雨に濡れた帰り道
十歳の秋だった。
朝、家を出る時から空は曇っていた。
天気予報では午後から雨だと言っていたけれど、私は傘を持っていなかった。
母に言えば買ってもらえたのかもしれない。
でも、聞くことはできなかった。
「自分でなんとかしなさい」
そう言われる気がしたからだ。
学校が終わる頃、窓の外では雨が降っていた。
ぽつぽつではない。
しっかりとした雨だった。
友達は迎えに来た母親と帰っていく。
「風邪ひかないようにね」
そんな声が聞こえた。
私は教室の窓からその様子を眺めていた。
少しだけ羨ましかった。
でも、その気持ちは胸の奥にしまった。
校門を出る。
雨は冷たかった。
ランドセルが濡れる。
靴の中までびしょびしょになった。
髪から水が落ちる。
それでも歩くしかなかった。
家までは三十分ほど。
長い道のりだった。
途中で何度も思った。
今、母が迎えに来てくれたらいいのに。
車じゃなくてもいい。
傘を持って来てくれるだけでもいい。
でも、その願いが叶うことはなかった。
ようやく家に着いた。
服はびしょ濡れだった。
玄関を開ける。
やっぱり誰もいない。
私は一人で着替えた。
濡れた靴下を脱ぎ、タオルで髪を拭いた。
誰も「大丈夫?」とは聞いてくれない。
誰も「寒かったね」と言ってくれない。
その夜、布団の中で私は考えた。
どうしてこんなに寂しいんだろう。
ただ雨に濡れただけなのに。
大人になった今なら分かる。
寂しかったのは雨のせいじゃない。
本当に欲しかったのは傘じゃなかった。
「待っていたよ」
「迎えに来たよ」
そんな言葉だった。
雨の日になると、今でもあの日を思い出す。
濡れたランドセルの重さと、
誰も迎えに来なかった帰り道の長さを。




