2-11話 ブラウン子爵領生活2
『おかわりはセルフサービスで!』
ブラウン子爵のそんな言葉を聞き、ぴゅーっと厨房近くにまで早足で移動するプラン。
そんな様子を、ブラウン子爵とリカルドは微笑ましい目で見ていた。
「いやはや、プランちゃんは変わらないねぇ。……本当に変わらない。親を失っても、元気いっぱいだ」
ブラウン子爵はそう寂しそうに呟いた。
「自分が明るくした方が皆幸せになれるってプランちゃんは知ってますからね」
「うん。そうだね。プランちゃんは本当、とっても良い子だよ。ところで……リカルド君の事、聞いて良いかな?」
ブラウン子爵の言葉にリカルドは頷いた。
「うん。君は、どうしてリフレスト領の食客……言えばお世話になってるのかな?」
その言葉にリカルドは微笑みながら答えた。
「建前として言えば、迷惑かけたお詫びと色々とお世話になったお礼ですね」
「なるほどねー。んじゃ、本音は?」
「一目惚れって奴ですね」
そう言いながらリカルドはプランの去っていった方を見つめていた。
「ああ。なるほど。そういう事だったんだね」
「軽い理由って思います?」
「まさか。これでも私は目に自信があってね。リカルド君が嘘を付いてない事も、それが本気な事も良くわかってるよ」
そう答えるブラウン子爵だが、その表情は陰っていた。
「……歓迎できませんか」
リカルドの言葉に、ブラウン子爵は反応出来ずにいた。
それこそが、リカルドの気持ちを好まない事の、何よりの証明だった。
「……やっぱり身分差があるからですかね?」
そう呟くリカルドの意見を、ブラウン子爵は全力で首を振り、手を横に振って否定した。
「まさか! もし身分が問題になるならリカルド君をうちの養子にして送り出すって方法もあるよ! 私はプランちゃんが幸せになるなら相手の身分関係なく喜んで祝うさ」
「では俺の事を応援出来ないのはどうしてでしょうか?」
その言葉に、ブラウン子爵はとても言い辛そうに呟いた。
「だって、正直……あまり目がないでしょ? プランちゃん君をそういう目で見てないし」
その言葉にリカルドは苦笑いを浮かべながら両手を広げ、お手上げのポーズを取った。
「いやはや。素晴らしい観察眼、恐れ入りました」
そう答えるリカルドに、ブラウン子爵も同じような苦笑いの表情を浮かべた。
「正直可能性は限りなく低いんじゃないかな?」
ブラウン子爵の言葉にリカルドは頷いた。
「そうですね。ですが、たとえ無理でも諦める気はないですよ。せめてあの子に良い人が見つかるまではね。それに、何かあればこの身を盾にする事くらいは出来るでしょ」
そう言ってリカルドは微笑みウィンクを飛ばした。
「……本当良い男だね。君に想い人がいなければ私が縁談を持ってきたいくらいには、君は素敵だよ」
「ありがとうございます。ですが俺、これでも一途なものでして」
そう言ってリカルドは優しく微笑んだ。
「何の話してるのー?」
スープ皿とパンを持って戻ってきたプランは席に座りながら尋ねた。
「ん。ブラウン子爵様の見る目は確かですねって話をしてたよ」
「あー。うん。本当に凄いと思う。私も見習わないとなーって考えてるけどなかなかねー」
プランはそう呟きながら、パンをちぎって口に運んだ。
「こればかりは経験がものを言う世界の話だからねぇ。プランちゃんはこれからだよ。これから」
ブラウン子爵はプランにそう言って微笑みかけた。
「そこまで鋭いわけじゃないけど、俺も多少はわかるよ」
リカルドの言葉を聞き、ブラウン子爵とプランはリカルドの方に顔を向けた。
「人柄とか嘘とかじゃないけど、大体の強さなら計れるぞ。例えば……ブラウン子爵って凄い強いですよね?」
その言葉にブラウン子爵は首を横に振った。
「まさか。私なんてまだまだ」
「でも、プランちゃんは当然、俺よりは遥かに強いでしょ」
そう答えるリカルドに、ブラウン子爵は何とも言えない難しい表情を浮かべた後、苦笑いをした。
「……んー。そうだねぇ。それじゃ、食事が終わったら腹ごなしでもしてみようか」
そんなブラウン子爵の言葉に、リカルドはにっこりを笑って頷いた。
「……全く男って……」
プランは面倒な物を見る目で二人を見つめていた。
食事が終わり軽く時間を取った後、リカルドは室内訓練場のような場所に案内された。
広い長方形の室内空間には、無数の焼けた痕や弓の痕が残っている。
それでも相当頑丈らしく、痕が残っているだけで建物には一切ダメージを負った様子がなかった。
「さてリカルド君、得物はそれらで足りるかね? 当然持参した用意してきた物を使っても良いよ」
そう言いながら奥の方からブラウン子爵が姿を見せた。
その恰好は鎧どころか革鎧ですらない。
貴族の乗馬服みたいな衣装に身を包んでいた。
ちなみにブラウン子爵は相当……とても体格がよろしい。
そんな状態の乗馬服、つまり――衣服はぱっつんぱっつんになっているのだ。
「……それ、良くボタン取れませんね」
相手の立場を忘れ、リカルドは我慢出来ずそう呟いてしまった。
「ははは。おかげで我が領のボタン技術はこの国で一番になってしまったよ。あ、今のは笑うところね」
そうブラウン子爵が呟いても、リカルドは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
プランはそんなこれから模擬戦を始める二人を、離れた位置からガラス越しに眺めていた。
観客席……というよりは来賓席のような場所で、フルーツの盛り合わせと妙に豪華なジュースを横に最上級のVIP待遇を受け安らいでいる。
「はー。戦いには興味ないけど、こんな待遇を受けられるなら文句ないわー」
「おや、ご自身の食客様が戦うのに興味はございませんか?」
そう傍についていたメイドがプランに尋ねた。
「んー。私ね、戦う事が大っ嫌いだし見るのも嫌いなのよね。あ、争いとか戦いとか兵士とかを否定してるわけじゃないよ! 必要な事はわかってるし頑張って私達を守ってくれる人には感謝してるわ。ただ、私が嫌いなだけ」
「そうですか。まあ、領主様が戦う必要なんて本来ございませんものね」
そう言ってメイドは微笑み、プランもそれに合わせ何度も頷いた。
「そう! 戦う必要ないのよ。……ないよね?」
妙に迫力のあるブラウン子爵を見ながらプランは心配そうに尋ねた。
「ええ。ありませんよ。そうですとも、むしろ戦う方がおかしいのです」
その呟いて溜息を吐くメイドの様子から、普段苦労してるであろうことがプランには理解出来た。
リカルドは自分の脇に用意された武器類を見た。
剣、槍、斧、メイス等々有名どころの武器は一通り用意されている。
しかも全て練習用ではなく本物でだ。
悲しい事に、その全てがリフレスト領の物と比べ物にならないほど質が良い。
ちなみに、ブラウン子爵の持っているのは短い木製の練習用片手剣のみだ。
だがそれでも、リカルドは正直勝てる気がしなかった。
「んー。これはダメですかね?」
そう言いながらリカルドは隠していた弓を取り出し構えた。
「もちろん良いですとも。魔法もね」
「ありゃ。ばれてましたか」
そう言ってリカルドは苦笑いを浮かべた。
「はぁ。勝てる気はしないけど、良い勉強になりそうだしちょっとはがんばりますか」
「はっはっは。そうですよプランちゃんも見てるし頑張ってみてください」
そうブラウン子爵が発破をかけると、リカルドは獰猛な笑みを浮かべた。
「――ちょっとやる気出てきた」
そう言いながらリカルドは矢を取り出し、水平に弓を引いて構えた。
「はい、何時でもどうぞ」
その一言と同時に、リカルドは矢を放った――。
相手は相当身分の高い人物だ。
その上鎧を着ていない。
それでも、リカルドは一切の手加減をせず、殺すつもりで矢を放った。
リカルドの目で見るブラウン子爵の実力は、うちの筆頭武官であるリオより遥かに上に見えたからだ。
そんな相手に、手加減出来るわけがなかった。
リカルドはブラウン子爵の膝下を狙い射った。
目視による打ち落とし対策に加え、短い得物での有効範囲外を狙った精密射撃。
だが、そんな低空飛行する矢をブラウン子爵はゴルフスイングのように剣を振って軽々と弾きとばした。
「悪くはないけど、特に見所もない矢だね」
そうブラウン子爵が呟いているうちに、リカルドは三連の矢を放った。
話途中に飛んでくる顔、胴、足を狙った三発の矢を、ブラウン子爵は軽々と打ち落としていった。
「威力も速度も連射も悪くない。うん。良い狩人だね。もう少し連射の精度が良いともっと良かったね」
誉め言葉にはとても聞こえなかった。
どれだけ矢を消費しても、当たる気がしなかったリカルドは別の手段に出た。
リカルドは矢に集中し、魔力を注ぎ込み……。
「燃えろ!」
その一言と共に矢を放った。
矢は飛空中に突然燃え上がり、炎を宿したままブラウン子爵目掛けて突き進む。
リカルドの基本戦術である火矢。
単純ながら強力な技で、金属剣ならともかく木製の練習剣では対処は難しい。
数発打ち落とせば火が移り剣は燃えるだろう。
「ほう。良い火力だね。弓よりそっちよりの才能があるのかな」
今までの様子とは打って変わり、その怠惰な肉体では想像できないほど堂に入った構えを取りながら、ブラウン子爵は矢に突撃した。
そして矢に対し――いや矢の周囲に対して剣を振り下ろし、V字の要領で切り上げ矢を上空に打ち飛ばした。
「は?」
その様子にリカルドは茫然とした表情を浮かべた。
リカルドは多少だが目に自信はある。
ブラウン子爵の実力を見抜いたように相手の戦力を多少は計れるし、動体視力という意味でも優れている。
それはどちらも狩人の必須技能だ。
だからこそ、さきほどブラウン子爵のした事が見えた。
だが、見えてもその意味は全くわからなかった。
一撃目の斬撃で、ブラウン子爵は炎を斬って消していた。
そして火が消え安全になった矢を二撃目で打ち上げたのだ。
その様子に魔法を使った感じはない。
つまり、魔法をただの斬撃でかき消したという事だ。
「……まじかよ」
リカルドはそう呟く事しか出来なかった。
「私は残念ながら妖精に好かれる才能がなくってねぇ。魔法は使えないんだよ。まあそれでも、この程度の事は出来てるよ」
ブラウン子爵はニコニコとそう呟いた。
「……手加減されて実力見せつけられてアレだけど、負けず嫌いなものでね、ちょっと切り札使わせてもらいますよ!」
そう言いながらリカルドは弓を構えた。
「うん。どうぞ」
余裕を見せながらブラウン子爵はそう呟いた。
リカルドは深呼吸をして妖精石に意識を回し、自分が一度に使える限界まで魔力を集め矢に回す。
そのまま、リカルドは立て続けに三本矢を放った。
「炎よ! 風よ! 我が手で輝け!」
その言葉に合わせ、リカルドは三本の矢にそれぞれ別の魔法を加えた。
リカルドの実力では炎と風の魔法を両立させる事は出来なかった。
別々には使えるが、同時には行使出来ない。
いずれは出来るかもしれないが、今の技術では出来る気がしなかった。
強いて言えば、炎と風の魔法の矢を交互に射るのが関の山である。
それでも何とか一つの矢に二つの魔法をかけられないかと色々試した結果、例外的な裏技を見出す事に成功した。
リカルドの見つけた例外的な方法、それは直前に使った魔法を再度行使する魔法の開発である。
リカルドが使った魔法は三種類。
一矢目は今までと同じ炎の矢の魔法。
二矢目は風を集め速度を上げる魔法。
そして三矢目は、直前の魔法を再使用する魔法。つまり、炎と風の合成魔法である。
炎の矢に隠れて二矢目の風の矢が追い越して不意打ちとして相手に襲いかかり、それに続く初撃の燃える矢。
そして最後の切り札の三矢目の効果は、風を集めて燃え上がり、相手直前に爆発する。
リカルドが今出来る最も強力な魔法だった。
それを見たブラウン子爵は――相変わらずニコニコと笑っていた。
炎の矢を隠れ蓑にした風の矢を軽々打ち払い、炎の矢は回避し、三矢目が爆発する前に魔法を切って見せる。
リカルドの切り札は、全て完璧なまでに対策を取られた。
「すごいねリカルド君。本当良い腕してるよ。今の魔法はオリジナルでしょ? うん。本当に凄いよ」
そう言いながらブラウン子爵は後方に慌てて走っていき、炎の矢が刺さった壁の火をパシパシと叩いて消化していた。
一つわかった事がある。
ブラウン子爵は炎の矢を消さず、後回しにして三矢目を爆発する前に消した。
という事は……。
「ブラウン子爵、見ただけで魔法がわかるんですか?」
リカルドの質問に、ブラウン子爵は自分の目を指差した。
「私目には自信あってね」
その答えに溜息を吐き、リカルドは弓と矢を捨てダガーを二本持ちブラウン子爵の方に走った。
「最後にこっちでもお相手お願いします!」
「うん良いよ。おいで」
余裕しゃくしゃくのブラウン子爵にリカルドは風による移動強化の魔法をかけ、襲い掛かった。
隙も見せぬリカルドの二連攻撃。
だが、当然のようにソレは一切通用せず、何をさせたのかわかる前にリカルドは地面に倒れていた。
上を見るとニコニコ顔のブラウン子爵がこちらを見ている。
「……参りました」
「はい。お疲れ様でした」
そう言ってブラウン子爵はリカルドの手を掴んで立たせた。
「ちょっとしたアドバイス、というか忠告あるけど聞く?」
小声で話すブラウン子爵に首を傾げながら、リカルドは頷いた。
「是非。実力者のアドバイスはありがたいので」
「うん。ありがとう。君の目は実力者を見るんじゃなくって、相手の立ち振る舞いや気配、雰囲気から実力を察しているんだ。だから、例外がいる事を忘れないで」
「どういう事でしょうか?」
「世の中にはとんでもない存在がいてね、一切戦った事がないのに私よりも強い存在ってのとかいるのよ。そういう場合以外にも、立ち振る舞いに現れない強者とか実力を隠すのが上手い人ってのが一定以上いるのよ」
リカルドはブラウン子爵の言いたい事が理解出来てきた。
「ああ。つまり、目で実力を測るなという事ですか」
「いや。実力を測るのは正しいよ。でも、過信したらダメって事。世の中にはあり得ないような例外が転がっているから油断するなって話」
そう呟くブラウン子爵の表情は、何故か少し寂しそうだった。
「わかりました。肝に銘じておきます。他に何かアドバイスがあれば……」
そうリカルドが尋ねると、今度はころっと切り替え満面の笑みを浮かべ大きな声で話し出した。
「何もなかったよ! 単純に経験が違うだけで本当に良い実力だと思うよ。武官への推薦状出そうか? リカルド君なら一発で合格できるよ? 僕からのアドバイスはないけど他の武官の人に聞いてみる? 本当いくらでも伸びると思うよ君なら」
ニコニコとマシンガントークのように話すブラウン子爵に、リカルドは何の言葉も挟む事が出来ず茫然とするしかなかった。
そんな仲良さそうな二人の様子をプランはニコニコしながら、クッキー片手にメイドを侍らせ幸せそうに眺めていた。
ありがとうございました。




