3-18話 フレイヴの森探検隊2
「フレイブ領内の森と言っても、俺達もこの森はそんな奥まで調べていない。だからどのくらい奥まで森が広がっているか実はわかっていないんだ」
ラステッドは地面に木の棒を使って円を描きながらプランとリカルドにそう言った。
「ここが村、んでこの辺りまでが森の中で調査済みの場所だ」
そう言いながらラステッドは村から半径五百メートルくらいの円を描いた後、その奥に大きな円を描いた。
「このもう一つの円は?」
ラステッドはプランの質問に答えるよう、その大きな円の中に羊の絵を描きこむ。
「俺達は『羊の楽園』と呼んでいる場所だ。この円内は羊を中心にした草食獣が山ほどいて、そして彼らにとっての絶対安全圏となっている」
「へー。どうして安全なの?」
プランの質問に、ラステッドは羊の隣に大きな鹿の絵を描いた。
「こんな見た目の主がいるからだ。円内にいる動物を襲おうとすれば主からの逆襲に会う。……これは人間であっても同様だから園内での争いは絶対に止めてくれ。主はマジでやばい」
この中で最も戦闘力が高いのも、最も動物相手に長けているのもラステッドである。
そのラステッドが怖がりながらそう言葉に残す事こそが、何よりも主の強さと恐ろしさの証明となっていた。
「というわけで調査をするなら村周囲から離れてかつ羊の楽園を避けた場所にしよう」
「了解です隊長! というわけで隊長のオススメ調査場所はどの辺りでしょうか?」
今しがた調査隊の隊長に任命されたラステッドは、木の棒を使いまっすぐに線を描いた。
「この直線方向を中心に奥を調べてみたい」
「なんで?」
「この方角からワイスさん命名コケトリスが来るから。他にも大型の肉食獣とかもこっち側から来る回数が多い。色々来るので危険ではあるが……何かある可能性も高い……と思う」
「了解しました! んじゃ準備したらすぐに出発しよう!」
プランの言葉にリカルドは驚いた。
「え!? プランちゃんも来るの?」
「え? ダメなの?」
「いや……ダメというか領主様だし危険な動物も出るし」
「私運動神経は悪くないし足手まといにはならないわよ? 戦闘の時はこっそり隠れながら石投げるくらいしか出来ないけど」
それはリカルドも良く知っていた。
プランの走る事を中心とした運動能力は下手な兵士よりも高いくらいで、フレイヴ領に来る旅路も九割方は自分の足で移動してきている。
垂直に近い崖や底なし沼とかでない限りはプランが他者の邪魔になる事はあり得なかった。
リカルドは危ないからココに残って欲しいと思うが、残念ながら説得する術が思いつかない。
領主だからという一番使いやすい言い訳は、探検隊の隊長ラステッドという存在により封じられている。
そしてプランが役に立たないかと言えばそんな事は決してない。
細かい気配りでチームの負担を分散しつつ鋭い洞察力と発想の鋭さから普通では考え着かないような発見も見せてくれる。
そして本人が行きたいというのであれば、断るという選択肢は残念ながらリカルドには用意出来なかった。
「……はぁ。わかった。俺から出来るだけ離れないでね」
「はーい!」
プランは元気よく答え、リカルドは顔に手を当て再度溜息を吐いた。
「そっちの話は終わったかな。んじゃ次はこっちの話だが、何日くらい森に籠る予定だ?」
「どのくらいがちょうど良いかな?」
ラステッドの質問にプランは逆に聞き返した。
「そうさな……。道中の森とは違いこの辺りの森は日の光が入るからぬかるみもほとんどない。比較的快適な上に食料も多いから籠れると思えば一月くらいは余裕で籠れるだろう。ただ、何が起きるかわからない危険地帯を探索することを考えると長時間潜るのは避けたいので……三日くらいでどうだろうか?」
ラステッドの提案に二人は頷いた。
「良し。んじゃ食料やテントはこっちが用意する。というわけで一時間くらい後に村の入り口集合で」
そう言った後、ラステッドは走り去っていった。
「思い立ったら即行動。フットワークの軽い領主だねぇ」
プランがそう呟いたのを聞き、リカルドは苦笑いを浮かべた。
――プランちゃんがラストに感じる感想全て自分に帰ってきているんだけど気づいてないのかな。
リカルドの考えとは裏腹に、プランは何も考えていないような屈託のない明るい笑顔を浮かべながらラステッドに手を振っていた。
「というわけで……点呼!」
「いち」
「にー」
「さん」
「よん!」
ラステッドの言葉に応えるよう、アルト、アイアン、リカルド、プランの順に数字を口にしていった。
「というわけで隊長合わせて五人揃ってます」
プランの言葉にラステッドはうむと頷き、木の棒で遠くを指し示した。
「とりあえず日没までまっすぐに進もう。作戦は……高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変になんとかかんとかって感じでこう……ファジーな感じでありつつもそれとなくいけそうな感じで」
「ずいぶんふわっとした命令だな」
苦笑いを浮かべながらそう呟くリカルド。
「俺に命令出すとか作戦立てるとかいった能力を求めるな。本来なら前にすら立たずに後ろで命令待ちするのが俺のやり方だぜ?」
ドヤ顔のラステッドにアルトがうんうんと頷いて同意を示していた。
「すまん。本当にすまん……ちなみにワシも似たようなもんだ」
アイアンが心から申し訳なさそうにプランにそう呟いた。
「大丈夫! 私もそんな感じだから!」
プランはキリッとした表情でそう返す。
リカルドは、心の底からリオとアインに早く帰ってきて欲しいと願った。
出発してから数十分、村から離れ森の奥に進むと木の密度が明らかに増えており、時たま木に道を阻まれるようになっていた。
そんな森事情をあらかじめ知っていたらしく、ラステッドは先頭に立ちナタのような刃物を振るって道を作っていく。
ソレに合わせてアルトが木に目印をつけながら通った道を確保する。
慣れ切った二人によりアイアンとプラン、リカルドは手持ち無沙汰のままただ付いて歩く事しか出来なかった。
「見事なものねぇ」
プランの呟きにラステッドは反応して目を輝かせる。
「これ見たらワイスさん見直すかな!? どう思う?」
ラステッドの必死な様子にプランは大きく溜息を吐いた。
「はぁ。二つほど良いかな?」
「ああ。なんだ?」
「一つ目、妖精であるワイスに有能アピールしてもあんま効果ないと思うよ。地味な作業とかあんま興味ないし」
「そかー。残念」
ラステッドは露骨なまでにがっかりして肩を落とした。
「んで二つ目。寝てない時以外は姿出してなくても音声とか周囲の状況とか全部わかるから、たぶん今も聴いてるよ」
「あー。まじか。えーおほん。さあ、先に進むぞ! 我に続け!」
キリッとした様子でナタっぽい刃物を遠くに向けラステッドは明らかに作った声でそう叫んだ。
「うるせぇ」
アイアンがそのままラステッドの頭にゲンコツを叩きこんだ。
二時間ほど進むと、森に大きな変化が訪れた。
今までは木が多く多少進みづらいだけで、ハイキングと大差ないくらいの探検だった。
ただし、ここからは違う。
森の形状自体はさほど変化してはいないのだが……人の手にかかっていない自然の驚異が、あるべき形として一同に襲い掛かってくるからだ。
最初に現れた脅威は――熊だった。
そう、森のあるべき姿、自然の驚異……それは弱肉強食の定理である。
「どうする?」
ラステッドは特に慌てず、後ろのメンバーに言葉をかけた。
脅威と言っても、ぶっちゃけ武官二人に武官相当一人、そして武官以上の領主という四人がいる以上熊程度では怯える事すらなかった。
「どうするって?」
逆に尋ねるプランにラステッドは指を折りながら、熊の威嚇を無視してゆっくりと説明を始めた。
「一つ目はここで処理して肉や皮、爪を集める。メリットは後で売れるし食事が豪勢になる。デメリットは時間かかるし血の匂いであかんのが来るかもしれん。二つ目は殺して放置。メリットは一番楽。デメリットは儲けがない事。三つ目は追い返す。デメリットは二つ目と大差ないが失敗するかもしれん」
「出来たら追い返して欲しいかな。トラブルは避けたいし……甘い戯言だとわかってるけど出来たら犠牲は減らしたいから」
そうプランが囁くような声で呟くと、リカルドが先頭に立ち熊と相対した。
「まあそう言ったお願いなら俺が叶えるべきだな。ラスト、悪いけどココは譲ってもらうぞ」
「おお。負ける事はないと思うけどがんばれや」
ラステッドの応援を背にリカルドは熊をずっと見つめだした。
威嚇する熊。
それに怯えているわけではないが、リカルドは熊を見つめたまま一歩たりとも動かなくなった。
動かないのは熊も同じで、ジリジリと腕を動かし襲おうとするそぶりは見せるのだがその場を動かず、に立ち止まったままリカルドを睨みつけるだけである。
そのまま両者見つめ合っているだけで何故か数分が経過した。
どっちも動かなかったが、突然熊が何かに怯えるようなそぶりを見せ、四足走法で慌てて立ち去っていった。
「お疲れ様。んで何したの?」
プランは汗だくになっているリカルドにタオルをかけながら尋ねた。
「んー。視界を媒体にして精神に感応する魔法……。簡単に言えば炎の幻覚を見せた」
「はーそんな事も出来るようになったのねぇ。何か……魔法習得するのめちゃくちゃ早くない?」
ほぼ毎晩ワイスに魔法の指導を受けてるのに、ほとんど進展がないプランは少し拗ねた様子でそう言った。
「一応努力はしてるからね。と言っても、この魔法欠点だらけでの失敗作だから使う事はもうないかもしれん」
「そうなの? 聞く限りは強そうだしさっきもうまくいってたじゃん」
「大量に魔力使う。自分は動けない上にめちゃくちゃ体力も消費する。しかも発動したら一切瞬き出来ない。そして炎は実物と比べて陽炎のように薄くしか出せないし俺のイメージだからかどことなく偽物っぽくなる。そして熱くないとバレた瞬間魔法は解けるというリスク付き。少なくとも人間相手には使えないね」
「そかー。ま、何にしてもありがとう」
そうお礼を伝えるプランを見て、リカルドは満足そうに微笑んだ。
「……魔法使いって何かスマートに物事こなす感じがして、比べると俺達が蛮族のような気がしてくるよな」
ラステッドの呟きにアルトとアイアンはうんうんと何度も頷いた。
ありがとうございました。




