2-12話 ブラウン子爵領生活3
夕食を終え、腹ごなしの運動として模擬戦をこなした後メイドが二人を客間に案内した。
そこには模擬戦中の妙に面白い恰好から着替え終わったブラウン子爵が二人分のお茶の用意をしていた。
そんな様子のブラウン子爵を案内したメイドは冷たい目で見据えていた。
――あー。仕事取られた上に目の前でされたらメイドさんとしては怒るよね。
プランは気を付けようと考えながら、曖昧な笑みを浮かべつつ席に着いた。
これからする話はわかっている。
一旦休止していた銅山問題をどうするかである。
「というわけで、方向性を決めてみたよ。銅山だけに、こんな感じでどうだろう? なんちゃって」
そう言いながらブラウン子爵はプランに書類を手渡した。
「そのギャグは放置するとして……一体何時の間に……」
食事をして、腹ごなしに模擬戦をして、戻ってきたら書類が完成している。
そんなブラウン子爵の完璧具合は、まるで魔法のようだった。
驚くプランを見て、ブラウン子爵はにっこりと、そして自慢げに胸を張った。
「ははは凄いでしょう。うちの文官さん達は」
そう言葉を発するブラウン子爵はとても嬉しそうだった。
ブラウン子爵とプランの領主としてのスタイルは似通っていた。
つまり、部下に全て、完全丸投げスタイルである。
ただし全ての責任を取る覚悟を持って部下に自由権利を渡すという結構危険な方法での丸投げだ。
一歩間違えばクーデターとなるだろう。
逆に言えば、全幅の信頼を寄せられたという事になる。
だからこそ、領主に頼られた者は張り切る。
その信頼を裏切らない為に――。
そんなわけで、優秀なブラウン子爵領の文官達が用意したリフレスト領銅山の開発計画書だが、恐ろしいほどよく出来ていた。
特に素晴らしいのはそのわかりやすさである。
素人であるはずのプランでさえも、書いている内容が全て理解出来るほどになっていた。
ブラウン子爵領文官が用意した計画はこうである。
調査を含めた準備から採掘実行までにかかる全てのコストはブラウン子爵領が受け持つ代わりに、その利益は全てブラウン子爵領が得る。
同時に、周囲に一切の汚染がないよう細心の注意を払い、これはブラウン子爵が全ての責任を受け持つ。
ここまではリフレスト領が事前に伝えた希望通りだった。
利益はいらない、代わりに何とかして欲しい。
その希望を全てブラウン子爵側が飲んだ形である。
ただしこれにはまだ続きがあった。
代わりに、人員の募集を出来るだけリフレスト領で行う、そう書かれていた。
簡単に言えば『報酬や分け前の代わりに領民の雇用先を用意する』というブラウン領側の提案である。
これなら間違いなくウィンウィンであり、リフレスト領の領民は相応以上にメリットを受ける事が出来るだろう。
それを見て、プランは感心しつつも小さな不安を覚えた。
「ねぇ。これってさ、うちの領で出来る範囲の仕事かな? さっきも言ったけど、うち文官が足りないから仕事量増えた瞬間破綻するのよね」
その言葉にブラウン子爵は苦笑いを浮かべた。
「本当変わってないなぁ先代の頃から。大丈夫。最低限の人員でも出来るし雇用に関してはうちの文官も手伝うよ。それに、今ココで決めなくても良いんだよ」
「え。そうなの?」
プランの言葉にブラウン子爵は頷いた。
「うん。だって領に戻って相談した方が良いでしょ? その書類は草案だから明日の朝には正式な計画書用意しておくよ。それを持ち帰って相談してみて」
そう言ってブラウン子爵は微笑んだ。
本当に、何から何まで至れり尽くせりである。
だが、あんまり申し訳なさを感じない。
迷惑をかけるのは今更なのもある。
だが、一番の理由はプランにとってブラウン子爵は迷惑を多少かけても良い相手だからだ。
前々から何度も顔を合わせ、似た気質を持つ相手だからこそ、プランはブラウン子爵を身内だと思っており、ブラウン子爵もまたプランの事を身内だと思っていた。
と言ってもおんぶに抱っこであるのは精神的に少々よろしくない。
――どこかでブラウン子爵に恩返し出来たら良いのに。
プランと、プランの父ダードリーはずっとそう思っていたが、未だに恩を返しきれる気がせずむしろ恩が重なっていく一方だった。
「それで、俺達は今日どうしたら良いんだ?」
リカルドはそう尋ねた。
「今日は泊まっていって、明日になったら書類持って帰って検討して、決まったらまたおいで」
ブラウン子爵の言葉にプランを手を挙げて尋ねた。
「はーい。あ、朝食はお願いしたら出してくれる?」
「まさか。お願いせずとも用意するから是非食べて帰って。お土産も用意しとくからさ」
そんなブラウン子爵の言葉に、プランは当然として、リカルドも少しだけ頬をにやけさせた。
美味しい食事には勝てない。
まさに真理だった。
お風呂に入った後、豪華な寝室に案内されたプランは眠れる気がしなくて、夜風に当たる為部屋を出た。
眠れない理由は二つある。
一つは、慣れない豪華生活と旅行による興奮が原因だった。
豪華な寝室の時点で、ぶっちゃけ場違い感を覚えていた。
もう一つの理由は、何となく……ノスタルジックな気持ちになったからである。
以前来た時には父がいた。
だが今はいない。
父が亡くなった事を気にしてないと言えば嘘になるが、十分に立ち直り、まっすぐ前を向けて歩いている。
だがそれでも、時々変に寂しくなる事はあった。
そう、今みたいに――。
ベランダに移動したプランは、先客がいる事に気が付いた。
薄めの紫髪に綺麗な緑の瞳をした青年は、手に持ったワイングラスをそっと置き、プランの方を見つめた。
「ん。プランちゃんか。どうした? 寝れなかったのか?」
そう尋ねるリカルドに、プランは小さく微笑んだ。
「ええ。貧乏暮らしが長すぎてね。あんまり豪勢な場所にいると体がびっくりするの」
そんなプランの言葉に、リカルドは小さく笑った。
「ああ。俺もだ」
そう答えるリカルドに、プランはくすっと笑った。
リカルドは席を立ち、椅子を引いてプランをエスコートした後、自分の席に戻ってワイングラスを傾けた。
「ベランダで一人ワインを飲む。良いご身分ですなぁ」
プランの言葉にリカルドは渋い顔をした。
その顔はワインが渋いからした顔ではないはずだ。
そんな渋いワインをブラウン子爵領が出すわけがなかった。
「んーとな。俺はメイドに『寝付く為に安酒をくれ』って頼んだんだ。そしたらこれが持ってこられてな」
そう言いながらリカルドはワインボトルを見せた。
そのボトルにはラベルが貼っていなかった。
「ああ……値段がないから安いお酒って事か」
プランの言葉にリカルドが頷いた。
「そうみたいだな。んで軽く飲んでみたんだが、あほみたいに美味いんだわこれ。寝付く為の酒にしてはちょっともったいないかなーっと思って。雰囲気の良い場所で飲もうと考え今に至るってわけだ」
「そう。んでリカルドさんや。ソレ飲んで寝れそうかね?」
プランの言葉にリカルドは苦笑した。
「酒が美味くてな、眠気がどこかに消えてしまったよ」
「でしょうね。私も昔同じ事したもの。ジュースだったけどね」
プランの言葉にリカルドは微笑み、二人で笑った。
そこから二人は一言も話さず、風を感じながら月夜を見て時間を過ごした。
時間にして三十分ほど。
無言の時間ではあるが、不快な気持ちはしなかった。
恋人の距離感ではないが、友人の距離感とも違う。
だけどそれが妙に心地よくて、二人は無言で月を見ていた。
そしてワインボトルが透明になると、二人はほぼ同時に席を立った。
「おやすみ。リカルド」
「ああ。おやすみプランちゃん」
それだけ言って二人は自分の寝室に戻っていった。
全く寝付ける気がしなかったはずなのに、今はベッドが無性に恋しくなっていた。
翌朝、プランはいつも以上に早い時間に目を覚ました。
ベッドはふかふか。
気温も涼しく体調も問題ない為、眠りが浅かったというわけではない。
理由は単純で、騒がしいのだ。
ドタドタと走り回る音と怒鳴り声に近い命令。
まるでリフレスト領での文官達の修羅場のような雰囲気である。
「んー。何があったのかな」
プランは少しだけ急いで、寝間着から余所行きの服に着替えた。
ありがとうございました。




