第47話 それぞれの思惑
新学期の初登校、校門前が騒ついていた。
多分、花音を知らない新入生達だろう。
喧騒に包まれた朝の校門前に停まった一台の漆黒の高級車が生徒達の視線を一斉に集めていた。
運転席から降りた初老の運転手が、恭しく後部座席のドアを開ける。
そのドアからスラリとした細い脚を伸ばし1人の女生徒が降りてきた。眩い朝の日差しを反射した艶やかな長い髪をふわりと靡かせ、澄ましたお嬢様顔の花音が。
その瞬間、皆の視線は彼女だけに注がれ、喧騒には黄色い声や感嘆な吐息までもが混じる。
アンソレイユを出た花音はお嬢様としての教育を再び受けることになり、常にそのように振る舞う様、お婆さんから指示されていた。
その甲斐あってか学園での人気はとどまるところを知らず、ファンクラブまでできる程であった。時折り出てしまうギャルの名残もまたたまらない魅力らしい。
本人は至って不満そうだが、窮屈だと。
「響介!」
俺に気付いた花音が満面の笑顔で駆け寄ってきた。
「おはよう、花音。相変わらず凄い人気だな」
「疲れるだけよ。それより、学校始まったら毎日会えるのが嬉しい!」
春休みはお互い忙しくてロクに会えなかったからな。花音と話していると周りの野郎共の視線が突き刺さる。これからは新たな悩みが増えそうだ。
「おはようございます、真壁様」
花音の運転手が声を掛けてきた。
「あら薄井、どうしたの?」
「お嬢様、橙子様から真壁様へ言伝がございます」
「お婆様が?まさか別れろなんて言わないでよ!そうなったら響介と駆け落ちするんだから!」
花音ならホントにしそうだ。って、他人事じゃないな。
「それはご心配には及びません、お嬢様。橙子様は先日、真壁様にお会いして、いたくお気に入りのご様子でご自宅へお招きしたいとのことでした。誠に急ではございますが今週末はいかがでしょうか、真壁様」
「ホントですか?それは嬉しい限りです!お婆さんの噂はかねてより花音さんから聞いておりました。是非お会いして色々話しを聞いてみたいです」
「ありがとうございます、真壁様。橙子様もお喜びになるでしょう。では土曜日の正午に私がアンソレイユへお迎えに参りますので、よろしくお願いいたします」
丁寧に頭を下げ、薄井という人は去っていった。
「やった、やったわ!響介!あのお婆様が気に入るなんて凄いことよ!先日って言ってたけど、お婆様と会ってたの?」
「ああ、春休みに栞さんと慶太郎さんのお墓参りに行った時に会ったんだよ」
あの時、あの人が俺に何を感じたのかは知らないが、これは願ってもないチャンスだな。
「お兄ちゃんのお墓参り行ってくれてたのね、ありがとう響介。アタシは1人で行きたかったから午後から行ったんだ」
「花音、オッハー!」
「聖奈、おはよー!じゃあ、行くね、響介。また、お昼休みに!」
花音は友達と一緒に校舎へ入って行った。その姿を見届けながら俺はスマホを取り出し電話を掛けた。
「もしもし、ごめん、朝早く。向こうに動きがあったから電話したんだ。今週末、桐島橙子の家に招かれた、願ってもない事だよ。何とか上手く取り入って桐島家に出入りできる様にしたいものだ」
〈へー、急展開だね。ここは頑張りどころだよ、響くん〉
「あの件、小鳥遊にはバレてないよね?」
〈うん、大丈夫。入社前からお姉ちゃんのツテで勉強がてら会社に行ってたけど、変わった様子はなかったよ。でも、そろそろ動きそうだよ。今年度から新規プロジェクトが立ち上がる話しお姉ちゃんから聞いてるでしょう?そのリーダーにお姉ちゃんがなりそうなの。いよいよアンソレイユを起点に小鳥遊が動き出そうとしてる。それよりも、あの件、栞さん巻き込んじゃって大丈夫なの?〉
「そう言われたら大丈夫だとは言い切れないよな、ユリさんと一枝さんが相手だからね。考えただけでもゾッとするよ。そこは栞さんに頑張ってもらうとして、俺は招かれた席で気に入ってもらえるようできるだけ頑張ってくるよ、それじゃ、また連絡する」
ここにきて一気に流れがきたな。いよいよだ、さあこの1歩大事だぞ。
——土曜日
俺は花音のお婆さんの家に招かれていた。食卓の上には見た事がない豪華な料理が並ぶ。
「私はね、響介さん。一品ずつ出されるお料理は苦手なのよ。好きな物を好きな時に食べたいの」
どこかで聞いた様なセリフだな。
それよりもお婆さんの隣りにいる厳ついオッさんが気になる。茶髪の短髪で目つきは鋭く顎髭を蓄え、金のネックレスが胸元からチラつく、食べ方も豪快だ。街中で会ったら絶対目を合わせちゃいけない部類の人間だな。お婆さんのボディガードだろうか?ボディガードって一緒にメシ食うの?
「響介さん、アナタには悪いとは思ったのだけど、アナタの事調べさせてもらったわ。孫のいい人だから気になったのよ」
認めてなかっただろうに、なんの芝居だ。
「あなた、面白いわね。その歳で札幌の錆びれた商店街の復興に一役買ったそうじゃない」
花音に聞いたのか。
「アイデアを出しただけですけど、商店街の皆さんがやる気になってくれたお陰です」
「あらあらご謙遜ですこと。乗り気じゃない商店街の人達を説得したり、小鳥遊HDの社員さんとも渡り合ったそうじゃない。そしてその才を買われ、今はその商店街のプロジェクトチームに抜擢されたとか」
小鳥遊の名を出してきたか。敵方にいる俺が気に入らないとでも?
「それでね、どうかしら響介さん、その手腕ウチで生かしてみる気はない?」
「お婆様!やっとその気になってくれたのね!どう?響介は凄いでしょ?」
まさかスカウトされるとは、しかしそれはよろしくないな。俺はユリさんのプロジェクトチームの一員なんだから、気に入られるだけで良かったんだよな。
「すみません、お婆さん。ありがたいお話しなんですが、今のプロジェクトチームを抜けるわけにはいきませんので」
何を企んでいるんだこの人は。
「そう。だったら花音と婚約しましょうか?それなら今のチームを抜けてウチの事業を手伝っても、なんら問題はないでしょう?」
は?何言ってんのこの人……。
「ゴホッゴホッ!お、お婆ちゃん!と、突然何言い出すのよ!婚約なんて」
ホントだよ、話し飛び過ぎなんだが。
「おや、花音、意外な反応だね。響介さんに、会いたい、会いたいって呪文の様に毎日言ってるクセに」
「お、お婆ちゃん!」
とんでもない展開になってきたが、これでかなり動きやすくなるんじゃないか?
「桐島家のお嬢様の相手が僕なんかでよろしいんですか?」
「安心なさい、響介さん。それ相応になってもらうまでの事よ、フフ」
その笑みは覚悟しなさい的なものではなく、もっと深い悪巧みを潜ませた厭らしい笑みに感じた。
「善は急げよ。薄井、虎、早急に準備なさい。響介さん、アナタのご両親にもお話ししたいの、お電話してくださる?」
えっ?なんか大ごとになって来たぞ。
「ウチの家族はアメリカなんで今夜中なんですよね」
「それなら丁度良い時間を見計らってお電話しましょう」
花音の両親には言わないのか?
この違和感と桐島橙子の段取りの速さがその後の桐島家の行く末を大きく揺るがす事になる。
とりあえず俺はアンソレイユに帰された、今日はこれから忙しくなるから明日また来いと。嵐の様な展開になってきたが、飲み込まれないよう気を付けねば。
それにしても、さっきから気になる事がある。桐島家の車でアンソレイユまで送ってもらってるんだが、一緒に後部座席に座っているお嬢様が一言も喋らず外を眺めている。時折り窓ガラスに映る顔はなんだかご機嫌斜めだ。
「なんか凄い展開になってきちゃったね。お婆さん、気が早いって言うか、強引って言うか、行動が早い人だよね」
「そうね……」
えっ、何、その反応。明らかに機嫌悪いじゃん。
「花音……機嫌悪い?俺なんかした?」
「別に……」
絶対なんかやらかしたでしょ、俺!!
考えろ!なんだ?何やった!?
結局わからないままアンソレイユに着いた。花音の機嫌は直らないまま俺は車を降りた。
「何を考えているのか、わからない」
車を降りて玄関へ向かう俺の背中に花音は言葉を投げた。振り向くと車の窓ガラスを下げ覗かせた花音の顔は怒っているような、寂しそうな、どちらにもとれるような顔をしていた。
「花音……」
「婚約って結婚の約束だよ?」
「う、うん」
「全然嬉しそうじゃないよね響介。浮かれてたのはアタシだけ?告白の時もそう。大事な……思い出に残る事だよ?響介にとってはただの通過点みたい」
花音の言葉に俺は何も言い返せなかった。通過点とは思ってはいなかったけど、それに近いものがあったから。花音を乗せた車は走り去る、俺の返答を待たずに。花音の心が離れていく感じがした、それでも俺は……やらなきゃならない事があるんだ。
「何やってんだよ」
その声の主は美優さんだった。スウェット姿で玄関に立っていた。
「美優さん……聞かれちゃったか」
「今のはあんまりだよ、響。どういう流れで婚約に至ったのかしんないけど、結婚の約束だろ?花音はずっと家柄の事気にしてたからな、お前との事認めてもらえるかどうかって。それに花音の生い立ちだって聞いて知ってるだろうが。アイツ、どんなに嬉しかっただろうね」
わかってる、わかってるさ。でも今のままじゃダメなんだよ。この半年の間に花音から桐島家の事を聞き、優莉愛さんと栞さんからアンソレイユの土地に関わる事を聞いた。
俺はその時、違和感を感じた。この土地の利権争いとアンソレイユに。そしてその後栞さんから知らされた、慶太郎さんの遺言。
俺の中で全てが繋がった瞬間だった。散りばめらていたピースが全てハマったように。でも憶測だけで判断してはいけない。だけどそれが本当だったら決して許されることではない。だから俺はこっそり裏で動いていた。
聡士と翔子に相談した。俺は悪い奴だ、先輩達を利用しようといる。でも、探るには翔子の力が必要だった。
「先輩、翔子、ゴメン。こんな犯罪紛いな事頼むなんてどうかしてるよな。断ってくれても構わないよ」
先輩達ならきっと断らない、俺にはそんないやらしい打算があった。花音をアンソレイユを救うには形振り構っていられなかったから。
「そんな顔すんなよ、汚れ役は俺達に任せろや。その話しが本当なら俺も許せないからよ」
「アタシもだよ。イッチの為にもやってやるよ!」
「2人ともありがとう、必ず尻尾を掴んでみせる!」
翔子のハッキング能力は更に磨きが掛かっていた。
桐島家の全貌を暴いてやる。
今度の荊の道は今までとはわけが違う。下手したら俺は沢山の人を傷付け、恨まれ、失うかもしれない。
まだ確信が持てなかったが、俺はあの時、慶太郎さんのお墓参りでの出会いで確信した。栞さんを怯えさせる様な人間、欲の権化、目の奥に潜む傲慢な闇。
全てはアイツのシナリオだと
「美優さん、お願いがあります」
「なんだよ、花音との仲を取り持ってくれってか?
しょうがねえな」
「花音と栞さんを守ってください」
「お前、何言って……」
俺は目的と手段を間違えているのかもしれない。でも、もう迷ってる時間はないんだ。
美優さんに俺の考えを全て話した。
「まだ確証はありませんが、抜き取った桐島の事業データをとある所で調査してもらってます。叩けば埃が出るレベルではないでしょうね」
「お前、それをどうするつもりなんだよ……公にするつもりか!?そんな事したら桐島グループは花音はどうなるんだよ!わかってんのか、響!!」
「全ては覚悟の上です。花音にはちゃんと全て話しますよ」
「花音がその話しを信じると思ってるのか?」
「だからこそです。あの人のした事は、あんなに信頼している花音を侮辱する行為だ。花音がどちらを信じるかわかんないですけど……許すわけにはいかないんですよ」
「怒っているのか……響」
こんなシナリオを考えていたとは恐ろしい限りだよ。でもアンタの思い通りにはさせない。
待ってろよ、“女帝“桐島橙子
お前の企み、根こそぎ刈り取ってやる!!
“女帝“橙子VS響介の闘いが始まる。響介の胸中を知らぬまま招き入れた桐島家の行末は……。
響介の策が小鳥遊と桐島の大企業を翻弄する!
第48話 トロイの木馬 5/3 お昼に更新です!




