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【10/22連載開始】王女殿下、まずは拳をお下げください ~平民出身の転生執事、最強王女を育成する~  作者: アカメノコバチ


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第11話② 火事は殴っても消えません

 翌朝。


「トルーキン! 早く行こう!」


 部屋に入るなり、エクレシア殿下が僕の腕を引っ張った。


「殿下。まだ出発の時間ではございません」


「ええーっ!でも、昨日のおじさんが心配なんだもん!」


 昨日、王都の商業地区で発生した火災。


 見習いの少年は救出できたものの、金属加工の工房はほとんど焼け落ちてしまった。


 殿下はそのことが気になっているらしい。


「お気持ちはわかりますが、まずは朝食をお済ませください」


「もう食べたよ!」


「……そうでございますか」


「うん!だから行こう!」


 ……。


 どうやら、今日はずいぶん早起きされたようだ。


 普段の授業でも、これくらい積極的であればありがたいのだが。


「承知いたしました。では、準備が整い次第、出発いたしましょう」


「やったぁぁ!」


 殿下が嬉しそうに跳び跳ねる。


 ……さて。


 昨日は火事の原因を調べると約束した。


 それに、工房の主人が今後どうするのかも気になる。


 まずは現場を確認しよう。


 ◇


 商業地区へ到着すると、昨日の火災現場には、まだ焦げた木材の臭いが残っていた。


 工房のあった場所は、黒く焼けた柱と瓦礫ばかりになっている。


 周囲には立ち入りを防ぐための縄が張られ、衛兵が見張っていた。


「……あ」


 殿下が足を止めた。


 昨日は炎と煙でよく見えなかった焼け跡を、じっと見つめている。


「本当に、なくなっちゃったんだね……」


「……はい」


 そのとき、縄の向こうから声がした。


「おおっ! 昨日のお嬢ちゃんたちじゃねえか!」


 工房の主人だった。


 片腕には包帯が巻かれている。


 その隣には、見習いの少年もいた。


「おじさん!」


 殿下が駆け寄る。


「怪我、大丈夫!?」


「ああ、このくらい平気だ。それより昨日は助かったよ。おかげで、こいつも無事だった」


 主人が少年の頭を撫でた。


「……ありがとうございました」


 少年が深く頭を下げる。


「うん!無事でよかったぁ!」


 殿下が満面の笑みを浮かべた。


 しかし、すぐに焼け跡へ目を向ける。


「……でも、お店なくなっちゃったね」


「ああ……」


 主人が寂しそうに笑った。


「親父から受け継いだ工房だったんだ。道具も材料も、ほとんど駄目になっちまった」


「……これからどうするの?」


「さあな。仕事場がなきゃ、金も稼げねえからな」


 殿下が考え込む。


 そして、ぱっと顔を上げた。


「じゃあ、私がお金を出してあげる!」


「……え?」


 主人が目を丸くした。


 ……殿下。


 そのお気持ちは素晴らしいのですが。


「お嬢様。少々よろしいでしょうか」


「なに?」


「まずは、何が必要なのか確かめましょう」


「えっ?お金じゃ駄目なの?」


「お金も必要でしょう。ですが、仕事を再開するには場所や道具、材料も必要でございます」


「……そっか!」


 殿下がうなずいた。


 僕は主人へ向き直る。


「ほかの工房で、しばらく働くことはできませんか?」


「ああ、職人仲間が声をかけてくれてな。道具も少し貸してくれるらしい」


「それは何よりでございます」


「ただ、新しい工房を建てる金となると……」


 主人がため息をつく。


 ……なるほど。


 当面の仕事は確保できそうだが、元の生活に戻るには時間がかかるらしい。


「商人組合には相談なさいましたか?」


「いや、まだだ」


「では、組合に支援の仕組みがないか確認してみましょう。必要であれば、王都の担当部署にもお取り次ぎいたします」


「ほ、本当か!?」


「お力になれるかはわかりませんが、相談する価値はあるかと」


 主人が深く頭を下げた。


「ありがとう……!」


「よかったね、おじさん!」


 殿下が嬉しそうに笑う。


 ……まったく。


 この方は、人が喜ぶと本当に嬉しそうだ。


 ◇


「それで、昨日の火事は何が原因だったのでしょうか?」


 僕が尋ねると、主人の表情が曇った。


「……炉の近くだと思う」


「炉、でございますか?」


「ああ。昨日は注文が多くてな。材料や梱包用の布を、いつもとは違う場所に積んでたんだ」


「それは、炉の近くでしょうか?」


「……ああ」


 主人がうつむいた。


「普段なら、そんなところには置かねえ。だが、仕事が忙しくて、つい……」


 火の粉が燃えやすいものに移った可能性があるな。


 ただ、建物は焼け落ちている。


 実際の出火原因を断定することは難しいだろう。


「炉の近くに燃えやすいものを置いていたのですね」


「ああ……」


 主人が小さくうなずく。


「俺の不注意だったのかもしれねえ」


「……おじさん」


 殿下が心配そうに見つめる。


 主人は苦笑した。


「職人が火を怖がってちゃ仕事にならねえ。だが、慣れすぎるのもよくねえな」


 ……そのとおりだ。


 前世でも、火災の原因には不注意や設備の不備が多かった。


 便利な道具である火も、扱いを間違えれば大きな被害を生む。


「ねえ、トルーキン!」


「はい」


「じゃあ、ほかのお店にも教えてあげようよ!」


「……何を、でございますか?」


「火の近くに、燃えるものを置いちゃ駄目だって!」


 ……ほう。


「そうすれば、ほかのお店は燃えなくて済むかもしれないでしょ?」


「……ええ。そのとおりでございます」


 僕は殿下を見た。


 誰かを責めるのではなく、同じことが起きないように考えている。


 これは、よい変化と言えるだろう。


「では、昨日の消火活動についても調べてみましょう」


「うん!」


 ◇


 その後、僕たちは昨日の火災で指揮を執っていた衛兵を訪ねた。


「おお、昨日のお二人か!」


 衛兵の責任者は、僕たちを見ると笑顔を見せた。


 どうやら殿下と僕の正体に気が付いてないらしい。


「昨日は助かった。あんたの提案がなければ、水を運ぶだけでも大混乱だっただろう」


「いえ。皆様が協力してくださったおかげでございます」


「それにしても、お嬢ちゃんの力はすごかったな!」


「えへへっ!」


 殿下が得意げに胸を張る。


「私、力持ちなんだよ!」


「ああ、よくわかった!」


 ……できれば、その程度の認識で済ませていただきたい。


「ところで、昨日の消火活動について、いくつか確認させてください」


「何だ?」


「火事が起きた際、住民への連絡はどのようになさっているのでしょうか?」


「連絡?」


「はい。昨日は、近くにいた人々が叫んで知らせておりましたが」


「ああ。基本的にはそうだな。大きな火事なら衛兵が鐘を鳴らすこともあるが」


「では、鐘の合図は地区ごとに決まっているのですか?」


「いや、そこまでは決まっていないな」


 ……なるほど。


「消火用の桶や水は、どこに保管されているのでしょうか?」


「基本は井戸と、各店が持っている桶だ」


「専用の備品は?」


「ほとんどないな。火事なんて、そう頻繁に起こるものでもないし」


 僕は昨日の状況を思い出す。


 《算神》を発動。


 井戸までの距離。


 水を運んだ人数。


 桶の容量。


 人々が移動する速度。


 そして、火が周囲へ広がり始めるまでの時間。


 頭の中で数字が並んでいく。


 昨日の問題は、水が足りなかったことだけではない。


 火事を知らせるまでの時間。


 人々が集まるまでの時間。


 桶を準備する時間。


 さらに、誰が何をするのか決まっていなかったこと。


 すべてが重なって、消火活動を遅らせていた。


「衛兵殿。一つ、ご提案がございます」


「何だ?」


「火事が起きたときの合図を決めてはいかがでしょうか」


「合図?」


「はい。例えば、一定の鐘の鳴らし方を火災の知らせとするのです」


「なるほど……」


「さらに、消火用の桶を決まった場所に置き、井戸から水を運ぶ役割を事前に決めておけば、初動を早くできるかと存じます」


「……確かに」


 衛兵が腕を組む。


「だが、そんな決まりを作ったところで、住民たちが動けるかどうか……」


「おっしゃるとおりでございます」


 仕組みを作っただけでは、機能するとは限らない。


 実際に人々が動けなければ、意味がないのだから。


「ねえ、トルーキン!」


「はい」


「もっと簡単に水を運べる道具って、作れないの?」


 殿下が尋ねた。


「……水を運ぶ道具、でございますか」


「うん! 昨日みたいに、みんなで桶を持って走るの、大変だったもん!」


 確かに、水の運搬効率を改善する方法はある。


 前世の歴史では、手押し式の消防ポンプが使われていた。


 人の力で水をくみ上げ、管を通して送り出す仕組みだ。


 ただし、この世界で簡単に作れるとは限らない。


「殿下。作れる可能性はございますが、職人の協力が必要でございます」


「ほんと!?」


「はい。ただし、すぐに完成するものではございません」


「ええーっ!」


 殿下が頬を膨らませた。


 ……まったく。


 新しい道具というものは、思いついた翌日に完成するわけではないのだが。


 ◇


 僕たちは、商業地区にある木工職人と鍛冶職人のもとを訪ねた。


「水を、押し出す道具?」


 鍛冶職人が首をかしげた。


「はい。筒の中で部品を往復させ、水を一定方向へ送り出す仕組みです」


 僕は紙に簡単な図を描いた。


 筒の中を動くピストン。


 水の逆流を防ぐ弁。


 そして、水を送り出すための管。


 前世の知識を頼りに、基本的な構造を説明する。


「へえ……」


 木工職人が図を覗き込んだ。


「なるほど。これなら水をくみ上げられるかもしれねえな」


「ただ、問題はあるぞ」


 鍛冶職人が言った。


「この筒と中の部品の隙間から、水が漏れるんじゃねえか?」


「はい。そこが難しいところでございます」


「それに、弁をきちんと作らねえと、水が逆流するだろ」


「おっしゃるとおりです」


 ……さすが職人だ。


 僕が考えていた問題点を、すぐに指摘してくる。


「では、まず小型の試作品を作ってみるのはいかがでしょうか?」


「小さいものなら、何とかなるかもしれねえな」


「水を少し持ち上げられる程度でも、仕組みを確かめることはできますので」


 僕は《算神》で、筒の大きさや、てこの長さによって必要な力がどう変わるかを計算する。


 しかし、計算ができることと、実際に作れることは別だ。


 加工の精度や材料の選択は、職人たちの経験が必要になる。


「面白そうじゃねえか!」


 鍛冶職人が笑った。


「まずは試してみるよ!」


「ありがとうございます」


「ねえ、トルーキン!」


「はい」


「私も作る!」


「殿下には、完成した試作品を壊さないようお願いしたいのですが」


「ええーっ!」


 ……。


 どうやら、消防ポンプの開発には別の危険もありそうだ。


 ◇


 職人たちとの話し合いを終え、僕たちは商業地区を歩いていた。


「ねえ、トルーキン」


「はい」


「そのポンプって、いつできるの?」


「まだわかりません。試作品の製作にも時間がかかるでしょう」


「ええーっ!」


「仕方がございません。新しい道具を作るのですから」


「でもさ!」


「はい」


「その間に火事が起きたら、どうするの?」


 ……。


 確かに。


 その可能性は十分にある。


「現在ある道具で対応することになりますね」


「じゃあさ!」


 殿下が腕を組んだ。


 そして、しばらく考える。


「みんなで練習したらいいんじゃない!?」


「……練習、でございますか?」


「うん!」


 殿下が大きくうなずいた。


「昨日、みんなバラバラに水を運んでたでしょ?」


「はい」


「でも、トルーキンが並んでって言ったら、早くなったよね!」


「そうでございますね」


「だったら、最初から誰が何をするか決めておけばいいんだよ!」


 ……。


 確かに、そのとおりだ。


「殿下。それは大変よいお考えでございます」


「ほんと!?」


「はい。火災が起きる前から役割を決め、訓練しておけば、より早く対応できるでしょう」


「やったぁ!」


 殿下が嬉しそうに跳び跳ねる。


 ……ほう。


 人々が協力する方法を、自分から考え始めている。


 しかも、僕が教えたわけではない。


 昨日の経験から、自分自身で思いついたのだ。


 ……これは、素直に評価すべきだろう。


「では、衛兵の方々と相談してみましょう」


「うん!」


 ◇


 数日後。


 商業地区の広場には、大勢の人々が集まっていた。


 衛兵の責任者と商人組合の協力を得て、小規模な消防訓練を行うことになったのだ。


 実際に火は使わず、仮の火元を決めて、水を運ぶ練習をする。


「よし! 始めるぞ!」


 衛兵の合図とともに、人々が動き始めた。


「火事だぁぁ!」


「水を持ってこい!」


「こっちだ!」


 ……。


 ところが、人々が一斉に井戸へ向かい通路に集まってしまった。


「おい!押すな!」


「水をくませろ!」


「こっちも通してくれ!」


 ……まずい。


 これでは、昨日と変わらない。


「いったん中止してください!」


 僕は衛兵へ声をかけた。


「通路が混雑しております!」


「そうだな!」


 衛兵が訓練を止める。


 人々が顔を見合わせた。


「やっぱり難しいな……」


「誰がどこへ行けばいいのかわからねえ」


 ……なるほど。


 役割を決めただけでは不十分だったか。


「ねえ、トルーキン!」


「はい」


「これって、逃げる人も同じ道を通るんだよね?」


「……はい?」


 殿下が通路を指さした。


「水を運ぶ人がいっぱいだったら、逃げる人が通れなくなっちゃうよ!」


 ……。


 確かに。


 消火することばかり考えて、避難する人の動線が十分に考慮されていなかった。


「殿下……」


「なに?」


「おっしゃるとおりでございます」


「ほんと!?」


「はい。大変重要なことです」


 僕は衛兵へ向き直った。


「水の運搬経路と、避難する人々の通路を分けましょう」


「なるほど!それなら混乱も減りそうだ!」


 衛兵はすぐに配置を見直した。


 水を運ぶ人。


 空の桶を戻す人。


 避難を誘導する人。


 さらに、井戸の周囲が混雑しないよう、人数も調整する。


 そして、再び訓練を始めた。


「火事だぁぁ!」


「避難する人はこちらへ!」


「水桶は順番に回せ!」


 先ほどよりも、人々の動きが滑らかになった。


 完璧ではない。


 だが、明らかに改善している。


「おおっ!今度はぶつからねえぞ!」


「これなら早く動けそうだ!」


 ……よし。


 訓練は成功と言ってよさそうだ。


「やったぁ!」


 殿下が嬉しそうに跳び跳ねる。


 ◇


 訓練を終えたころ。


「おお、やってるな」


 聞き覚えのある声がした。


 振り向くと、先日の火災で工房を失った主人が立っていた。


 隣には、見習いの少年もいる。


「おじさん!」


 殿下が駆け寄る。


「来てくれたんだ!」


「ああ。商人仲間から聞いてな」


 主人が広場を見回す。


「ずいぶん本格的にやってるじゃねえか」


「うん!みんなで火事の練習したんだよ!」


「そうか……」


 主人はしばらく黙っていた。


 そして、小さく呟く。


「昨日、これがあればな……」


 殿下の笑顔が少し曇った。


「……おじさん」


「いや、違うか」


 主人が首を振る。


「昨日のことは、もう戻せねえ」


 彼は、訓練している人々を見つめた。


「でも、次に火事が起きたとき、誰かの工房を守れるかもしれねえな」


「……うん!」


 殿下が大きくうなずいた。


 見習いの少年も、笑顔を見せる。


「僕も、これからは火の扱いに気をつけます!」


「ああ。俺もだ」


 主人が少年の頭を撫でた。


「それに、職人仲間が道具を貸してくれることになってな。当分は別の工房で働けそうだ」


「ほんと!?」


「ああ。まだ元どおりとはいかねえが、何とかやっていけそうだよ」


「よかったぁ!」


 殿下が自分のことのように喜んでいる。


 ……なるほど。


 工房の再建には時間がかかるだろう。


 だが、少しずつ前へ進んでいるようだ。


 ◇


 訓練が終わり、人々が片づけを始めた。


 衛兵たちは今日の問題点について話し合い、商人たちも次の訓練に向けた準備を相談している。


 どうやら、この地区では今後も定期的に訓練を行うことになりそうだ。


「ねえ、トルーキン」


「はい」


「これなら、私がいなくても火事を消せるようになるかな?」


「火の大きさにもよりますが、少なくとも被害を減らせる可能性は高まるでしょう」


「そっか!」


 殿下が満面の笑みを浮かべる。


「じゃあ、それがいい!」


「……と申しますと?」


「だって、私がいないときにも、みんなが助かった方がいいもん!」


 ……。


 僕は、殿下を見た。


 この方は、まだ十三歳だ。


 政治も外交も、知らないことは多い。


 だが、目の前の人を助けるだけでなく、自分がいなくても人々が安全に暮らせる方法を考え始めている。


 ……もしかすると。


 この方は、僕が思っている以上に、王として大切なものを持っているのかもしれない。


「殿下」


「なに?」


「大変よいお考えでございます」


「えへへっ!」


 殿下が嬉しそうに笑った。


 ……さて。


 消防訓練は、ひとまず成功した。


 だが、これで終わりではない。


 手押し式消防ポンプの試作。


 鐘による火災警報。


 水桶の常備。


 そして、今後の訓練の継続。


 課題は山ほどある。


「ねえ、トルーキン!」


「はい」


「新しいポンプ、いつできるの!?」


「まだ試作品の検討段階でございます」


「ええーっ! 早く使いたい!」


「お待ちください」


「私、すっごく強く押せるよ!」


「それが心配なのでございます!」


「ええーっ!」


 殿下が頬を膨らませる。


 新しい消防ポンプが完成した暁には、別の対策も必要になるかもしれない。


 消防設備を、殿下から守るための対策が。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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