誕生日のろうそく
十歳の誕生日だった。
朝、目が覚めると少しだけ嬉しかった。
今日は誕生日だ。
もしかしたら、お母さんが覚えていてくれるかもしれない。
そう思ったから。
居間へ行くと、母はテレビを見ていた。
私は少し期待しながら言った。
「おはよう」
母はちらりと私を見ただけだった。
「おはよう」
それだけ。
誕生日の話は出なかった。
私は何も言えなかった。
言ったら催促しているみたいで嫌だった。
だから黙ったまま学校へ行った。
学校では友達が誕生日を祝ってくれた。
「おめでとう!」
そう言われるたびに嬉しかった。
でも、胸の奥は少し苦しかった。
本当に言ってほしい人からは、まだ言われていなかったから。
放課後、急いで家へ帰った。
玄関を開ける。
もしかしたらケーキがあるかもしれない。
そう思った。
だけど、テーブルの上には何もなかった。
母はソファで寝転がりながらテレビを見ていた。
私は何度も言おうとして、言葉を飲み込んだ。
「今日、誕生日なんだ」
その一言が言えなかった。
夜になった。
夕飯もいつもと同じだった。
ケーキもない。
プレゼントもない。
お祝いの言葉もない。
母は最後まで思い出さなかった。
布団に入って天井を見つめる。
十歳になった。
でも誰にも祝ってもらえなかった。
私は枕を抱きしめた。
泣いたらもっと寂しくなりそうで、必死に我慢した。
その時、ふと思った。
来年は覚えていてくれるかな。
十一歳の誕生日は違うかな。
子どもだった私は、まだ諦められなかった。
何度忘れられても。
何度傷ついても。
母が笑顔で「おめでとう」と言ってくれる日を、心のどこかで待ち続けていた。
だけど、その夜の部屋は静かだった。
誕生日のろうそくの代わりに、窓の外の街灯だけが小さく光っていた。




