写真には写らないもの
十歳の春だった。
学校で遠足があった。
朝からみんな楽しそうだった。
お弁当を見せ合ったり、おやつの話をしたりしている。
「お母さんが唐揚げ入れてくれた!」
「私は卵焼き!」
友達の声が飛び交う。
私は笑いながら聞いていた。
自分のお弁当を隠すようにしながら。
遠足は楽しかった。
みんなで遊んで、走って、お弁当を食べた。
先生がカメラを持ってやってくる。
「はい、みんな集まって!」
子どもたちは並んだ。
私もその中に入る。
先生が言う。
「笑ってー!」
みんなで笑顔を作った。
カシャ。
シャッターの音が鳴った。
数週間後、その写真が配られた。
写真の中の私は笑っていた。
友達と肩を並べて。
楽しそうに。
誰が見ても幸せそうな顔だった。
でも、その写真には写っていないものがあった。
遠足の日の朝、
お弁当が本当に用意されているのか不安だったこと。
友達のお弁当を見るたびに羨ましかったこと。
帰っても「楽しかった?」と聞いてくれる人がいないこと。
そんな気持ちはどこにも写っていない。
写真には笑顔しか残らない。
寂しさは写らない。
不安も写らない。
誰にも見えない。
だから大人たちは言う。
「楽しそうだね」
「元気そうだね」
その言葉を聞くたびに、私は少しだけ不思議な気持ちになった。
本当の私は、写真の外側にいるのに。
その夜、私は写真を机の引き出しにしまった。
笑顔の自分を見つめながら思う。
もし写真に心が写るなら、
どんな顔をしていただろう。
十歳の私はまだ答えを知らなかった。
ただ一つ分かっていた。
写真には写らないものがある。
それは、誰にも見えないまま抱えていた、
小さな寂しさだった。




