。

「諦めてんじゃねぇ!」

 リカルドの叫び声に、ラステッドは再度目を開き、状況を確認するより先に足元の槍を拾い上げ、まっすぐ、技術も何もなく全力で突き刺した。

 何かに突き刺さる鈍い感触と同時に、再度翼竜の悲鳴が響き渡る。

 そこでラステッドが見たのは、リカルドが持っていた短刀が目と口内に突き刺さり、後ろ足付近に槍が刺さった翼竜の姿だった。


「見捨てるわけないだろう。ほれ」

 そう言ってそっと手を差し伸ばしてくるハルトを見て、ラステッドは小さく微笑んだ。

 諦めた瞬間に叱咤してくれたリカルド。

 優しく手を差し伸べてくれたハルト。

 そんな二人に対し返せる答えを、ラステッドは一つ持っていた。


「わりぃな。諦めたわけじゃないんだ。ただ……後は頼んだ」

 そう言って、ラステッドは刺し伸ばしてきた手を振り払い、優しくハルトを突き飛ばした。


 ラステッドはその目で見ていた。

 ボロボロになりながらも脅威を排除する為に、尻尾を叩きこもうとして体を捻る翼竜の姿を。

 そしてその範囲には自分だけでなくハルトも入っている事を。


 これは決して諦めたわけでも、献身というような麗しいものでは決してない。

 諦めず、勝つ為にはどうすべきか……それは二人に後を任せる事が最適だとラステッド自身が判断故の選択だった。

 ラステッドはハルトを突き飛ばした後急いで盾を拾い、尻尾に向けて構える。

 手に力は入らず、足にふんばりも効かない。

 無駄だろうが、それでも……ラステッドは生きる事を諦めていなかった。


 ギン!


 金属がこすれるような音と同時に、ラステッドは数メートルほどふっ飛んだ。

 その勢いのまま大木に叩きつけられ、それでもなお衝撃は収まらず大木をへし折って次の木に当たり、そこでようやくラステッドは地面に落ちた。

 全身ボロボロの傷だらけで、足は生まれたての小鹿のようになっていながらも、ラステッドは立ち上がり二人に向けて親指を立ててみせた。


「おい。どこぞの無茶領主様に何か託されたぞ。どうするんだ?」

 ハルトは安堵の息を漏らした後笑いながらそう呟くと、リカルドはポンとハルトの肩を叩いた。

「俺さ、ああいうタイプ正直大好きなんだわ。ちょっと俺も無茶してやろうって思うくらいにはな」

 リカルドの言葉にハルトは笑った。

 いつものような獰猛な笑みではなく、珍しく微笑むようなさわやかな笑みだった。

「そうか。奇遇だな。俺もああいった無茶をするタイプは、嫌いじゃない」


 そう言って二人は、空に駆けていく翼竜を見た。

 片目は短刀に潰され、後ろ足には槍が突き刺さったまま、翼竜はふらふらとしながら、こちらから距離を取っていく。

 それはどうみても、逃げようとしていた。


 このまま逃がしても勝ちは勝ちだろう。

 だが、それで納得する二人ではなかった。

 ここまでお膳立てされて、みすみす逃げすなんて事認めるわけにはいなかった。

「どっちが行く?」

 リカルドの言葉ハルトは自分を親指で指した。

「どうやって行く?」

「そこはリカルド。任せる」

「……はぁ。しゃあねぇな。安全だが追いつく確率が低いのと、危険だが追いつく確率高いの。どっちが良い?」

「そりゃ、もっと危険で良いから絶対に追いつくやり方で頼むわ」

 ハルトの言葉にリカルドは苦笑いを浮かべ、頷いた。


 リカルドは妖精石を取り出し、強く握りしめ意識を手の平に深く集中させる。

 そして石の中に残っていた魔力を全て自分に注ぎ込み、風に変換していった。

 リカルドの周りに強く渦巻く風が広がって行く様子にハルトは額に汗を掻き、若干怯えた様子で尋ねた。

「おい。何をする気だ?」

「とにかく全力で風を作る。そしてとにかく全力で風を圧縮する。最後にとにかく全力で風を解放する。その勢いでお前を翼竜のとこまで吹っ飛ばす。おーけー?」

「……おーけー」

「意識は落とすなよ」

「……せめて着地だけは頼むわ」

 ハルトの言葉にリカルドは頷きもせず、にっこりと微笑んだ。


「さて準備出来た。気合を入れろ。覚悟を決めろ。そして……きっちり決めて来い」

 そうリカルドが呟いた瞬間、ハルトの足元でポンと可愛らしい音が響き、目にもとまらぬ速度でハルトは空に飛ばされた。

 それを一言で例えるなら『人間大砲』だろう。


 全身がバラバラになりそうな衝撃と顔が痛いほど強い風、そして視界が暗転し落ちそうになる意識。

 全てを堪え、空を飛ぶハルトの目に映ったのは、翼竜の背中だった。


「お。ぴったしじゃねーか。流石リカルド」

 そう言いながら、ハルトはそのまま驚いている翼竜の背中に飛び乗った。


 ハルトは大剣を持ち、下に刃を向けたまま、剣を振り上げる。

 そのまま振り下ろそうとするハルトに向かって、翼竜は慌てて尻尾をハルトに叩きつけようとする。

 背中という狭い空間で避ける事も出来ず、慌てて一瞬だけ硬直した後、ハルトは尻尾を無視して振り下ろすべき位置に狙いを定めた。

 それは、きっと助けてくれるだろうという無言の信頼でもあった。


 そしてハルトが剣を振り下ろすよりもかなり早く、翼竜の尻尾はハルトに襲い掛かり――弾かれた。

 何か大きな物が尻尾にガインと音を立てて辺り、ハルト狙いだった尻尾は空を切る。

 尻尾に向かって飛んできた大きな物体――それは盾だった。

 ラステッドは全力で盾を投げつけた後ニヤリとした表情を浮かべ、そのまま地面に倒れ込んだ。

 普通に考えたら絶対に届かない距離に対して、鉄の塊を投げつけ当てるという神業を見たハルトは目を丸くして驚いた後、口元をにやけさせた。


 そして、ハルトは獰猛な笑みを浮かべながら勝利を確信し、背と首の境目、鱗の隙間を縫って――大剣(己が牙)を突き立てた。

 全力で振り下ろした大剣は首から下、胴に向けて深く突き刺さる。

 翼竜は刺さった直後こそ小さく悲鳴を挙げる余力があったが、深く刺さった時にはもはや動く事すら出来ず、そのままハルトを背に乗せたまま地面に堕ちていく――。

 

「ハルト!」

 地面の方で叫びながら、リカルドが手を伸ばしている。

 ハルトはそれを見て、翼竜の背から飛び降りた。

「頼んだ!」

 リカルドはこちらに跳んでくるハルトを抱きしめるように掴み、体全体で受け止めた。


 その背後、ズドンと大きな音を立て翼竜が地面に墜落した。


「……俺、決めた事がある」

 リカルドがそう呟くとハルトはリカルドの顔を見た。

「二度と、男を抱き止めん」

 その言葉にハルトは苦笑いを浮かべた。

「俺も決めた事がある。野郎の胸には二度と跳び込まん」

 そう言って二人は嫌そうに離れた後、苦笑いのまま手を叩き合いラステッドの元に向かった。



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