第46話 女帝の慧眼
====== 花音 ======
冬に閉ざされていた世界が、やわらかな春にほどけていく。アタシがアンソレイユを出て半年の月日が流れていた。終業式を間近に控え、迫るお父様との期日に募る不安。4月20日に約束の18歳になる。
アンソレイユを出たアタシはお婆様を頼った。幸いにも退院していたお婆様は快くアタシを迎えてくれた。市内の閑静な住宅街に一際目を引く豪邸、学校からはかなり離れたがそこがアタシの新居となった。
アタシがお婆様と住むことに決めた理由はお父様と張り合う為の知識を付けること。お婆様の提案でもあるのだけれど、お父様を玉座から下ろしアタシを跡継ぎにするという事をさらりと言ってきたのだ。お婆様、本気なのかしら。
「薄井さん、今日はもういいでしょう?5時間もやってるんだけど?」
お陰で毎日勉強の日々、加えて礼儀作法などをまた教わっている。お父様の時と比べたら勉強しやすい環境だけどお婆様は割りとスパルタ気質だった。
「お嬢様、期日まであと1ヶ月しかありません。そんな悠長な事では桐島家の当主は務まりませんぞ。ましてや仙太郎様からその座を奪おうなど夢のまた夢であられます」
薄井さんは元はお婆様の秘書だった。お父様に代替わりした時にそのまま秘書として残された程有能な人らしい。今回はお婆様の頼みとあってアタシの教育係を引き受けてくれたのだ。でも今はお父様の秘書だよ?色々筒抜けで伝わっていそうで怖いんだけれど、お婆様は気にならないのかな。
ああー、そろそろ響介と会いたい!響介とはあの商店街のプロジェクトチームに優莉愛さんに抜擢されてからたまにしか会えない。お互い高校生なんだからもっと色々楽しみたいのに!色んな所へデート行ったりしたい!もしかしたら、このまま小鳥遊と桐島で離れちゃうことにならないよね。
——半年前
《アタシのこと、いつから好きだったの?教えてよ、ねえ、ねえ》
《うっ、そ、それは多分、花火大会の時からだと思う》
《ええー!そんな前から?なんで言ってくれなかったのよ!もう!》
美優姉にも言われた、見てたらわかるがなって。
そんな悦に浸る時間も僅かで、折角付き合えたのにあまり会えないのは辛い。
この前久しぶりにアンソレイユへ行った時、3週間振りにやっと会えた。来愛が卒業して札幌で家族と住むからお別れ会があって行ったんだけど、アンソレイユの雰囲気はやっぱりいいな。来愛は小鳥遊HDに就職するみたいだった。
「薄井さん!明日はお勉強お休みにして!響介と会いたいの!」
「お嬢様、それは無理ですな。時間が足りませんので」
「嫌よ!アタシの中の響介がもう空っぽなの!響介を補充しなきゃ!」
「何を騒いでいるのかしら?花音。お勉強は捗ってらして?」
「お婆様、勿論よ!捗り過ぎて今し方、お暇を頂いたところなの!」
「お嬢様……」
「ウソはよろしくなくてよ、花音。アナタの誕生日まで1ヶ月切ったのよ。今のままで仙太郎に戦線布告できるとでも?」
「そ、その為にも、やる気を維持するには響介をチャージしなきゃなのよ!」
「あのね、花音。立場を考えなさいな。アナタは我が桐島家の跡継ぎにならんとしているのに、どこぞの馬の骨とのお付き合いなど認める訳にはいかないのよ。それ相応のお方は私の方で用意するから。それとも、どこぞの名家のご子息なのかしら?そのお方は」
やっぱり認めてはくれないのね、でも諦めるつもりはないから!
「そんなんじゃないけど、会えばわかるわ!響介はその辺にいる男とは違うんだから!」
会えばきっとわかってくれるはず!
「大人の男を転がしていたアナタが年下の男の子に熱を上げるなんて、何があったのかしらね」
「な、なんでその事知ってるのよ、お婆ちゃん!」
「男を転がすだあ?とんだ女に育っちまったな、お嬢。慶太郎が泣いてるぞ?」
お婆様の付き人の琥太郎が部屋に入って来た。
「お兄ちゃんは関係ないでしょ!」
「アンタが言うかね、虎。ススキノで豪遊した領収書、経費で落とせると思ったかえ?」
「ち、ちがっ!婆さん、あれは接待だ!田中の社長がどうしてもって言うから仕方なくだな……」
ベシッ!
「下手な言い訳してんじゃないよ!ネタは上がってんだ!最後は引っ掛けた女とどっか行っちまったって、田中の社長さんお冠だったんだよ!」
何やってんのよ琥太郎……。
「イテッ!杖で叩くな、婆さん!クソッ、アイツ、チクリやがったのか!」
「虎!なんだいその口の聞き方は!田中さんに失礼だよ!アンタに接待させた私が馬鹿だったわ」
「ホントしょうもない人ね、響介を見習ってほしいわ」
「はん!男なんてどいつも変わんねえんだよ。お前の彼氏だって見てない所でどうだかよ」
「なっ!?そ、そんな事ないわよ!それよりお婆ちゃん、そろそろ響介に会ってよ!」
だ、大丈夫。響介は付き合ってから変わったもん!アタシを不安にさせる様な事しなくなったんだから。
「花音、何度言っても無理よ。アナタも自分の立場をそろそろ理解しなさいな。意地悪で言ってるわけじゃないのよ、それとも、仙太郎のところへ行くかえ?それが嫌で私のところへ来たんじゃなかったのかい?」
「そうだけど……」
なんでこんなに不自由なんだろう、自分の人生自分で決められないなんて。
人は生まれた瞬間から既に色んなものに縛られている。その鎖は歳を重ねる程に身体に食い込み、気付いた時には人生の選択肢が選ぶという希望から妥協という燻んだ未来へと変わっていく。でもアタシは……。
====== 栞 ======
—— 5 years later
「ママ、そろそろ行くね。1人で無理しないでね」
「大丈夫よ、東京で一人暮らしするココの方が心配よ」
「あっ、この絵、スマホに撮っておかないと!」
その絵はココが先生に頼んで描いてもらったアンソレイユの水彩画だった。
「あの頃は色々あったけど楽しかったな。当時はあの時間がずっと続くと思ってたから。まさかアンソレイユが無くなるなんて思いもしなかったよ」
「そうね、ココで最後よ。これで皆んなの旅立ちを私が見送るの」
今も思い出す。なぜ私はあの時、慶ちゃんのお墓参りに響ちゃんを誘ってしまったのだろう。
あの日、誘わなければ今もアンソレイユは残っていたのかもしれない、違う未来になっていたのかもしれない。
あの日、あの人に響ちゃんを会わせなければ……。
———
今日は慶ちゃんの命日、お墓参りの準備をしないとね。一華達は予定が入ってるし、今日は1人で行こうかしら。
「どこか行くんですか?栞さん」
「あら、響ちゃん。今日はユリちゃんの所へは行かないの?」
「はい、今日はお休みです。なんか予定あるらしくて」
「だったら一緒に慶ちゃんのお墓参り行く?」
「はい、是非!花音のお兄さんでもあるし、行きたいです」
「フフ、すっかり花音の彼氏さんね」
「いや、その、なんかその言われ方照れます……」
ホントはね、一華とそうなってくれないかなあって思ってたの。あの雪の日の事でお互い傷付いてしまってたから。でもそれを2人で乗り越えてくれたら、もしかしたら結ばれるかなって淡い期待をしていたの……。
響ちゃんと再会した時はね、あまりの変わりように驚いたわ。なんとかしなきゃと思ったけど、響ちゃんを変えたのは花音だった。やっぱり最初に私達の事隠さないで伝えていたら良かったのかな。
でもね、やっぱり響ちゃんはあの時から素敵な男の子だよ。
「それじゃあ、響ちゃん、行きましょう」
外は良く晴れていて、気持ちがいいくらい青空が広がっていた。まさか響ちゃんと慶ちゃんのお墓参りに来る事になるなんて思いもしなかったわ。そういえば、響ちゃんと再会した日って慶ちゃんの命日だったわね。たんなる偶然かしら。
お墓の掃除を終え、響ちゃんとお墓に手を合わせていると、突如後ろから声がした。
「あら、栞さん、いらしていたのね。ご機嫌よう」
その声に戦慄が走った。
お婆様!?なぜ?この人はいつもは午後からお墓参りに来ていたはず……。
「お、お久しぶりです……お婆様。お体はもうよろしいので?」
私は響ちゃんを隠す様に前に立った。
直感……。
この人と響ちゃんを会わせてはいけない。なぜか真っ先にそう思った。私は知っている、花音にとっては良いお婆ちゃんだけど、女帝と恐れられたこの人の素顔を。
「それでは、私達はこれで……」
私はあえて響ちゃんの名前を呼ばず、お墓の前で手を合わせている響ちゃんの肩を軽く叩き、帰りを促した。
「栞さん、そちらの方はどなたかしら?」
「ウチの娘の幼馴染みの子です。慶ちゃんと顔見知りだったもので、今回一緒に来ただけです。それでは、失礼します」
早く帰らなければ、響ちゃんを関わらせたくない。
「あら、そうでしたの、嬉しいわ。わざわざ慶太郎のお参りに来てくださるだなんて。良かったらこれからお食事でもどうかしら?あなた、お名前は?」
お婆様?なんだろう、この違和感……何か不自然だわ、なぜお婆様は響ちゃんを気にかけるの?まさか響ちゃんの事を知っている?花音から聞いていて何かを企んでいるとしたら。
「お婆様!すみません、私達は急ぎますので、これで……」
その時だった。
突然響ちゃんの背中に視界を奪われた、響ちゃんが私の目の前に立っていたのだ。
「もしかして、桐島花音さんのお婆さんですか?お初にお目にかかります、僕は花音さんとお付き合いをさせていただいております、真壁響介と申します。お婆さんの事は、よく花音さんからお聞きいたしておりました。お会いできて嬉しいです、今後ともよろしくお願い致します」
「きょ、響ちゃん!?」
響ちゃんは前に出ようとする私を片手でそっと押さえた。
「これはこれはご丁寧にどうも。アナタが響介さんね、かねてよりお会いしたいと思っていたわ。どうかしら、この後お食事しながらゆっくりお話しでも」
響ちゃん、ダメよ!断って!
「申し訳ありません。生憎今日は予定が詰まっておりまして、大変心苦しいのですがまたの機会を楽しみにしております。それでは、これで失礼致します」
響ちゃんはお婆様に深々と頭を下げ私の肩に軽く手を添えた。
「それじゃ、行きましょう、栞さん」
それは思わず見惚れてしまうほど見事な立ち振る舞いだった。
「お、お婆様、それではまた」
====== 橙子 ======
「見たかえ、虎。あの子、栞さんを守りおったわ」
「は?ただ挨拶しただけじゃねえか」
ベシッ!
「イッテーな!何すんだ、この暴力ババァ!杖で叩くな!」
ベシッ、ベシッ、ベシッ!
「誰がババァじゃ!この唐変木!」
「やめろ!婆さん!落ち着けって!」
「あの子はのう、わざわざ栞の前に出て来たんじゃ、儂を遮る様にのう」
儂を見て怯える栞を守る様に前に出おった。
「ただの出しゃばりだろ」
ベシッ!
「しかもじゃ、最後にあの場を制したのは、あの小僧じゃ。栞じゃ振り切れんかった儂を、いとも簡単に切りおったわい」
「そうか?ただ挨拶しただけじゃねえか。それより婆さん、鬼みてえなツラしてたぜ、昔に戻ったかよ?」
「あら、いやだわ、そんな顔していたかしら?」
あやつ、確か花音の1つ下じゃったな。あの歳で中々見事な立ち振る舞いじゃったわ。
花音を跡継ぎにするには些か心許なかったが、これはもしかすると、ひょっとするかえ?
「虎、薄井に電話じゃ。真壁響介がどんな人間かすぐに調べさせな」
今日は慶太郎の命日、おまえさんが引き合わせてくれたのかのう。
久々に血が滾ってきたわい。鬼の形相じゃと?しかし、そんな儂をあやつは、目を逸らさず真っ直ぐ見とったわい。笑顔の下の昂る感情を抑えてのう。
花音から仲を認めてもらえないと聞いておったからか?それとも栞を怯えさせた儂に対してかえ?
その敵意は
花音、中々どうして。面白い男を見つけよったな
橙子に目を付けられた響介、開く新たな扉。
女帝の血が目覚めた橙子が動き始めた理由とは。
そしてこの時響介は既に驚くべき未来を描いていた。
最終章、いよいよクライマックスへ!!
第47話 それぞれの思惑
4/28 お昼に更新です!




