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【10/22連載開始】王女殿下、まずは拳をお下げください ~平民出身の転生執事、最強王女を育成する~  作者: アカメノコバチ


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第2話① 騎士様を泣かせないでください

 王女殿下の執事になって二日目。


 僕には、ささやかな願いがある。


 今日は何事もなく一日を終えたい。


 昨日は子供の人身売買に関わっていた悪徳官僚を告発し、その男を殿下が殴り飛ばした。


 おかげで報告書の作成に追われ、寝不足である。


 高給取りの執事になって、いずれは出世して大きな屋敷に住む。


 そんな僕の計画は、初日から大きく狂っていた。


「ねえねえ! トルーキン!」


「はい、殿下」


「あっち! すっごく楽しそう!」


 ……嫌な予感がする。


 朝食を終え、僕たちは王宮の庭園を散歩していた。


 殿下が指さした先から、剣を打ち合わせる音と男たちの掛け声が聞こえてくる。


 王宮騎士団の訓練場だ。


「うわあっ! 騎士団の訓練だ!」


 殿下の青い瞳が輝いた。


「私もやりたーい!」


「殿下。見学だけになさってください」


「えーっ! どうして?」


「騎士団が壊滅しかねませんので」


「そんなことないよ!」


 昨日、石柱を一撃で粉砕した少女の言葉である。


「とにかく、勝手に参加してはいけません」


「しょうがないなー」


 殿下は元気よく返事をすると、訓練場へ駆け出した。


 ……聞いていない。


 僕は急いで後を追った。


 ◇


 訓練場では、数十人の騎士たちが汗を流していた。


 剣術、走り込み、障害物訓練。


 さすが王宮騎士団。誰もがよく鍛えられている。


「おおーっ!」


 殿下が目を輝かせた。


「ねえねえ! 私も混ぜて!」


 近くの騎士たちが振り返る。


 そして、一斉に顔色を変えた。


「で、殿下!?」


「エクレシア殿下ではありませんか!」


「おい! 誰か訓練責任者を呼んでこい!」


 騎士たちが慌て始めた。


 ……どうやら、こちらでも有名らしい。


 ところが、一人だけ事情を知らない青年がいた。


「おいおい、お嬢ちゃん」


 二十歳前後の若い騎士だ。


 真新しい鎧を身につけ、どこか得意げな顔をしている。


「ここは騎士の訓練場だぞ。お嬢ちゃんにはついてこられないよ」


「えっ! じゃあ、一緒にやってくれるの!?」


「いや、そうじゃなくて……」


「おい! 馬鹿! やめろ!」


 隣の騎士が血相を変えた。


「お前、誰に向かって口を利いてるんだ!」


「え?」


「エクレシア王女殿下だぞ!」


 青年の顔が強張った。


「お、王女殿下!?」


「そうだ! お前、《アンカルジアの悪夢》を知らないのか!?」


「……悪夢?」


「去年の公開訓練で盾を十二枚壊し、模擬戦に参加した騎士を全員倒したお方だ!」


「じゅ、十二枚!?」


「きゃははっ!」


 殿下が嬉しそうに笑った。


「みんな、覚えてくれてるんだ!」


 ……殿下。


 普通、悪夢という異名をつけられて喜ぶ王女はいません。


「も、申し訳ございません!」


 青年が慌てて片膝をつく。


「先週、地方から配属されたばかりでして!」


「いいよ、いいよ!」


 殿下はまったく気にしていなかった。


「ねえ、あなた名前は?」


「クリストフ・ルメルと申します! ルメル子爵家の三男です!」


「クリストフね! よろしく!」


「は、はい!」


「じゃあ、一緒に訓練しよ!」


「えっ!?」


 クリストフが助けを求めるように周囲を見た。


 先輩騎士たちは、そろって目をそらした。


 ……気持ちはわかる。


「殿下」


「なに?」


「騎士団の訓練を邪魔してはいけません」


「じゃあ、ちゃんとお願いすればいいんでしょ?」


 殿下は近くの年配の騎士へ駆け寄った。


「ねえ! 私も参加していい?」


「は、はあ……」


「お願い!」


 殿下が両手を合わせる。


 年配の騎士は困り果てた顔で僕を見た。


 ……僕を見られても困る。


「安全を確保できる範囲で、少しだけお願いいたします」


 仕方なく僕が言うと、周囲の騎士たちが一斉にため息をついた。


「やったぁぁ!」


 殿下が跳び上がる。


「最初は何するの!?」


 ◇


 最初は走り込みだった。


 訓練場の外周を五周する。


「位置について!」


 騎士たちが一斉に走り出した。


 殿下も楽しそうに駆けていく。


 そして、あっという間に先頭へ出た。


「きゃははっ! おっそーい!」


「は、速っ!」


「おい! もう一周してきたぞ!?」


 殿下は五周を終えると、息一つ乱さず戻ってきた。


「ねえねえ! 次は!?」


「……少し休憩されては?」


「全然疲れてないよ!」


 続いて障害物訓練だ。


 木柵を乗り越え、丸太をくぐり、足場の悪い場所を走り抜ける。


「よーし! いっくよー!」


 殿下が勢いよく駆け出した。


 木柵へ飛びつく。


 バキッ!


「あっ!」


 木柵の横木が折れた。


 どうやら、力を入れすぎたらしい。


「……壊れちゃった」


「殿下」


「ご、ごめんなさい!」


 殿下は慌てて騎士たちに頭を下げた。


「私のお小遣いで直してもらうから!」


「……ありがとうございます」


 正直に謝れるのはよいことだ。


 だが、できれば最初から壊さないでいただきたい。


 最後は打撃訓練。


 騎士たちが使い古した木製人形を運んできた。


「殿下。こちらは壊していただいて構いません」


「ほんと!?」


「はい。打撃の威力を測るためのものですので」


「やったぁ!」


 殿下が拳を握る。


「とうっ!」


 ドゴォン!


 人形が粉々になった。


 木片が空を舞う。


「きゃははっ! やったぁ!」


 騎士たちは呆然としていた。


「……見たか?」


「ああ……」


「あれが《拳神》……」


 僕は散らばった木片を見た。


 木柵の修繕費。人形の交換費用。


 《算神》が勝手に数字を並べ始める。


 ……やめてくれ。


 金額を知ったところで、僕の給料が増えるわけではない。


「トルーキン! どうだった!?」


「お見事でございます」


「えへへっ!」


「ただし、そろそろお戻りください」


「ええーっ! まだ遊びたい!」


 そのときだった。


「何を休んでいる!」


 訓練場の奥から、怒鳴り声が響いた。


 ◇


 一人の若い騎士が、地面に膝をついていた。


 鎧は汗と泥にまみれ、顔色も悪い。


 その前には、大柄な中年の男が立っていた。


「立て! カイ!」


「だ、団長……申し訳ございません……」


「戦場で疲れたなどと言って、敵が待ってくれると思うか!」


 男が若い騎士を蹴りつけた。


「ぐっ!」


 カイと呼ばれた騎士が倒れた。


 周囲の騎士たちは、誰も動かない。


「さっさと立て!」


「は、はい……!」


 カイが立ち上がろうとする。


 しかし、右足を地面についた瞬間、顔をしかめた。


 ……足を痛めているな。


「もう十周だ!」


「ですが、足が……」


「言い訳をするな!」


 男が再び足を上げた。


「ちょっと!」


 殿下が大声を出した。


「なにしてるの!?」


 男が振り向く。


 そして、表情を一変させた。


「これはエクレシア殿下!」


 先ほどまで怒鳴っていた男が、丁寧に頭を下げる。


「訓練場へお越しとは。楽しんでおられますかな?」


「うん! 楽しかった!」


「それは何よりでございます」


「でもさ!」


 殿下がカイを指さした。


「あの人、怪我してるよ!」


「ご心配には及びません。騎士には厳しい訓練が必要ですので」


「でも、痛そうだよ!」


「これも本人のためです」


「そうなの?」


「はい。特に平民出身者には、厳しく指導せねばなりません」


 ……平民出身者?


 僕は改めて男を見た。


 胸元には騎士団長の徽章。


 ドルトン・グレイス。


 国境で数々の戦功を挙げた歴戦の騎士で、現在は王宮騎士団長を務めている。


 実力は申し分ない人物らしい。


 ただし、人柄については少々問題がありそうだ。


「団長殿」


「何だ?」


「王女殿下付きの執事、トルーキン・レッドゲートと申します」


「……執事が何の用だ?」


「先ほどの騎士は、足を負傷しているようですが」


「それがどうした!」


「訓練を続ければ、怪我が悪化する恐れがございます」


「貴様に何がわかる!」


 ドルトンが声を荒らげた。


「私は長年、戦場で剣を振るってきた! 平民の執事に指図される筋合いはない!」


 ……なるほど。


 自分の経験に絶対の自信があるらしい。


 だが、長年の経験があることと、すべての判断が正しいことは別だ。


「では、もう一つお尋ねしても?」


「何だ!」


「なぜ、平民出身の騎士だけが重い装備で走り込みをしているのでしょうか?」


 僕は訓練場の奥を指さした。


 平民出身と思われる騎士たちは、重い鎧を着たまま何度も走らされている。


 一方、貴族出身の騎士たちは軽装で木剣を振るっていた。


「平民どもは基礎ができておらん! だから鍛えてやっているのだ!」


「ですが、貴族出身の騎士も同じように戦場へ出るのでしょう?」


「当然だ!」


「……それでしたら、少々気になりますね」


「何?」


 僕は訓練場へ目を向けた。


 《算神》を発動。


 騎士たちの走行速度。


 装備の重量。


 疲労による動きの変化。


 そして、先ほどから行われていた集団訓練の隊形。


 数字が頭の中で組み上がっていく。


 ……おかしい。


 平民騎士たちの動きは、決して悪くない。


 むしろ、重装備でこれだけ動けるのなら、かなり優秀な者もいる。


 問題は、彼らに与えられている役割だ。


「団長殿。先ほどの集団訓練では、平民騎士ばかりを前衛に置いておられましたね」


「それがどうした!」


「前衛への負担が大きすぎます。もっと適切な配置があるのでは?」


 ドルトンの眉がつり上がった。


「貴様、私の指揮に口を出すのか?」


「改善の余地があると申し上げているだけです」


「平民風情が、騎士団の戦術を語るとはな!」


 ドルトンが鼻で笑った。


「ならば、貴様が指揮してみろ!」


 ……え?


「私の精鋭たちを相手にして、勝てるというのならやってみるがいい!」


 いや。


 そういうつもりで申し上げたのではないのだが。


「いいじゃん!」


 殿下が嬉しそうに手を叩いた。


「トルーキン! やってみなよ!」


「殿下。私は執事でございます」


「でも、頭いいんでしょ?」


「騎士団の指揮とは別問題です」


「えーっ! できないの?」


 ……。


 できないわけではない。


 むしろ、《算神》を使えば、勝つ方法はいくつか考えられる。


 だが、ここで騎士団長に恥をかかせて何の得がある?


 僕は出世したいのだ。


 王宮騎士団長を敵に回すなど、避けるべき事態である。


「どうした! 怖じ気づいたか!」


 ドルトンが笑う。


「平民は口だけは達者だからな!」


 ……面倒なことになった。


 そう考えていると、カイが再び立ち上がろうとした。


「ぐっ……」


 足が震えている。


 ……はぁ。


 どうして僕の周囲では、放っておけないことばかり起きるのだろう。


「団長殿」


「何だ?」


「よろしければ、一度だけ模擬戦を行わせてください」


「ははは! よかろう!」


「ただし、条件がございます」


「条件だと?」


「私の部隊が勝利した場合、あちらの騎士への追加訓練命令を撤回し、治療を受けさせてください」


「ふん! 勝てると思っているのか?」


「それから、訓練の配置についても見直しをご検討いただければ」


「いいだろう! その代わり、負けたら二度と騎士団に口を出すな!」


「承知いたしました」


 ……さて。


 引き受けてしまったからには、勝たなくてはならない。


 ◇


 模擬戦は、五人対五人の旗取り戦となった。


 互いの陣地に旗を一本ずつ立て、先に相手の旗を抜いた方が勝利する。


 木剣による攻撃は認められるが、危険な打撃は禁止だ。


 ドルトンは腕利きの騎士を五人選び、自ら作戦を指示した。


「四人で中央を突破しろ。残る一人は旗を守れ。相手は新人ばかりだ。すぐに終わらせろ!」


 ……なるほど。


 正面からの力押しか。


 確かに、個々の戦闘能力には大きな差がある。


 一方、僕が指揮するのは平民出身の騎士四人。


 そして――。


「えっ!? 私もですか!?」


 クリストフが目を丸くした。


「はい。お願いいたします」


「ですが、私は貴族出身ですよ?」


「存じております」


「なぜ私を?」


「足が速そうでしたので」


「……は?」


 もちろん、それだけではない。


 先ほどの走り込みで、クリストフは新人としてはかなりよい成績を出していた。


 瞬発力があり、動きも素直だ。


 経験は浅いが、指示どおり動いてくれるなら十分に戦力になる。


「私もやる!」


 殿下が元気よく手を挙げた。


「殿下は観戦してください」


「ええーっ! なんで!?」


「殿下が参加されたら、勝負になりません」


「ぶーっ!」


 殿下は頬を膨らませた。


「じゃあ、応援する!」


「ぜひお願いいたします」


「やったぁ! 頑張ってね、トルーキン!」


 ……声援だけで勝てるなら苦労はしない。


 僕は味方の五人を集めた。


「まず、皆さんの得意なことを教えてください」


 騎士たちは戸惑いながら答えた。


 走るのが得意な者。


 盾を使った防御が得意な者。


 木剣の扱いは苦手だが、持久力には自信がある者。


 そして、足の速いクリストフ。


 僕はそれぞれの動きを思い返した。


 ……十分だ。


「皆さん、勝てますよ」


「えっ?」


「相手は騎士団でも腕利きですよ?」


「存じております」


「ですが、私たちは……」


「大丈夫です」


 僕は地面に訓練場の見取り図を描いた。


 中央には低い木柵が並び、左右には資材置き場がある。


 旗の周辺にも、身を隠せる場所がいくつかあった。


 《算神》で、そこまでの距離と移動に必要な時間を計算する。


「皆さんに、相手より強くなっていただく必要はございません」


「……?」


「勝つために必要なことを、一つずつお願いいたします」


 僕は五人に役割を伝えた。


 そして、最後に確認する。


「一番大事なことを申し上げます」


 全員が僕を見た。


「相手を倒そうとしないでください」


 騎士たちが目を丸くした。


「……それで、どうやって勝つのですか?」


「旗を取ります」


 僕は笑った。


「それが今回の勝利条件ですので」



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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