公園の向こう側
十歳の春だった。
学校が早く終わった日の帰り道。
私はいつものように一人で歩いていた。
家に帰っても母はいない。
だから急いで帰る理由もなかった。
途中に小さな公園がある。
私は何となく足を止めた。
ブランコや滑り台で、たくさんの子どもたちが遊んでいた。
楽しそうな笑い声が響いている。
その中に、一組の親子がいた。
男の子が転びそうになると、お母さんがすぐに駆け寄る。
「大丈夫?」
そう言いながら頭を撫でていた。
男の子は笑っている。
お母さんも笑っている。
私はその様子をぼんやり見つめていた。
不思議な気持ちだった。
羨ましいような。
悲しいような。
うまく言葉にできない気持ち。
私には、あんな時間がなかった。
公園で遊んだことはある。
でも母と一緒ではなかった。
一人だったり、友達とだったり。
転んでも自分で立ち上がった。
寂しくても我慢した。
いつもそんな感じだった。
ベンチに座りながら、私は考えた。
もし母がここにいたら。
一緒にブランコを押してくれたかな。
滑り台を見て笑ってくれたかな。
帰りにアイスを買ってくれたかな。
そんな想像をしてみる。
でも、その姿はうまく思い浮かばなかった。
経験したことがないからだった。
夕方になり、公園の子どもたちは一人ずつ帰っていく。
「おかえり」
「また明日ね」
そんな声が聞こえる。
私は立ち上がった。
帰ろう。
誰も待っていない家へ。
歩きながら空を見上げる。
桜の花びらが風に揺れていた。
十歳の私は、その時まだ知らなかった。
本当に欲しかったのはおもちゃでもお菓子でもなく、
一緒に笑ってくれる人だったことを。
公園の向こう側に見えたのは、
楽しそうな親子だけではなかった。
そこには、私がずっと欲しかった時間があったのだ。




