空っぽの冷蔵庫
十歳の夏だった。
学校から帰ると、お腹が空いていた。
給食を食べてから何時間も経っている。
ランドセルを置いて、私はまっすぐ台所へ向かった。
冷蔵庫を開ける。
中には麦茶の入ったボトルと、使いかけの調味料しかなかった。
何度見ても同じだった。
私は冷蔵庫の扉を閉めた。
少し待ってから、また開けてみる。
何か見落としているかもしれないと思ったから。
でも、やっぱり何もない。
お腹が鳴った。
母はいなかった。
帰ってくる時間も分からない。
電話もなかった。
私は戸棚を開けた。
お菓子の袋が一つ落ちていた。
中をのぞく。
空っぽだった。
がっかりして、その袋を戻した。
窓の外では近所の子どもたちが遊んでいる。
楽しそうな声が聞こえる。
私は机に座り、宿題を始めた。
お腹が空いていることを忘れたかった。
鉛筆を動かしながら、時計を見る。
まだ帰ってこない。
また時計を見る。
まだ帰ってこない。
夕方になっても同じだった。
ようやく母が帰宅したのは、空が暗くなってからだった。
私は少しだけ安心した。
「お腹空いた」
勇気を出して言った。
母は面倒そうに答えた。
「何か食べればよかったじゃない」
私は何も言えなかった。
冷蔵庫には何もなかった。
でも、それを言ったところで変わらない気がした。
その夜、簡単な夕飯を食べながら私は思った。
明日は何かあるだろうか。
冷蔵庫の中にパンがあるだろうか。
おにぎりがあるだろうか。
そんなことばかり考えていた。
十歳の子どもにとって、
冷蔵庫はただの家電ではなかった。
開けた時に食べ物があるかどうかで、
安心できる日か、不安な日かが決まる場所だった。
そして私は今日も知っている。
空っぽだったのは冷蔵庫だけじゃなかった。
本当は、子どもが安心できるはずの場所そのものが、
どこか欠けていたのだと。




