最終話: やっぱりこう言うしかない
怒り心頭な隆臣は、私の肩をより力強く掴んだのでさすがに痛かったが、本人は気付いていないらしい。
「こんなの裏切りだろ! 旦那が海外出張から帰ってきたら、嫁が寂しさの余り知らない男と浮気された気持ちが今よく分かったぞ!!」
「いやいや! 私達結婚してないし!!」
「俺は結婚してもいいと思ってた!」
「私も考えてたけど、もう気持ちが無いんだから無理だって! つーか肩痛い!! 離して!」
「断わ……うわっ!!」
突然光が物凄い速さで下から上へ私と隆臣の間を割りこみ、腕に当たりかけた隆臣は反射的に後ろへ転がり。
私も風圧で後ろに倒れかけたが、いつの間にか男に戻ったジルがそれを支えてくれた。
光の通った床は抉れ、先にある壁はヒビ割れ、近くにあったはずのテーブルは不自然に折れていた。
「あ、ありがとう、ジル」
「いえ、当然の事をしたまでです」
「けど魔法で床を抉ったり物を壊すのは駄目だからね」
「ただの手刀です。この部屋が脆すぎるのです」
「あれ手刀?!」
「はい」
私の知ってる手刀じゃない!!
「て、手加減しなさい! いいわね?」
「てっめえ! 俺を殺す気か!! 邪魔すんな!!」
隆臣は青かった顔を再び赤に戻すとジルに怒鳴り声を上げた。気持ちはよく分かる。
「キョー様を傷付ける輩を許すつもりはない」
「んだとっ?!」
「あーもー!! いい加減この展開やめなさい!!!」
また喧嘩をおっぱじめようとする2人の間に割り込んでから、さっきのジルの攻撃で転がってしまったソファを元の位置に戻した。
「大人しく座って話し合いが出来ないって言うんなら時間の無駄よ。私は何も話さないでミツキさんとここから出て行くから」
「ふぇええっ?!」
ミツキさん巻き込んでごめんさない! だけど迷惑そうな困り顔されると少し傷付きます!!
そんな気持ちを胸に押し込め、目を座らせてジルと隆臣を睨みつけると、2人はようやく冷静になって壊れかけたソファに座った。……よし。
「まず、私の言い分を大人しく聞いて。それから反論する事。いいわね?」
「……ああ」
「ジルはややこしくなるから横槍を入れずに話を聴いていて」
「しかし……」
「それが出来ないなら隆臣と2人で話を付けるからね」
「俺はそっちの方がいいけどな」
「駄目よ。ここに居るのは皆当事者だから、ジルとミツキさんにも聴いてもらいたいの。2人も私と隆臣だけで話が進むのは嫌でしょ?」
「はい!」
「勿論です」
「うん。元気な返事をありがとう」
ようやく落ち着いて話し合いが出来る……。内心げっそりとしながらも、平静を装った。
「まず、隆臣の言い分は分からなくもない。彼女と思っている女が別の男と一緒にいるのを見かけたら怒るのも理解出来る。だけど自分はどうなの?」
「え?」
「隆臣は彼女に秘密を持ちながら、異国の地で美少女と一緒に苦難を乗り越えてたって言うなら、それなりに情が湧いても仕方ないし、平凡に過ごしてただけの彼女としては大人しく引き下がってもおかしくないと思う。それに隆臣もミツキさんの気持ちには気付いてるんでしょ?」
「それは……」
私の質問に苦虫を噛み潰した表示に変わり、やはりと確信に変わった。
隆臣はミツキさんが自分の事が好きだって理解してる。だけど私の事を求めてるのは、多分ミツキさんと向き合う心の準備が出来てないんだと思う。
それと一応彼女がいるから、それを蔑ろには出来ないっていう罪悪感もあるのかな。
ミツキさんを見ると、よく分かってないのか私と隆臣を見比べている。
「私の事はもういいから、ちゃんと彼女と向き合いなさい」
「……
「ミツキさん。ちょっと2人で話をしませんか?」
「ふぇっ!? お、お話ですか?!」
「はい」
「わ、分かりました」
「では行きましょう」
私は立ち上がってミツキさんに立席を促すと、隆臣はそれを止めようとした。
「おい、恭子」
「心配しなくて大丈夫だよ。ジル、隆臣の相手してあげてて。喧嘩は無しだよ」
「……」
「返事」
「……承知いたしました」
「おいっ……て! 体動かねえ!!」
「大人しくしていろ。暴れたら殺す」
「分かったからやめろ!!」
よく分からないが、ジルが魔法で隆臣を捕縛しているらしい。
2人の空気は険悪なのであまり保たないだろう。
急いでミツキさんを隣室に連れていき、ミツキさんの気持ちを確認した。
「ミツキさん」
「は、はいっ!」
「ミツキさんは隆臣の事が好きなんですよね?」
「いや、あのその……!」
指摘された事により、ミツキさんは真っ赤な顔をして慌て始めた。
「な、ななななぜわかったのですか?!」
「……ミツキさんを見ていればどんな人でも恋する乙女って分かりますよ?」
むしろ隠せていると思ってる方がおかしいよ! っと喉のところまで来ていたが、ややこしくなりそうなのでそれを飲み込んだ。
はわわわわ! と挙動不審なのは可愛いので許す。
「ミツキさん。私は隆臣の恋人でしたが、彼と添い遂げようとは思ってません。私はミツキさんと隆臣が恋人になるべきだと考えています」
「ほ、本当ですか?!」
「はい」
ミツキさんは嬉しそうに笑顔を輝かせ耳をピンと伸ばしてピコピコと動かしてる。可愛い。
だけどすぐにハッ!と気付き、眉根を八の字にして不安そうな面持ちとなった。
「しかし、オーミはキョー様の事を愛しています。なのに、わたしが恋人になるだなんて……」
「心配しなくても大丈夫です。今はそうでも、きっと隆臣は貴女を好きになります」
「……何故その様に言い切れるのですか?」
「今の隆臣は、ただの執着で私を好きだと言っているだけです。自分のものが他人に取られたという独占欲だけで、私に対して恋愛感情はそんなにない事にすぐに気が付くはずです」
「 しかし……」
ミツキさんがおろおろとしている姿を見ていると、ついつい慰めて励ましたくなる気持ちが擽られる。
きっと面倒見がいい隆臣も同じだと思う。こんな可愛い子が自分を頼ってきたら、きっと断れないし守りたくなる。
「私は、ミツキさんみたいに素直じゃないし、好きな人が自分じゃない誰かを想っていても常に好きでいられる程、強くないんです」
「キョー様……」
「ヒノマル国からグリオールは真反対の位置にあり、遠く過酷な道のりを着いて行けるなんて、相当想いが強くなきゃ出来ない事だと思います。それくらい想ってくれている人がいるなんて、隆臣は果報者だと思います。隆臣は鈍感な所とか時々抜けた所がありますが、良い奴って事はミツキさんも知っていると思います。だからどうか、隆臣と一緒にいてあげて下さい。よろしくお願いします」
中途半端な事をして隆臣を傷付けてしまった事は重々承知しているので、頭を下げてお願いすると、ミツキさんは更に慌てた。
「キョ、キョー様!! わたしなんかに頭を下げないで下さい!!! そんなところを輝燐様に見られたら……!」
「じゃあ私のお願い、聞いてくれますか?」
「よよ喜んでお受け致しますので! 早く頭を上げてください!!!」
何故か頭を下げる事でものすごく焦っていたが、ジルの事なら大丈夫だと思う。どうせ魔法か何か使って会話を盗み聞きしてそうだし。
ライバルがいなくなるって事で我慢してもらおう。
これでミツキさんとの関係は一件落着かな。肩の荷が下りて私の顔も緩んだ。
「今後の隆臣の事はミツキさん次第ですので、頑張って下さいね」
「は、はい!! がんばります!!」
最後の一押しをすれば、ミツキさんは顔を引き締めて返事をした。
あまり2人を長く居させられないので速やかに部屋に戻れば、空気はかなり険悪だった。何で隆臣の周りで電磁波が出てんの?!
「えっと隆臣……何してんの?」
「見てわかんねぇのか! こいつの魔法の拘束をとろうとしてんだよ!! すっげえ身体重たい!」
「オーミの周りの魔素が絡み付いています!! なんて濃密な魔素なのでしょう!! こんな術見た事がありません!!!」
「へぇ……」
うぉお! と唸りながら顔を真っ赤にして力む隆臣は必死そのものだ。私には全く魔素が見えないので、隆臣がひたすら踏ん張りながらパチパチと静電気を出してるようにしか見えない。
そんな隆臣に反して、ジルは優雅に紅茶を飲んでいた。
「ジル。もう話し合い終わったから解いていいよ」
「承知いたしました」
ジルが返事をすれば、隆臣の周りの電磁波は消え、隆臣は呻き声を上げて脱力した。
すぐにミツキさんが隆臣に駆け寄り身体を支えた。
「オーミ、大丈夫ですか?!」
「はぁっはぁっ、一応、な」
「ジル。あそこまでしなくてもいいでしょ?」
「私はただキョー様の願いに従い拘束していただけです。それなのに、キョー様は私を責め……勇者の味方に付くのですか?」
悲しげに眉を顰め、目元を潤ませる美青年に責められると焦ってしまう。
「え? いや、別に責めてる訳じゃなくて! もう少し緩めに出来ないかなぁーって思ったんだけど……」
「勇者が無駄に足掻いていただけですので、私は勇者に余計な危害を加えていません。それなのにキョー様は私を責め……」
「責めてる訳じゃないから!」
子供っぽくいじけるジルの隣に腰を下ろ慰めると、ジルがゆっくりと私を捕らえた。
「え?」
「キョー様は私が嫌いだから勇者の肩を持つのですか?」
「そんな事ないよ! ジルの事が嫌いなんてありえないから!」
「では私の事は好きですか?」
「友達としてね」
「……ずっと傍にいてくれますか?」
「うーん、良い子にしてくれてたらいいよ」
「……ズルいです」
「あはは」
少しむくれたジルの頭を撫でてからジルから離れた。
ソファに座り直すと、口をへの字にしてむくれた顔の隆臣と、蒼い顔をして息を飲んだミツキさんが固まっていた。
「どうしたのミツキさん?」
「いえ、あの今、輝燐様がキョー様に……ヒッ!!」
ミツキさんが説明しようとした途端、ジルはミツキさんを睨みつけて牽制していたので、それを遮った。
「ジル、やめなさい。ミツキさん、教えて下さい」
「あの……その、輝燐様がキョー様に、隷属魔術を掛けようとなさっていらして、あのまま輝燐様の要求を呑んでしまっていたら……」
「隷属って……」
「まさか恭子を下僕か何かにするつもりだったのか?!」
「えぇっ!??」
何で慰めてるのにそんな穏やかじゃない事が起きてるんだよ!!
そんな鬼畜な魔法は掛けられたくないので急いでジルから離れた。
ジルは眉根に力を込めたが、その敵意は隆臣に向かった。
「愚か者が。その様な畜生な行為、我がする訳なかろう」
「じゃあ何だよその外道な魔法はよ!!」
「あの〜……恐らくその逆ではないのでしょうか?」
「え?」
びくびくとしながら挙手するミツキさん。どうやらすっかりジルに苦手意識を持ってしまったようだ。
「逆っていうと?」
「輝燐様自身がキョー様の僕となる事で、常に共にあり続けようという事かと思います」
「え? そんな事する必要あるの?」
「僕は何をするにも主の許可が必要で、主の側を離れると徐々に力がなくなり弱って死にます」
「ええ?! 何それ呪い!?」
「それに近いです」
ミツキさんはジルの様子を伺いながらも気まずそうに説明してくれた。
「ジル!! あんたなに馬鹿な事してるの!!」
「命を無駄にするんじゃねーよ!! 大体恭子の嫌がる方法で側にいても恭子が喜ぶはずないだろうが!!!」
「隆臣の言うとおりよ! そんな事しなくても側にいていいんだから、二度とそんなしないで!!」
「キョー様……」
ジルは私と恋敵(?)に叱られているのだが、ジルには私の言葉しか届いてなかった。
隆臣のこういうお人好しな所を評価して欲しいんだけどな……。
「では、私はずっとキョー様の側にいて良いのですね?」
「だから良い子にしてたらね!」
「分かりました。キョー様の慈悲深いお気遣い、大変心に沁みました」
「俺も心配してやったけどな!」
「貴様の心配など無用だ」
「んだとコラぁ!!」
「オーミ! 落ち着いてください!!」
「まとまらない……」
この後もギャーギャー怒鳴りつつ宥めつつの話し合いが進んだ結果、私とジルの旅に何故か隆臣とミツキさんも同行する事になった。
そして旅の行き先ではお人好し勇者・超絶イケメン・うさ耳美少女+おまけのパーティーでは何かと厄介事に巻き込まれ、救世主と讃えられ、そのうち伝説となり世界中から親しまれるようになるのはまた別の話。
本当に、どうしてこうなった……。
最後までお付き合い頂き有難うございました!
あとがきは活動報告の方で書かさせて頂きます。




