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平民出身の転生執事、最強王女を育成する  作者: アカメノコバチ


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第5話② それは回しすぎでございます

 翌日。


 改良した洗濯機を、王宮の洗濯場へ運び込んだ。


 羽根は少し小さくなり、角も滑らかに削られている。


 ハンドルは左右交互に動かすことにした。


「いよいよだね!」


 エクレシア殿下が、わくわくした様子で洗濯機を見つめている。


「はい。ただし、今回は殿下ではなく、ベルタ殿に操作していただきます」


「ええーっ!」


「実際に使う方が、無理なく動かせるか確かめるためでございます」


「……そっか!」


 殿下が頷いた。


「じゃあ、ベルタさん! お願い!」


「わ、私がでございますか?」


 ベルタは驚いた様子だった。


「はい。率直なご意見を伺いたいのです」


「……承知いたしました」


 僕たちは、同じ種類で汚れ具合の近い布巾を二組用意した。


 一方はこれまでどおり手洗い。


 もう一方は洗濯機で洗う。


 水と石鹸の量、洗う時間も、できるだけ条件を揃えた。


「では、ベルタ殿。こちらのハンドルを右へ、左へと動かしてください」


「こうでしょうか?」


「はい。その調子でございます」


 ベルタがハンドルを動かした。


 ごぽっ。


 ごぽっ。


 木桶の中で水が動き、布がかき混ぜられていく。


「おお……」


 ハインツが感心したように声を漏らした。


「今度は、布が絡まないようですね」


「まだわかりません。もう少し続けてみましょう」


 僕はベルタの手元を見た。


 ハンドルは無理なく動いている。


 重すぎる様子もない。


「ベルタ殿。いかがですか?」


「思ったより軽いですね」


「それはよかった」


「ただ、ずっと回していると腕は疲れそうです」


「……なるほど」


 そうか。


 手で布をこする代わりに、ハンドルを動かす仕事が増えたわけだ。


 負担がなくなるわけではない。


「ねえ、ベルタさん!」


 殿下が身を乗り出した。


「これなら、楽になりそう?」


「そうですね……」


 ベルタは少し考えた。


「一枚ずつ布をこするよりも、まとめて洗えるのは助かります」


「本当!?」


「はい。ただ、汚れがきちんと落ちているか、確かめてからでないと」


「あっ!」


 殿下が頷いた。


「そうだよね! 最後まで見ないと!」


 ……。


 昨日、国王陛下から教わったことを覚えていたらしい。


 なかなかよい傾向だ。


 ◇


 しばらくして。


「では、取り出してみましょう」


 僕が言うと、ベルタがふたを開けた。


 中から布巾を取り出し、別の桶ですすいでいく。


 比較用に手洗いした布巾も、同じようにすすいだ。


「……どうでしょうか?」


 僕が尋ねると、ベルタは二組の布巾を並べた。


 一枚ずつ広げ、汚れの残り具合を確認する。


「……これは」


「どう!?」


 エクレシア殿下が身を乗り出した。


「ベルタさん! きれいになった!?」


「はい。かなり汚れが落ちております」


「本当!?」


「ええ。手洗いしたものと比べても、見た目には大きな違いがありません」


「やったー!」


 殿下が飛び跳ねた。


「でも、こちらの油汚れは少し残っていますね」


 ベルタが布巾の一部を指さした。


「こういう汚れは、やはり直接こすった方がよさそうです」


「……そっかぁ」


 殿下が少し残念そうな顔をした。


 しかし、ベルタは笑った。


「それでも、驚きました」


「えっ?」


「この洗濯機なら、何枚もの布巾をまとめて洗えます」


 ベルタは自分の手を見た。


「ずっと布をこすり続ける必要がないのは、ありがたいことです」


 エクレシア殿下の顔が明るくなった。


「じゃあ、楽になりそう!?」


「はい。洗濯物によっては、ずいぶん助かると思います」


「きゃははっ! やったー!」


 殿下が両手を上げた。


 ベルタは続けた。


「ただ、刺繍のある衣服や傷みやすい布は、今までどおり手で洗った方がよいかもしれません」


「うん!」


「それに、すすぎや絞る作業は残りますからね」


「そっかぁ……」


 殿下は考え込んだ。


「じゃあ、全部のお洗濯が楽になるわけじゃないんだね」


「そうですね。でも、洗うものによって使い分ければ、とても便利だと思いますよ」


「なるほど!」


 僕も頷いた。


 現段階では、あらゆる洗濯物に対応できるわけではない。


 だが、大量の布巾や丈夫な布をまとめて洗うには役立ちそうだ。


 ベルタがもう一度ハンドルに手を置いた。


「それにしても、不思議なものですね」


「何が?」


 殿下が尋ねる。


「今まで、洗濯は一枚ずつ手でこするものだと思っておりました」


 ベルタは微笑んだ。


「まさか、こんな方法があるとは」


「えへへっ!」


 殿下は嬉しそうに笑った。


「じゃあ、作ってよかった!」


「はい。ありがとうございます、殿下」


 ベルタが深く頭を下げた。


 近くで見ていた使用人たちも、笑顔を浮かべている。


「私にも使わせてください!」


「本当に、これで洗えるんですね!」


「毎日の仕事が少し楽になりそうです!」


 エクレシア殿下は、少し照れたように笑った。


「きゃははっ! よかったー!」


 ……なるほど。


 どうやら殿下は、褒められることよりも、使用人たちが喜んでいることの方が嬉しいらしい。


 ◇


「ねえ、トルーキン!」


「はい」


「これ、もっといっぱい作ろうよ!」


 洗濯場を出ると、エクレシア殿下がさっそく言い出した。


「王宮だけじゃなくて、ほかの場所でも使えるよね!」


「はい。使える可能性はございます」


「じゃあ、救護院にも作ってあげたい!」


 ……救護院か。


 確かに、あそこでも洗濯は必要だろう。


 子供たちの衣服や寝具を洗うだけでも、相当な手間がかかるはずだ。


「ですが、殿下。まだ確認しなければならないことがございます」


「えっ!? まだあるの?」


「はい」


 僕は指を折って説明した。


「まず、長く使っても壊れないかどうか」


「うん」


「次に、製作にどれほど費用がかかるか」


「うん!」


「そして、壊れたときに誰が修理するのか」


「……あっ!」


 殿下が声を上げた。


「そっか! 壊れちゃったら、使えないもんね!」


「そのとおりでございます」


「じゃあ、ちゃんと使えるか、もっと試さないと!」


「はい。まだ一度の実験でございますから」


 すると、殿下が何かを思いついたように顔を上げた。


「じゃあ、ベルタさんたちに、しばらく使ってもらおうよ!」


「……はい?」


「だって、毎日洗濯する人たちが、一番詳しいでしょ?」


 ……なるほど。


 確かに、そのとおりだ。


 実際に使う人の意見を聞かなければ、改善すべき点もわからない。


「……よいお考えでございます」


「でしょ!」


「では、まずは一週間ほど、洗濯場で試用していただきましょう」


「うん!」


「その間に、使いにくいところや壊れそうなところがあれば、教えていただくのです」


「わかった!」


 殿下は嬉しそうに頷いた。


「それで、ちゃんと使えるようになったら、救護院にも作ってあげよう!」


「はい。費用や設置場所も確認したうえで、検討いたしましょう」


「きゃははっ! 楽しみ!」


 ……。


 以前の殿下なら、思いついたことをそのまま実行しようとしていたかもしれない。


 だが、今回は違う。


 まず試して、問題があれば直す。


 使う人の意見を聞き、最後まで確かめる。


 国王陛下のお言葉が、少しずつ身についているようだ。


「ねえ、トルーキン!」


「はい」


「これって、ほかのお仕事でもできるんじゃない?」


「……と、おっしゃいますと?」


「ほら! 今まで大変だったお仕事を、道具で楽にするの!」


 僕は殿下を見た。


「洗濯だけじゃなくて、ほかにもいっぱいあると思うんだ!」


 ……ふむ。


 確かに、そうかもしれない。


 この世界には、前世では機械が担っていた作業を、人の手で行っている仕事が数多くある。


 それらを少しずつ改善できれば、人々の暮らしは大きく変わるだろう。


 もっとも、何でも簡単に作れるわけではない。


 材料も、技術も、費用も必要になる。


 それに、新しい道具が広まれば、これまでの仕事のやり方が変わることもあるだろう。


 そうしたことも、いずれは考えなければならない。


「……殿下」


「なーに?」


「もしかすると、これは大変面白いことになるかもしれません」


「えっ!?」


 殿下の目が輝いた。


「でしょ! でしょ!」


「はい。ただし、まずはこの洗濯機をきちんと完成させることが先でございます」


「わかってるよ!」


 殿下は胸を張った。


「最後までちゃんとやる!」


 ……。


 どうやら、少しは成長しているらしい。


 ◇


「ところで、殿下」


「なーに?」


「本日の授業についてですが」


「えっ?」


「まだ終わっておりません」


「……あっ!」


 殿下の動きが止まった。


「そ、そうだったね!」


「ええ。昨日から持ち越している鉱山の授業もございますので」


「でも、今日は洗濯機を作ったよ!」


「それとこれとは別でございます」


「ええーっ!」


 殿下が頬を膨らませた。


「トルーキンのけちーっ!」


「けちではございません。私は殿下の教育も任されておりますので」


「むうっ!」


 僕は教材を開いた。


「では、本日は鉱山で採掘される金属について――」


「あっ!」


 殿下が突然、声を上げた。


「トルーキン!」


「……何でしょうか」


「鉱山で働く人たちって、服がすっごく汚れそうだよね!」


「……そうでございましょうね」


「じゃあ、鉱山にも洗濯機があったら便利だよね!」


 ……。


 確かに、鉱山で働く人々の衣服は汚れやすいだろう。


 洗濯機の需要もあるかもしれない。


 しかし。


「……殿下」


「なーに?」


「お願いですから、まずは鉱山そのものについて勉強していただけませんか」


「きゃははっ!」


 殿下は楽しそうに笑った。


 ……まったく。


 この方の執事をしている限り、平穏な日々は訪れそうにない。


 だが、不思議と嫌な気分ではなかった。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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