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男爵令嬢の辺境領主生活  作者: あらまき


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3-26話 弱肉強食だから食べましょう

 

「ラスト。すまんが治療は少しだけ待ってくれ!」

 リカルドはそう叫び、慌てて残りわずかしかない魔力を使って炎を操作する。

 翼竜の亡骸周りに火が出ており、あわや山火事になりそうという惨事になっていたからだ。

 ハルトも山火事の原因が広がらないように急いで翼竜の首元辺りの土を深く掘り抜いていく。


 翼竜が炎に耐性を持っている理由、それは恐ろしいほど力強い心臓によって動かされる血液が、常にマグマのように沸き立っているからだった。

 ドラゴンというほどの存在ではないにしても、人とは理の違う強大な生き物である事に変わりはなかった。


 そして死亡して心臓が停止したとしても、当然しばらくの間熱は残る。

 そんな血液の、しかも首の太い血管から流れる血液が外部に流出した結果……周囲の草が焼け山火事一歩手前になっていた。


 リカルドが足で燃え移った草を踏んで消火しつつ魔法で炎を内側に抑えている間に、ハルトは大慌てで血が周囲に広がらないように穴を掘り火事対策を終えた。


「……ついでに血抜きもしとくか」

 そう呟き、ハルトは首に刺さる大剣を引き抜いた。

 傷口から溢れるように血液が出て穴の中に流れていく。

 そんな血液に触れ続け、持ち手まで若干熱くなっていた大剣だが、刃の部分は無事で焦げ一つなかった。

 おそらくだが、これを用意してくれたブラウン子爵はワイバーンの血が熱い事を知っていたのだろう。




 血抜きの準備が終わった後ボロボロになって倒れていたラステッドの治療をして、三人は体を休めつつ血抜きが終わるのを待った。

 ラステッドの傷は見た目や受けたダメージの割には軽く、素人判断ではあるが骨折もなく重症を負っているようには見えなかった。

 と言っても、あくまで素人判断であってそれが正しいという確証はどこにもないので帰ってから詳しく調べる必要があるが。


「なあ二人共、俺を仲間外れにはしないでくれよ」

 そう言いながらラステッドは笑いながら両手を挙げた。

 それを見て二人は笑い、ラステッドの手を同時に叩き、パンと心地よい音を鳴らせた。


「無事そうで良かった。ぶつかった木が折れたのを見て背骨が逝ってしまったと思ってたわ」

 ハルトの言葉にラステッドは苦笑いを浮かべ、肩を指差した。

「そっちよりもむしろ最後の盾投げの所為で肩がやばい。超痛い」

「戻ったらリフレストの教会直行な」

「……治療費ワイバーンの素材で足りるかな?」

 至極まじめにそう呟くラステッドに、ハルトとリカルドは苦笑いを浮かべた。


「お釣りで家が建つわ」

 リカルドがそう呟くと、ラステッドは目を丸くしていた。

 ワイスから翼竜の知識を尋ねた際に、素材としての価値も同時に教わっていた。

 ただ、ワイスの価値観は古代の知識想定なので必ず正しいというわけではない。

 それでも、ワイバーンの素材という田舎の二領では見た事も聞いた事もない素材である。

 それなり以上に高価であると考えて間違いないだろう。


「あ、素材集めは俺とリカルドがするからラストは少し休んでろ」

 ハルトの言葉に何かを言おうとした後、ラステッドは黙り頷いた。

 あまり顔色には出さないが、ダメージは相当残っているのだから今もしんどいはずである。


「テント用意したから中で休んでてくれ。見張りも俺とハルトでしておくから」

 リカルドの言葉にラステッドは申し訳なさそうに頷いた。

「悪いな」

「気にするなよ。今回一番の功績者で一番の負傷者だ。それくらいしてもバチは当たらん」

 リカルドの言葉にハルトも頷いた。


 ハルトとリカルドの二人を信じて前衛で攻撃を一身に受け止め続け、そして最後の最後にも盾を投げつけてハルトのトドメを支援した。

 それは直接ではないが、間違いなく最大の功績だと言えるだろう。


「……ま、誰が一番とか個人の価値観はどうでも良いとして、一番怪我したのは事実だし明日に備えて早めに休むわ」

 ラステッドはそう呟き、リカルドの用意したテントに入って横になった。




 二時間ほど時間を待ち、翼竜の体から血液が流れていない事を確認した二人はニヤリと笑い、ラステッドから受けった分もあわせて大きな袋を三つ取り出した。

 そう、楽しい楽しい解体作業の始まりである。

 これらの素材は領の財政を改善させる一手である事は当然だが、我欲という理由から二人はここでしっかりと稼いでおきたかった。


 ハルトの大剣は相当な代物で、しかも今回のトドメにもなった為文字通りワイバーンスレイヤーとなった。

 当然その金額も相当な物で、ちょっとした家なら建つくらいの代物である。

 出来たら返したくないハルトだが、借金である以上何も言えない。

 だからこそ、今回の功績で借金を返済し、出来たら領管理ではなく本当の意味で自分の物にしたいと考えていた。

 武器を相棒と呼ぶ事に憧れを持つハルトの少年的精神が『どうしてもこの剣を手放したくない』と叫んでいた。


 リカルドはもっと単純で、プランに沢山貢ぎたいというダメ男的発想オンリーである。


 そんな私利私欲八割領の為二割という事情を持つ二人は、事前にワイスから聞いておいた価値ある部位を順番に思い出していく。


 二人は最初に翼竜の首下、びっしりと生えた鱗の中で一枚だけ色と形が違う柔らかに鱗を見つめ、リカルドは丁寧に短刀で切り取る。

 俗に言う逆鱗である。


 恐ろしく硬くてリカルドの矢を通さず三人を苦戦させた鱗ではあるが、何故かその素材価値は二束三文程度にしかならない。

 ただし、逆鱗だけは例外である。

 柔らかい翼竜の逆鱗は魔法関連の研究や道具、儀式に使用出来るだけでなく、魔法とかかわりのない普通の武器防具の加工にも使い、そして薬の素材にもなるという恐ろしいほどの使用用途を持っている。

 つまり、欲しい人が山ほどいる貴重な素材だという事である。


 二領のメンバーは誰一人ワイバーンの素材を見た事がなく、ワイスの価値観は古代の物であるのだが、それでも逆鱗が相当な価値であるという事に間違いはないだろう。


 続いて狙うのは、前足の爪。

 単純に硬く、鉄の盾に傷を入れても砕けない爪である。

 今でも価値があると思って良いだろう。


 ただ、短刀どころか大剣の全力を弾く前足から爪を切り落とす事は不可能だったので、ハルトは大剣で前足ごとぶった切った。


 続いて牙、後ろ足、尻尾の先端をそぎ落とし、最後に残った血に気を付けながら心臓を抉り取った。

 血と心臓も価値の高い素材ではあるのだが……残念ながらこれらは持ち帰る事が出来ない。

 劣化が激しく保存に適さないからだ。

 何らかの準備を行えば保存出来たらしいが、今回はそこまで準備をする余裕はなかった。


 だからこそ、心臓は今この場にいる三人だけの特権で、そして最大のワイバーン討伐の報酬だった。

 古来より狩りを行った相手に対する最大限の敬意を払う方法とは何か。

 それは捕食である。


 小川の水を汲み、リカルドは丁寧に心臓を洗っていく。

 水でならすぐに落ちると事前に聞いていても、血液が付いている事はやはり恐ろしかった。


 翼竜の血液が熱いという事は知らなかったが、毒である事はワイスから聞かされている。

 動物に対して有効な強い毒で、そして一日自然放置で毒素は分解される。

 ただし、一日経った場合は血液も心臓も劣化し素材としての価値をなくしてしまうが。


 だからこそ、毒が恐ろしくても今食べる必要があった。

 翼竜の心臓は希少な素材の一つあると同時に、高級食材でもあるからだ。

『食うだけで強くなる』

 そういう逸話が今でも残っているほどだ。

 ただし、三人はそれを信じていない。

 普通に考えれば、この三人で勝てる程度の戦力しか持っていない翼竜がそんな貴重な素材を持っているなら人類は翼竜を確実に絶滅させている。

 健康になるとかちょっと元気になるとか、その辺りの効果に尾ひれがついたのだろうと予想していた。


 だが、高級食材である事には変わりないのでそれらは関係なく純粋に楽しみにはしていた。


 水で綺麗に洗い流した後は、強い炎でじっくり長時間直火に当てる。

 炎耐性が強い為なかなか焼けない。

 ただ、ただの火程度では炭になる事はなく焼きすぎという事もありえない。

 炎に投げ込んで放置するだけなので楽ではあるのだが、時間は相当かかるので二人は暇を持て余していた。


 そして二時間から三時間後、下味つけて軽く炙り、最後にラステッドが用意したバーベキューっぽいソースをつけて焦げ目を入れたら完成である。

 今にも動きそうな大きい心臓は、ソース独特の香りを漂わせ食欲を誘っていた。




「ラスト。起きてるか」

 リカルドがそう尋ねてテントに入ると、ラステッドは座ったままにっこりと笑った。

「起きた。というか起きる。腹減った」

 ラステッドの言葉に合わせて、リカルドは大きな葉を皿代わりにした巨大なステーキを見せた。

「おお! これがワイバーンの心臓か」

「いや、それはただの肉だ」

 リカルドの言葉にラステッドはしょんぼりとした表情を浮かべた。

「じゃあ心臓は?」

 その言葉と同時に、後ろからハルトが現れ串を三本見せた。

 串には小さな肉がゴロゴロと幾つも刺さっていた。


「これが心臓……なんだけども……本当に食べられるのかコレ」

 ハルトが不安そうな表情でそう呟いた。

「あん? 何かあったのか?」

「……いや。食えばわかる」

 そう言われ串を一本手渡されたラステッドはそのままおもむろに口を開いて肉を口に頬張り――しかめっ面をして見せた。

「…………」

 そのまま無言でもぐもぐと顎を動かす黙り込むラステッド。

 美味いとか不味いとかそういう話ではなく、単純に、噛めないのだ。

 翼竜の体を支え、燃え滾るような血液を動かし続ける力強い心臓は、恐ろしいほどの弾力があり噛み切れず、いくら歯で噛みしめようとしても元の形に戻てしまう。

 その弾力がどのくらい酷いかと言うと、小さい大きさに加工する為に大剣を使用しなければならなかったくらい硬かった。


 三人は無言のまま、口に肉を頬張りもごもごと口を動かす。

 噛もうとすれば反発するソレは、決して肉と呼べる何かではなく、むしろ生き物のようにさえ思えるほど口の中で自己主張していた。


 ブヂッ!


 ハルトの口の中からテント中に響き渡るほどの凄まじい音が聞こえてきた。

「……はめた(噛めた)のか?」

 ラステッドの言葉にハルトは頷き、更に数度千切れるような音を響かせた後、その塊を飲み込んだ。

「……確かに美味い。……ただ……そんな感動するほど美味いというほどでも……」

 そう言いながらハルトは翼竜のステーキを小さく切り口に頬張る。

 こっちは普通の肉と比べて少々堅い程度で軽く咀嚼して飲み込む事が出来た。


「……うん。確かに心臓の方が旨味が強い気がする。……若干」

 ハルトはそう呟いた後、心臓の肉を口に頬張り、噛みしめようと口をもごもごと動かした。




 三人共心臓を食べ終わったのはそれから二時間後で、そして三人で二つの結論を導き出した。


 一つは、心臓は普段肉を食べ慣れた上でかつ相当力の強い人しか食べられない条件付きの食材だから希少という意味で、早い話が()()()()()だという事。

 もう一つは、『ワイバーンの心臓を食べたら強くなる』というのは『食べると顎が相当鍛えられる』という話が面白おかしく脚色された結果だという事である。

 三人共顎が筋肉痛になるという珍しい現象を受けながら、それぞれの夜を過ごした。

 翼竜の死骸があるからか外の理由があるのか、その日の晩は一度も野生動物の襲撃がなかった。




 翌朝、ラステッドの叫ぶような声でリカルドは目を覚ました。

「おいリカルド! 起きろ! !」

 叫ぶような、悲痛な声にリカルドは慌てて目を覚ましテントから弓を持って飛び出る。

 そこにいたのは顔を真っ青にしてラステッドを指差すハルトと、何やら巨大な球を持っているラステッドの姿だった。


 人の頭よりも少し大きいくらいの真っ赤な球で、半透明状になっている。

 それを持っている理由を考えると何となく察することが出来るが……正直リカルドはあまり考えたくなかった。

「……事情を説明してくれ」

 リカルドの言葉に、ラステッドは頷き一時間程前の話を始めた。


 材料確保から調理、そして夜の番まで全て人任せだったラステッドは申し訳ない気持ちで早朝に目を覚まし、体調に問題がない事を理解するとテントを出てハルトの元に向かった。

『何もしなかった昨日の詫びも兼ねてちょっと翼竜を埋めて来る』

 ラステッドはハルトにそう言い残し翼竜の方に移動した。

 残骸のような死体を放置するのが忍びないという理由に加え、死骸を放置して何か変な物を呼ぶのも嫌だと考えたラステッドは、一人で翼竜の墓を作ろうと考えた。


 そしてラステッドは五メートルの広さでそこそこ深い穴を空けた後、翼竜の体を渾身の力で押し動かそうとする。

 相当重い体だが、素材を剥ぎ取った後でかつ血がないので何とか動かす事が出来た。

 そして翼竜の亡骸がズドンと音を立て穴に落ちた瞬間、ごろんと体のどこかからこの球が転がり落ちた。

 これが何なのかわからず。とりあえず水に洗ってみようと考えた持ち上げたラステッドは、コレが相当やばい物であると理解した。


 真っ赤なガラス玉のような見た目のそれは必要以上に重かった。

 ガラスというよりは鉄より重いかもしれず、腰に痛みが走るほどだ。

 そしてガラスを触った時のような冷たさはなく……むしろ仄かに暖いくらいである。


 それが何なのか、一体どのような物なのかはわからない。

 ただ、それでも一つだけ分かっている事があった。

 これは自分が想像も出来ない何かであり、ほぼ間違いなく貴重なお宝だという事実である。


「……どうしよう」

 ラステッドが不安そうな声を出してリカルドにそう尋ねた。

 ハルトも同じような表情を浮かべている。


 やったお宝が手に入ったぞやったー……なんて簡単な事態ではない事くらいリカルドも理解していた。

 価値の高すぎる物は災いを生み、人と人の関係を軽々しく破壊する。

 護る力のないお宝を持つという事は、村を、領を滅ぼすという事と同等の事態である。

 それ以前に、正体のわからないコレがそのまま厄災である可能性も十分になるのだ。


 もしこれがほどほどの貴重品ならそれでも良い。

 売っても良し飾ってよし自慢して良しだ。

 だが、これがほどほどではない貴重品だった場合は……何が起きるのか想像すら出来ない。

 これがいきなり炎を生み出して周囲を焼くような爆弾である可能性もあるのだ。


 だからこそ、ラステッドとハルトは恐れていた。

 特に、これが貴重な代物で奪い合う事態になることをなによりも恐れていた。


 政治という世界は自分達の手に余るもので、そして自分達の想像よりもはるかに恐ろしいと知っているからだ。


 悩んだ結果、リカルドは最も適切に処置してくれる人に託す事に決めた。

「……プランちゃんに差し出そう」

 リカルドの言葉に二人はぱーっと笑顔を浮かべ、何度も激しく首を縦に動かし全力で肯定した。

 ――ごめんプランちゃん。ほんとごめん。

 リカルドはこの後彼女が被るである苦労の事を考え、何度も頭の中で謝った。




ありがとうございました。

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