2-10話 ブラウン子爵領生活1
会話も早々、プランとリカルドはブラウン子爵に応接間へと案内された。
そしてソファに座るよう指示されて即、出されるクッキーと紅茶。
さくっと軽い音を立てて割れる硬くないクッキーに、二人は感動を覚えていた。
リフレスト領のクッキーは紅茶でふやかさないと歯が欠ける恐れがあるからだ。
「というわけで……割とマジで困っちゃってしまっておりまするです」
銅山と思われる場所についての事情を話した後、そんな意味のわからない事を言いながらプランはブラウン子爵に両手を合わせて縋るように頼み込んだ。
「んー。そうだねぇ。ちょっと調べてみようか」
そう言いながらブラウン子爵は応接間から一旦離れ、数分してから戻ってきた。
手には何か見覚えのある小瓶を持っていた。
その後、ブラウン子爵は事前に受け取っていた鉱石の欠片を剣の柄で砕き、その一欠けらに小瓶から水をぽたっと一滴垂らしてみせた。
シュゥゥゥゥゥ……。
何かが溶けたような音の後に現れた黄色の綺麗な鉱石をブラウン子爵は素手で触り、まじまじと見つめた。
「……うん。物自体はただの銅だねぇ」
「……子爵。それは一体」
リカルドは小瓶を指差しながらそう尋ねた。
「ん? 聖水だよ」
その言葉にプランはぽんと手を叩いた。
「あー。そうか。毒だったら聖水かけたらわかるのか」
「そういうことー。領主としては割と大切な知識だから覚えておいてね」
「はーい」
ブラウン子爵の言葉にプランは手をあげ答えた。
ブラウン子爵が軽く調べた結果、銅自体は良くも悪くもない普通の質の銅である。
だが、混ざり合っている毒は相当やっかいなようだ。
詳しく調べないとわからないが、毒の浄化を考慮すれば利益はほとんど出そうにない。
そう、鉱石の知識ではなく、薬学の知識が必要だった為ダルク夫妻に依頼しても結果が出なかったのだ。
さすがに毎回聖水を使って解毒をしないと銅は使えないようでは、割に合わないし利益も全くでない。
むしろ聖水の需要を考えると赤字と言って良いだろう。
だが、聖水なしの解毒だと金も手間も相当かかってくる。
つまり、今回の鉱山はただの貧乏くじであるということだ。
「まーねぇ、困ってるなら助けてあげてもいいよ? こっちが引き取るよ銅山。知り合いのよしみでさぁ」
そう、上から目線のわかりやすい演技をしながらブラウン子爵はチラチラとプランの方を見ながら笑った。
――ああ。この人は昔から変わらないなぁ。ホント安心するわ。
プランはそう思い、小さくくすっと笑った。
プランに何か気づいて欲しい時、学んで欲しい事がある時はいつも自分を悪者っぽくして答えを促すのが昔からのブラウン子爵のやり方だった。
本気で、あの程度の演技で怒ると思っているところが、ブラウン子爵の良いところで可愛いところである。
そんなブラウン子爵が用意してくれたせっかくの機会である。
プランは真剣に今回の事について考えてみた。
ブラウン子爵の言いたい事は、要するに何か見落としがあるという事だ。
子爵は心からの善人なのは間違いないが、自領を蔑ろにしてまで他領を助けるような愚か者ではない。
正しい意味での為政者である。
赤字になる可能性のある銅山を抱える事はありえないのだ。
つまり、銅山を引き取る事に何かメリットがあるという事に間違いない。
例えば、銅が高騰する恐れがある場合。
または、銅を大量に使う予定があるなどだ。
ただ、それを考えても毒の除去が足を引っ張る。
毒の処理を考えると利益が莫大なほど出るとはとても思えない。
リフレスト領程度の価値観では莫大な利益と呼べるだろう。
だが、拡張が進み環境が安定し何でもあるブラウン子爵領では、毒入り銅山は何の利益も生まない。
「うーむむむ」
プランが腕を組み首を傾げ唸り声をあげているとリカルドが話しかけてきた。
「どした? 交渉がうまくいってないのか?」
「いや。今困ってるのはブラウン子爵からの課題だね。何か今回の事で見落としがあるらしく、というかブラウン子爵利益を出す自信があるらしい」
「ほーん。それなら引き取ってもらったらいんでね?」
リカルドの言葉にブラウン子爵は驚いた表情を浮かべた。
「それもありだけど、とりあえずはブラウン子爵の思惑がわかってからの話ね」
「え? ありなの!? それだけわかってるのに預けるって選択ありなの!?」
ブラウン子爵の叫び声に、二人は同時に頷いた。
「うーむむむむむ」
答えの出ないプランは首を傾げ続けている。
今回はリカルドも課題に参加し首を傾げていた。
『他者に知恵を借りるのも為政者の課題だからね』
というブラウン子爵のありがたいお言葉が出た。
なお、プランはそっちの方が得意だった。
つまり、リカルドも課題に強制参加である。
「何かないかなー。微妙な上に毒まで含んだ銅の使い道」
そんなプランの言葉に、リカルドはぴかーんと頭に電球がついたような表情を浮かべソファから立ち上がった。
「ああ! わかった!」
「まじか。リカルドよろ」
プランの言葉に頷き、リカルドはブラウン子爵に答えを言った。
「ぶっちゃけ銅じゃなくって毒の方が価値あるんでしょ」
その言葉にブラウンはにっこりと優しい笑みを浮かべた。
それはプランの良く知る正解の合図だった。
「いや詳しい事は調べてみないとわからないけど、鉱山の毒って特殊な薬とか油とか軍事機密とかにかかわるのよね。最悪ただの銅でも仕事を増やす程度には意味があるし、毒の調査は毒対策の意味もあるから無駄にはならないと思うよ。というか強い毒って時点で使い道あるだろうし」
そうブラウン子爵は言った後、再度にやにやと笑い、プランに課題を出してきた。
「さて、これがわかった後、どうやって利益に繋げるかな?」
ブラウン子爵の言葉に、プランは満面の笑みで答えた。
「あ、利益とかいらないんで是非開拓してください。通行フリーパスで防衛そっち任せ。代わりに利益もぜーんぶそっちで良いので」
「……えぇー」
ブラウン子爵は信じられないものを見るような目でプランを見ていた。
「というか、うちの文官に何とか出来ると思ってますか? 現状でも十人単位で足りてないんですよ?」
「しかも先代の頃からね」
ブラウン子爵はプランの言葉にそう付け足した。
武官の数は減ったが、文官の数は変わってない。
そう、リフレスト領は昔っから文官不足で悲鳴を上げているのだ。
先代の頃、文官不足でブラウン子爵が助けに来た事も一度や二度ではない。
むしろ武官が減った今の方が文官の仕事数が少なくマシなくらいであった。
「今回文官筆頭ヨルンよりこう言いつけられております。『借金にならず、仕事が増えなければどうでも良いです。得より楽を選んでください』と――」
「…切羽詰まってるねぇ……」
ブラウン子爵の言葉に、二人は首を縦に動かした。
話し合いは一向に進まなかった。
何とか利益を搦めてあげたいと考えるブラウン子爵と、利益とかどうでも良いから楽することを命じられたプラン。
そしてプランの護衛は無知な上にデート感覚で来ているのだ。
話がまとまるわけがなかった。
「んー。利益いらないと言われてもねぇ、流石に私も申し訳がないよ。もしこれで毒が凄く高価だったら気まずいし」
「いえいえ。いやマジで文官の余裕がなくて時々夜中にさまよえる死者みたいに歩いてるんですよ。これ以上仕事を増やしたら呪い殺されかねません」
そんな話が繰り返され、会議が踊り始めた。
「んー。埒が明かないね。んじゃちょっとブラウン子爵流の会議を纏める方法を使おうか」
その言葉に、プランは大きく拍手をした。
「よっ。待ってました!」
「あん? 何が始まるんだ?」
リカルドが首を傾げながら尋ねると、ブラウン子爵はきりっとした顔で一言呟いた。
「食事会だよ――」
その顔は晴れ晴れとしていた。
「貴族は貧乏な食事をせず、高級な食事をすべきである! なんて言葉がある。だがその高級という本来の意味を知らない貴族は非常に多い。野菜はいくらでも取れるから肉こそ至高だ肉や魚を食えば良いなんて頭の悪い事を言う貴族がいつの世も後を絶たない。そうではない。真の高級品とは、素材の種類ではなく質にこだわるべきだ。それに加えて調理方法である。貴族たるもの美食に気を――」
料理が運ばれる間延々と、そしてくどくどと蘊蓄を語りだすブラウン子爵。
言いたい事は大体多くの貴族に対する二つの不満である。
一つは貴族に野菜嫌いが多い事。
『下賤な野菜は食べない』
などと言う貴族は意外と少なくない。
もちろん貧乏なリフレスト領には関係ない話である。
もう一つは料理人の身分の低さである。
美味い料理を作る人は准貴族階級を与えるべきだというのがブラウン子爵の持論だ。
その為、ブラウン子爵領の食事は国内の領の中でも上位に位置する。
食事の為に国王が訪れる事があるくらいだ。
ついでに言えば、ブラウン子爵の食前の蘊蓄は、何故か空腹が刺激されていく為一部の人からは人気である。
聞き流しても同様の効果がある辺り、一種の魔法のように思う人も少なくない。
おそらく特殊な力などではなく、ブラウン子爵が食事を心から愛しているからそうなるのだろう。
「さて、メイド、執事達が食事を並べてくれた事ですし、冷める前に食べましょう。おお。豊穣神と大地の恵みに、そして料理人と共に食べる者に感謝をささげて――いただきます!」
そう言ってブラウン子爵はまっさきに料理を食べ始めた。
毎回同じような食事のはずなのに、ブラウン子爵は幸福に満ち足りた表情を浮かべていた。
「……なあ。これ食べて良いのか?」
リカルドは恐る恐るそう尋ね、その言葉にブラウン子爵は反論した。
「逆だよリカルド君。君の為の食事だ。食べないとダメなんだよ。無理に食べられない物は別にして、それ以外は出来る限り食べてもらいたい」
「……いや。良いなら食うさ。貴族でもない俺がこんな物を食べて良いなんて、恐れ多い話しだけどな」
そう呟いて自嘲めいた笑みを浮かべながらリカルドはパンを一欠けら口に投げ込んだ。
その瞬間リカルドのあざ笑うような笑みは剥がれ落ち、無表情になった後食事を食べる事に夢中になった。
どれだけ気取っても、どれだけ重い過去があっても、食事が美味しい事に変わりはないのだ。
『美味しい食事には勝てない』
プランも知っている真理の一つである。
プランもありがたくいただく為に、料理に手を伸ばした。
まず主食のパンである。
ただ、ここのパンは白パンとか黒パンとかそういう事に関係なく、全てのパンが美味しい。
白パンならふっくらは当然もっちりとして味わい深い。
本来まずい黒パンでさえも、簡単に噛み切れるほど柔らかく加工されており、干しブドウを入れて贅沢さも醸し出して甘味と苦みが調和され高級な甘みのようになっていた。
ちなみに、常時三種類以上のパンを食事に出すのはブラウン子爵領くらいである。
続いて野菜のポタージュ。
貴族らしくないと言う人もいるが、何度も裏ごしされた上に恐ろしいほど丁寧に取られた灰汁の事を考えると、その手間は貴族の食事にこそふさわしいだろう。
何種類の野菜が入っているのかわからないほどに複雑な味わい。
おそらく玉ねぎであろうと思われるが、良くわからない。
ただ、美味しいから素材が何とかはどうでも良かった。
そして主食の肉類。
巨大な鳥らしきものの香草焼きである。
ただし、中に細かく切り刻んだ野菜が詰め込まれていた。
見た目はがっつり、味は上品、そして意外とヘルシーである。
続いてサラダ。
野菜のサラダだけど、一切ドレッシングがかかっていない。
リフレスト領のように油をケチっているわけではなく、野菜の内側にドレッシングが埋め込まれているのだ。
これにより、かけすぎて濃いという事もないし、味も全て完全なまでに均一化している。
見た目はただの生野菜なのに、ここまで手間暇かけて美味しくするという発想には脱帽せざるを得ない。
最後に魚料理。
タラのスープ風煮物とカレイの姿焼きである。
タラの優しい味にニンニクなどの旨味が合わさり淡泊ながら飽きの来ない味となっている。
カレイの方は、シンプルに美味い。
何種類も香辛料を使ってスパイシーな味付けとなっていて、食べる手が止まらない。
毎回もっと食べるところがあれば良かったのにと思う程度には、素晴らしい味わいだった。
「うん、うまいな。この肉が特に美味い!」
がっつくリカルドにプランは優しい笑みを浮かべた。
――リカルドよ。それはタラじゃ。つまり魚じゃ。
そうプランは思ったが、敢えて口にはしなかった。
ありがとうございました。
もう一個の長編完結したのですが、忙しくて更新頻度上げられずもうしわけありません。
気長に待ちつつ読んでくだされば幸いです。




