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【10/22連載開始】王女殿下、まずは拳をお下げください ~平民出身の転生執事、最強王女を育成する~  作者: アカメノコバチ


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第1話 まずは拳をお下げください

新連載開始します。

『45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する 』、『《剣聖》になった弟に追放された俺のスキルは《会員》でした』と合わせてよろしくお願いします。

 僕には夢がある。


 出世して金持ちになり、庭付きの屋敷で優雅に暮らすことだ。


 できれば美しい妻と結婚し、休日には昼まで寝ていたい。


 前世では働いても働いても、そんな生活には届かなかった。


 だから今世こそはと、必死に勉強した。


 前世の知識と《算神》を武器に、平民ながら王立学院を首席で卒業。


 ついに王族付きの執事にまでなった。


 今日から僕の出世街道が始まる。


 そう思っていた。


 ドゴォン!


 王宮の中庭で、石柱が砕け散った。


「きゃははっ! やったぁ!」


 白い破片が噴水の向こうまで飛んでいく。


 砂埃の中心では、赤い髪の少女が拳を突き上げて跳ねていた。


「……執事長」


「なんだ?」


「あの石柱を粉砕している方が、僕の担当する生き物でしょうか?」


「王女殿下だ。あと、言葉を慎め」


「……失礼いたしました」


 少女を見た。砕けた石柱を見た。もう一度、少女を見た。


「配属先の変更は可能でしょうか?」


「不可能だ」


 僕の輝かしい未来が、石柱と一緒に砕けた音がした。


「あっ! あなたが新しい執事?」


 少女が駆け寄ってくる。


 エクレシア王女殿下、十三歳。輝く赤い髪に青い瞳、金糸で飾られた白いドレス。


 黙っていれば絵本から抜け出したような王女様だ。


 黙っていれば、だが。


「本日よりお仕えいたします、トルーキン・レッドゲートと申します」


「トルーキンね! よろしく! ねえねえ、見た!? 今の見た!?」


「はい。拝見しておりました」


「すごいでしょ! 一発よ、一発!」


 殿下はぴょんぴょん跳ね、僕の目の前に拳を突き出した。


 《算神》を発動。破片の大きさと飛散距離から衝撃を概算する。


 ……なるほど。人間の拳とは思えない。


 僕の《算神》が数字を操る神級スキルなら、殿下の《拳神》は拳を操る神級スキルだ。


「ねえ! 次はあっちの石柱を殴ろっかな!」


「いけません」


「ええーっ! ちょうどいい硬さなのに!」


「庭園の備品です」


「じゃあ、何なら殴っていいの?」


「まず私にご相談ください」


「わかった!」


 即答だった。意外と話が通じるのかもしれない。


「じゃあ、あの噴水は?」


「いけません」


「相談したじゃない!」


「許可するとは申し上げておりません」


「ぶーっ! 細かい男ねえ!」


 ……転職先を探すべきだろうか。


 ◇


 王都の大通りには焼きたてのパンの香りが漂い、行き交う馬車の音に商人の呼び声が重なっていた。


「うわあっ! 見て見て、トルーキン!」


 殿下が串焼き屋へ駆け寄る。


「あのお肉! すっごくおいしそう!」


「お嬢様、本日は視察です」


「一本だけ! ねっ、一本だけ!」


「……一本ですよ」


「やったぁぁ!」


 串焼き一本で買収された王女殿下は、満面の笑みで肉にかぶりついた。


 今日は身分を隠して王都の救護院を調べる日だ。


 少し離れて私服の近衛騎士が二人つき、僕の内ポケットには王宮の正式な視察命令書がある。


 施設の運営だけでなく、保護児童の移送も検査対象だ。


「んんっ! おいひい!」


「口の中のものを飲み込んでからお話しください」


「トルーキンも食べる?」


「結構です。袖で口を拭かないでください」


「えーっ!」


 僕がハンカチを差し出した、そのときだった。


「痛いっ! お母さん!」


 救護院の門の前で、青い制服の男が幼い少女の腕を引っ張っていた。


 母親らしい女性は別の職員に押さえられ、地面に膝をついている。


「お願いです! 娘を返してください!」


「保護命令だ! 逆らうな!」


 男が少女を馬車に押し込もうとした。


 さっきまで笑っていた殿下の顔から、すっと笑みが消えた。


「……トルーキン」


「はい」


「あいつ、殴っていい?」


「まずは事情を――」


「だって、あの子、泣いてるじゃない!」


 殿下が地面を蹴った。


 男の懐へ飛び込み、少女をつかむ手を払う。


 ドンッ!


「ごふっ!」


 男が吹き飛び、積まれた木箱へ突っ込んだ。


 ガラガラガシャン!


「もう大丈夫だよ!」


 殿下は少女に向き直ると、ぱっと笑った。


「怖かったね! お母さん、あそこにいるよ!」


「う、うん……!」


 少女が母親へ駆けていく。


「……お嬢様。公務中の職員を殴るのは問題です」


「でも、あの子が泣いてた!」


 それはそうだ。


 殿下の行動は軽率だ。だが、目の前で泣く子を見捨ててまで守るべき秩序とは何だろう。


「ずいぶんと賑やかですね」


 救護院の門から、銀髪の男が姿を現した。仕立てのよい礼服に柔らかな笑み。


 背後には大きな鉄盾を背負った騎士がいる。


「監督官! あの小娘が――」


「子供を乱暴に扱うなと、何度も言いましたね」


 男が静かに告げると、職員は顔を青くして下がった。


「王都救護局監督官、クラウス・エーベルと申します」


 伯爵家出身の官僚。救護制度の改革者として知られる男だ。


「少女には正式な保護命令が出ております。母親に養育能力がない以上、引き離すのも職務なのですよ」


「お母さん、あんなに泣いてるのに!?」


「親の愛情で空腹は満たせません、お嬢さん」


 クラウスは穏やかな笑顔を崩さない。


「もっとも、職員を殴ったことは見過ごせません。王宮にも報告が必要でしょうね」


 王族と揉めた報告が上がれば、僕の経歴にも傷がつく。


 配属初日に伯爵家を敵に回すなど、出世を目指す人間がやることではない。


 ……だが。


「監督官殿。私も王宮から視察を命じられております」


 視察命令書を示すと、クラウスの目が細くなった。


「これはこれは。もちろん、ご協力いたしましょう」


「では、保護命令の根拠となる記録を拝見しても?」


「ええ。どうぞ」


 差し出されたのは、少女の家庭を含む二十三世帯分の調査書だった。


 収入も支出もばらばらで、署名もそろっている。


 一見、問題はない。


 だが、僕の目には二つの数字が引っかかった。


 《算神》を発動。


 二十三世帯の収入、家賃、食費、救護手当。別々の欄に散った数字を、一瞬で突き合わせる。


「監督官殿。おかしいですね」


「何がでしょう?」


「この二十三世帯はすべて生活費が不足したと記録されています。ですが、救護手当を加えると、全世帯が保護命令の基準を上回ります」


「支給前の家計を調べたのでしょう」


「ところが、こちらの支給台帳では、調査の前日に全額支給済みとなっています」


 クラウスの笑みが、わずかに薄れた。


「記帳の順序が前後したのかもしれません」


「二十三世帯、すべてですか?」


「……」


「支給額は各家庭で違います。それなのに、不足額を埋められるだけの手当が支給された記録だけが、どの家計調査からも抜け落ちている。偶然とは考えにくいですね」


 母親が顔を上げた。


「お金なんて……! 救護局からは、一度も受け取っていません!」


 ……なるほど。


 帳簿では金を払ったことにし、実際には渡さない。


 困窮した親から子供を取り上げる。二重に利益を得る仕組みか。


「監督官殿。救護手当は、いったいどこへ?」


「部下に確認させます」


「では、確認が済むまで移送は停止してください」


「平民出身の執事が、伯爵家の私に指図するのですか?」


 クラウスの声が冷たくなった。


 ……出世が遠のく音がする。


 けれど、ここで引いたら、今度は自分の顔を鏡で見られなくなる。


「数字は、身分で変わりませんので」


「……何?」


「平民が計算しても、伯爵が計算しても、二足す二は四です。残念ながら、監督官殿の帳簿も同じでございます」


 クラウスが僕を睨む。


「……トルーキン・レッドゲート。王立学院首席の、あの?」


「ご存じでしたか」


「噂以上に生意気な様だな」


「恐れ入ります」


 僕は書類を閉じた。


「この少女の移送は停止。ほかの二十二世帯についても再調査が必要です」


 クラウスはしばらく黙った後、再び笑みを浮かべた。


「……わかりました。移送は保留いたしましょう」


 そのとき、門の脇の幌馬車から音がした。


 ガタン。


「……ねえ、トルーキン」


 殿下が僕の袖を引く。


「あそこ、誰かいるよ」


 幌の裾から小さな靴がのぞいていた。


「監督官殿。あの馬車も確認いたします」


「物資を運んでいるだけですよ」


「視察命令には保護児童の移送も含まれております」


 僕が近衛騎士へ目配せした瞬間、クラウスの声が響いた。


「止めなさい」


 背後の護衛騎士が進み出て、鉄盾で行く手を塞ぐ。


「これ以上は通しません」


 ……やはり、何かある。


「お嬢様」


「なに?」


「あの盾が邪魔です」


 殿下の瞳が、ぱあっと輝いた。


「えっ! じゃあ、殴っていいの!?」


「……ほどほどにお願いいたします」


「きゃははっ! やったぁ!」


 殿下が飛び出した。


 ドゴォン!


 鉄盾が大きくへこみ、騎士の巨体が石畳を滑った。


 だが、倒れない。


「おおっ! すっごーい! 今の受け止めた!」


 殿下が嬉しそうに跳ねる。


「ねえねえ、もう一回やっていい!?」


「遊んでいる場合ではございません!」


「わかってるって! どうやったら倒せる?」


 僕は盾の傾きと騎士の足運びを見る。《算神》が重心の移動を捉えた。


「次は私の指示どおりに。右下を打ち上げて、そのまま懐へ!」


「了解!」


 殿下が低く踏み込む。


 ガゴォン!


 拳が盾の右下を跳ね上げた。騎士の視界と胸元が、一瞬で空く。


「なっ――」


 ドンッ!


「ぐおっ!」


 殿下の二撃目が腹部に突き刺さった。巨体が宙を舞い、鉄盾ごと石畳を転がる。


 ガシャァン!


「やったぁ! トルーキン、勝ったよ!」


「お見事です。では、馬車を」


「はーい!」


 荷台には頑丈な錠前がかかっていた。


「これ、殴っていい?」


「錠前だけです」


「任せて!」


 バキンッ!


 扉が開いた。


「……え?」


 殿下の声が小さくなる。


 荷台には十数人の子供が詰め込まれ、手足を縄で縛られていた。


「ぼ、僕たち……鉱山に売られるんだって……」


 少年が震える声で言った。


 殿下の顔から笑みが消えた。


「……トルーキン」


「はい」


「あいつがやったの?」


 僕は荷台の職員が抱えていた移送票を取り上げる。


 行き先は鉱山と農場。保護児童の名の横には、一人ずつ金額が記されていた。


「監督官殿。これは何でしょう?」


 クラウスはなおも薄く笑っていた。


「労働訓練の費用ですよ。救護には金がかかる。働ける者には働いてもらうのです」


「七歳の子供にも?」


「小柄な子供だからこそ、狭い坑道で役に立つのでしょう」


 母親が息を呑んだ。


「そんな……!」


「あなた方が育てられないと言ったから、私が引き受けたのです。感謝されても、責められる筋合いはありませんな」


「……そっか」


 殿下がぽつりと言った。


 いつもの元気な声ではなかった。


「絶対に許さない」


 僕は移送票をもう一度見た。受領先の商会、運搬費、承認欄。


 その承認欄の印は、先ほどの支給台帳と同じだった。


「監督官殿。ここに、あなたの承認印があります」


「印など部下でも押せる!」


「では、これも部下でしょうか?」


 僕は移送票の裏を示した。商会から救護局へ支払われる手数料の送金先が、クラウスの管理する特別会計になっている。


「救護手当は家庭に渡らず、子供の移送先から金が戻る。数字をつなぐと、ずいぶん都合のよい仕組みが見えます」


「……!」


 クラウスの笑みが消えた。


「衛兵隊へ引き渡します。証拠を確保してください」


 近衛騎士が動く。


 その瞬間、クラウスはそばの少女を引き寄せ、腰の短剣を抜いた。


「動くな! この子がどうなってもいいのか!」


「いやあっ!」


 ……最後の逃げ道が、それか。


 殿下が一歩前に出た。


「ねえ」


「近づくな!」


「さっき、法律は守れって言ったよね」


「黙れ!」


「子供を売って、お金を奪って、最後は人質?」


 殿下の拳が静かに握られた。


「……もう、いいよね」


 クラウスが短剣を押しつける。


 僕の《算神》が、腕の位置と刃の角度を捉えた。殿下が正面から飛び込めば、少女にも危険が及ぶ。


「お嬢様。左へ半歩。刃を持つ手だけ先に」


「うん」


 短い返事だった。


 次の瞬間、殿下が動いた。


 左へ半歩。クラウスの視線がわずかに追いかける。


 その隙に、殿下の左手が手首を跳ね上げた。


 刃が少女から離れる。


「このっ!」


 ズドンッ!


 殿下の右拳がクラウスの腹部に突き刺さった。


「ぐぼっ……!」


 男は後方へ吹き飛び、救護院の門を突き破って地面に崩れ落ちた。


「……子供を泣かせる奴なんて、大っ嫌い!」


 辺りが静まり返る。


 僕は倒れたクラウスを確認した。意識はある。どうやら殿下は、きちんと加減したらしい。


「拘束してください。支給台帳と移送票も王宮へ」


「はっ!」


 近衛騎士が動き、子供たちの縄が次々と解かれていった。


 ◇


 夕暮れの王都に、教会の鐘が響いた。


 最初に助けた少女が、母親の手を握って駆け寄ってくる。


「お姉ちゃん、ありがとう!」


「わあっ!」


 抱きつかれた殿下が、ぱっと笑った。


「よかったねえ! お母さんと帰れるんだね!」


「うん!」


「よかったぁ!」


 殿下は自分のことのように喜んでいる。


 ……なるほど。拳は恐ろしいが、悪い王女ではないらしい。


「トルーキン! 今日は楽しかったね!」


「私の胃には、少々負担が大きい一日でした」


「でも、いっぱい助けたよ!」


「……ええ。そのとおりでございます」


 僕一人なら、あの子供たちを救うのにもっと時間がかかっただろう。


 殿下一人なら、不正の仕組みを暴くのは難しかったはずだ。


 殿下は、目の前の理不尽を拳で壊す。


 ならば僕は、理不尽を生み出す仕組みの方を壊してやろう。


 ただし、できれば高給と休暇は諦めたくない。


「……それにしても、僕の出世は遠のきましたね」


「えっ、何か言った?」


「……。伯爵家の人間を敵に回しましたかもしれませんね」


「なーんだ! そんなこと?」


 殿下は胸を張った。


「じゃあ、私が何とかするわ!」


 ……嫌な予感しかしない。


「ねえ、トルーキン! 明日は何を殴ろっかな!」


「何も殴らない一日を目指しましょう」


「ええーっ! つまんなーい!」


 殿下が笑いながら駆け出す。僕はため息をつき、その後を追った。


 このときの僕は、まだ知らなかった。


 拳で何でも解決しようとするこの少女が、わずか二年後、この国の女王になることを。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
最近、別の作品で若い女王様がいる国があるって読んだような。
さすがコバチさん! 次の更新も期待してます! コミカライズされたら映えそうな作品、思わず吹き出してしまいました。
新連載!毎日の楽しみが増えました。 転生者は女王様かと思っていたら、執事。 リオンやアレンとの邂逅が楽しみです。
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