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平民出身の転生執事、最強王女を育成する  作者: アカメノコバチ


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第4話① 国王陛下に叱られます

 王女殿下の執事になって、数日が経った。


 僕の生活は、想像していたものとはずいぶん違っている。


 王族に仕え、実績を積み、出世する。


 そして、いずれは大きな屋敷を手に入れ、優雅な生活を送る。


 そのはずだった。


「ねえ、トルーキン!」


「はい、殿下」


「今日は鉱山のお勉強だよね!」


「ええ。その予定でございます」


「じゃあ、今日は鉱山に行くの!?」


「行きません」


「ええーっ!」


 エクレシア殿下が頬を膨らませた。


「この前は製粉所に行ったじゃない!」


「あれは特別でございます。そもそも、鉱山は王都から簡単に行ける場所ではございません」


「そっかぁ……」


 殿下は残念そうに椅子へ座った。


 先日の製粉所での一件以来、殿下は以前よりも勉強に興味を持つようになった。


 それ自体は喜ばしい。


 ただし、教科書を読むよりも、実際の現場へ行きたがるのが困りものだ。


「では、本日は鉱山で採掘される資源について――」


 コンコン。


 扉が叩かれた。


「失礼いたします」


 現れたのは執事長だった。


「エクレシア殿下。国王陛下がお呼びでございます」


「えっ!?」


 殿下が勢いよく立ち上がった。


「お父様が!?」


「はい。トルーキン、おまえも同行するように」


「……私も、でございますか?」


「うむ」


 嫌な予感がする。


「やったぁ!」


 殿下は大喜びだった。


「トルーキン! お父様に会えるよ!」


「……左様でございますね」


 国王陛下は公務でお忙しく、最近は娘とゆっくり話す時間も取れなかったらしい。


 それは理解できる。


 だが、なぜ僕まで呼び出されるのだろう。


 思い当たることなら、いくつもある。


 救護院では、伯爵家出身の監督官の不正を告発した。


 騎士団の訓練場では、団長の指揮を批判した挙げ句、その団長を殿下が殴り飛ばした。


 さらには王都西方の製粉所へ赴き、修理作業にまで参加している。


 ……まずいな。


 配属されてから、まだ数日しか経っていない。


 僕の出世街道が、早くも行き止まりを迎えようとしているのでは?


「殿下。恐らく、本日はお叱りを受けるのではないでしょうか」


「えっ!? どうして?」


「……心当たりはございませんか?」


「うーん……」


 殿下は真剣に考え始めた。


 そして、ぱっと顔を上げる。


「あっ!」


「何か思い出されましたか?」


「この前、お父様にいただいたお菓子、全部食べちゃった!」


「……」


「レオンの分もあったのに!」


 ……そうですか。


 どうやら、僕と殿下では心配していることが違うらしい。


 ◇


 案内されたのは、王宮の小謁見室だった。


 奥には国王陛下が座り、その傍らに宰相が控えている。


 そして、もう一人。


 十歳を少し過ぎたくらいの少年が、国王の隣に立っていた。


 整った顔立ちに、きちんと整えられた金色の髪。


 紺色の礼服には、王家の紋章が刺繍されている。


 あの少年が、このアンカルジア王国の第一王子レオンハルトだ。


「エクレシア。こちらへ来なさい」


「はい、お父様!」


 殿下が元気よく返事をする。


 僕も一歩後ろで頭を下げた。


「トルーキン・レッドゲートでございます。お召しにより参上いたしました」


「うむ。顔を上げよ」


「はっ」


 国王は四十代半ばほどの威厳のある男性だ。


 その目がエクレシア殿下へ向けられる。


「エクレシア」


「はい!」


「今度は騎士団長を殴ったそうだな」


「はい、お父様!」


 ……殿下。


 そんなに元気よく答えることではございません。


「事情を説明してみよ」


「はい! 騎士団長が、トルーキンに剣を向けたんです!」


「それは報告を受けている」


「なので、止めました!」


 国王がため息をついた。


「救護院では官僚を殴り、今度は騎士団長か」


「ですが、お父様! どちらもひどいことをしていたんですよ!」


「わかっておる。救護院の不正については調査を進めている。騎士団長も職務から外し、処分を検討しておる」


 国王は娘をまっすぐ見た。


「だが、エクレシア。お前は救護院で、事情を確認する前に職員を殴ったな?」


「……はい」


「もし、その者が罪のない人間だったらどうするつもりだった?」


「……」


 殿下が黙る。


「お前は、人を一撃で死なせかねないほどの力を持っている」


「……はい」


「間違えて殴ってしまった相手が死んだとしたら、お前はどうする?」


「……謝ります」


「謝れば、生き返るのか?」


 殿下がうつむいた。


 国王は少し声を和らげた。


「人を助けたいという気持ちは立派だ。だが、正しいと思ったからといって、何をしてもよいわけではない」


「……申し訳ありません、お父様」


「もっとも、救護院の不正を見抜けず、騎士団の問題を放置していたのは我々にも責任がある」


「……お父様?」


「お前たちのおかげで問題が明らかになった。そこは感謝しておる」


 国王は静かに続けた。


「だが、お前は王女なのだ。お前の行動は、本人だけの問題では済まぬ」


「……はい」


「行動する前によく考えなさい。そして、何かを決めたなら、その結果にも責任を持たねばならん」


 殿下は深く頭を下げた。


「申し訳ありませんでした。これからは、もっとよく考えます!」


「うむ」


 国王が頷く。


 普段は自由奔放だが、殿下も父親の言葉は素直に聞くようだ。


 そのときだった。


「父上!」


 国王の隣にいた少年が声を上げた。


「姉上を、あまりお叱りにならないでください!」


「レオン?」


「姉上は、困っている人々を助けようとなさったのです。確かによくないところもあったかもしれませんが……」


 少年は少し緊張した様子で続けた。


「姉上がいらっしゃらなければ、助からなかった子供たちもいるのではありませんか?」


 ほう。


 姉をかばっているのか。


 国王は息子を見た。


「レオンハルト。姉を思う気持ちはわかる。だが、よい行いをしたからといって、間違いがなくなるわけではないぞ」


「……はい、父上」


 王子が素直に頷く。


 すると、エクレシア殿下が顔を上げた。


「レオン!ありがとう!」


「ね、姉上! 今は父上のお話の途中です!」


「えへへっ! ごめんごめん!」


 そう言いながら、殿下は弟の頭を撫でた。


「レオン、また背が伸びたんじゃない?」


「姉上! 頭を撫でないでください!」


「だって、かわいいんだもん!」


「僕はもう十一歳です!」


「知ってるよ!」


 殿下がにっこり笑う。


「私の大事な弟だもん!」


 少年の顔が赤くなった。


「……もう、姉上は!」


 意外だ。


 あのエクレシア殿下にも、こんな姉らしい一面があったとは。


「エクレシア」


 国王が咳払いした。


「話は終わっておらんぞ」


「あっ! 申し訳ありません、お父様!」


「まったく……」


 国王は深いため息をついた。


 ……陛下。


 お気持ちは、よくわかります。


 ◇


「ところで、そなたがトルーキンか」


 国王が僕へ視線を向けた。


「はい。トルーキン・レッドゲートでございます」


「救護院の不正を見つけたのも、騎士団の模擬戦で指揮を執ったのも、そなたであったな」


「はい。微力ながら、お力添えをさせていただきました」


「製粉所の修理にも関わったと聞いておる」


「現地の職人の方々のお力があってこそでございます」


「うむ。よく働いてくれているようだな」


「恐れ入ります」


 よし。


 今のところ、悪い流れではない。


 むしろ、国王陛下に実績を認識していただけるのは、出世の機会ではないか?


 そう考えていると、レオンハルト殿下がこちらを向いた。


「あなたがトルーキン・レッドゲートですね?」


「はい、王太子殿下」


「王立学院を首席で卒業された方だと伺っています」


 ……!


「ご存じでいらっしゃいましたか」


「はい。王宮の先生から伺いました。平民出身で首席を取られた方がいると、評判だったそうですね」


 ……ほう。


 さすが、次期国王候補。


 よくわかっている。


 まだ十一歳だというのに、実に人を見る目がある少年ではないか。


「大変光栄でございます」


 僕は頭を下げた。


 もっとも、内心では顔が緩みそうになるのを必死に抑えていた。


 王太子殿下が、僕の優秀さをご存じだったとは。


 将来、きっと立派な国王になられるだろう。


「ねえ、レオン!」


 エクレシア殿下が口を挟んだ。


「トルーキンって、そんなにすごいの?」


「もちろんです、姉上。王立学院で首席を取るのは、とても難しいことなんですよ」


「へえーっ!」


 殿下が僕を見た。


「トルーキン、そんなに頭よかったんだ!」


「……恐れ入ります」


 ……殿下。


 もう少し早く気づいていただきたかった。


「僕も、いつか首席を取れるくらい勉強したいと思っています」


 レオンハルト殿下が言った。


「素晴らしいお志でございます」


 僕は自然と声が弾んだ。


「王太子殿下であれば、きっとよい成績を収められることでしょう」


「ありがとうございます!」


 レオンハルト殿下が嬉しそうに笑った。


 礼儀正しい。


 向学心がある。


 そして何より、人を見る目がある。


 将来有望とは、まさにこのことだ。


「ねえ、トルーキン」


「はい、殿下」


「なんか、すっごく嬉しそうだね!」


「……そのようなことはございません」


「そう? 顔がニヤニヤしてるよ?」


 ……。


 どうやら、顔に出ていたらしい。


 レオンハルト殿下が小さく笑った。


「父上。トルーキン殿にも、いつか勉強を教えていただきたいです」


「そうか。では、機会を設けるとしよう」


「ありがとうございます!」


 国王が僕を見た。


「トルーキン。その折には頼むぞ」


「喜んでお引き受けいたします!」


 王太子殿下の教育にも関われるなら、出世の機会が増える。


 これは悪くない。


「ええーっ!」


 ところが、エクレシア殿下が声を上げた。


「トルーキンは私の執事ですよ!」


「姉上。少し勉強を教えていただくだけです」


「むうっ!」


 殿下が頬を膨らませる。


「じゃあ、私も一緒にお勉強します!」


 ……。


 それなら、普段の授業ももう少し真面目に受けていただきたい。


「そうだ、姉上」


 レオンハルト殿下が思い出したように言った。


「母上から、姉上にお菓子を預かっています」


「えっ!? 本当!?」


「はい。姉上がお好きな焼き菓子だそうです」


「やったぁ!」


 殿下が満面の笑みを浮かべる。


「王妃様に、ありがとうございますって伝えてね!」


「はい!」


「レオンも一緒に食べようね!」


「……姉上。今度は僕の分まで食べないでくださいね」


「えっ!?」


 殿下の動きが止まった。


「……知ってたの?」


「もちろんです」


 レオンハルト殿下が笑った。


「でも、姉上がおいしそうに食べてくださったなら、僕は構いません」


「レオン!」


 殿下が弟を抱きしめた。


「大好き!」


「ね、姉上! 苦しいです!」


 どうやら、この姉弟は本当に仲がよいらしい。


 ◇


 そのときだった。


 扉の外から、慌ただしい足音が聞こえてきた。


「陛下! 国境から急報でございます!」


 衛兵の声だ。


 国王の表情が引き締まる。


「入れ」


 扉が開き、軍務担当官が足早に入ってきた。


 男は国王の前で片膝をつく。


「ルーフェン帝国との国境で、両国の警備隊が衝突いたしました!」


 室内の空気が変わった。


「被害は?」


「現在確認できている限り、我が国の警備兵に負傷者が三名。帝国側の被害は不明でございます」


「死者は?」


「今のところ、報告されておりません」


「状況を説明せよ」


「はっ!」


 担当官の説明によると、衝突が起きたのはルーフェン帝国との国境を流れる川の近くだった。


 その川には、少々厄介な事情がある。


 四十年ほど前、アンカルジア王国とルーフェン帝国は、川を国境とする条約を結んだ。


 ところが、その十年ほど後、大規模な洪水によって川の流れが変わってしまった。


 アンカルジア王国は、条約締結時の川の流れを国境と主張している。


 一方、ルーフェン帝国は、現在の川の流れを国境だと主張していた。


 条約には、洪水によって川筋が変わった場合の取り扱いが明記されていない。


 さらに、その付近には両国を結ぶ重要な交易路がある。


 今回、帝国側がその交易路に新たな検問所を設け、通行する商人から税を徴収しようとした。


 アンカルジア側の警備隊が抗議したところ、双方の兵士が衝突したという。


「また、あの場所か……」


 国王が低い声でつぶやいた。


「以前から問題になっていたのでございますか?」


 レオンハルトが尋ねると、宰相が頷いた。


「ええ。あの地域では、以前から小さな争いが起きています」


 単なる偶発的な衝突というわけではない。


「帝国が意図的に挑発してきたのか?」


 国王が尋ねる。


「現時点では判断できません。ただ、検問所の設置は、現地の警備隊だけで決められることではないかと」


「……ふむ」


 国王は少し考えると、軍務担当官へ指示を出した。


「現地から詳しい報告を求めよ。検問所の設置が帝国政府の命令によるものなのかも確認するのだ」


「はっ!」


「周辺部隊には警戒を命じる。ただし、独断による追撃は禁止する。増援については軍議で判断する」


「承知いたしました!」


「宰相。帝国側にも正式に抗議し、事実関係の説明を求めよ」


「かしこまりました」


 軍務担当官が急いで退室した。


 国王は息をつき、宰相へ目を向ける。


「軍議の準備を進めよ」


「承知いたしました」


 続いて、地図を机の上に広げさせた。


「レオンハルト」


「はい、父上!」


「少し時間がある。お前なら、この問題をどう考える?」


「……はい!」


 国王はエクレシア殿下にも目を向けた。


「エクレシア。お前もよく聞いておきなさい」


「はい、お父様!」


「トルーキン。そなたも残れ」


「承知いたしました」


 どうやら、正式な軍議の前に、王族の勉強の時間が設けられるらしい。


 これは貴重な経験だ。


 ただし、できればもう少し平和な内容であってほしかった。


 ◇


「レオンハルト。先ほどの報告を聞いて、何を考えた?」


 国王が息子に尋ねた。


 レオンハルト殿下は地図を見つめる。


 しばらく考えてから、口を開いた。


「まず、今回の衝突が帝国の命令によるものなのか、確認する必要があると思います」


「なぜだ?」


「現地の警備隊が勝手に行動したのであれば、帝国の上層部も争いを望んでいないかもしれません」


「うむ」


「それなのに、こちらが大勢の兵士を送ったら、戦争になるかもしれません」


 十一歳にしては、なかなかよく考えている。


「では、何もせずに見過ごすのか?」


「いえ、それも危険です」


 レオンハルト殿下は首を横に振った。


「もし帝国が意図的に検問所を設けたのなら、何もしないことで、さらに進出してくるかもしれません」


「では、どうする?」


「国境の警備を強くする必要があると思います。でも、増援を送る前に、詳しい状況を知りたいです」


 国王が頷いた。


「よく考えたな」


「ありがとうございます、父上!」


「だが、もう一つ考えるべきことがある」


「……何でしょうか?」


「金だ」


「……お金、ですか?」


「うむ。国境に兵を増やせば、それだけ費用がかかる。兵士の食料も、武具も、輸送も必要になる」


 レオンハルト殿下が真剣に頷く。


「はい」


「国庫の金には限りがある。国境の警備に金を使えば、別のことに使える金は減る」


「……」


「国を守るための判断であっても、必ず何かに影響するのだ」


 レオンハルト殿下は深く頭を下げた。


「勉強になりました、父上」


「うむ。よく覚えておきなさい」


「すごーい!」


 エクレシア殿下が拍手した。


「レオン、格好いい!」


「姉上!まだ勉強中ですから!」


「でも、すごいよ!」


 姉弟そろって、実に素直だ。


 レオンハルト殿下は、政治や外交についてよく学んでいるらしい。


 将来の国王として、申し分のない教育を受けているようだ。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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