第44話 隠し事の代償
「たっだいまー!」
「遅い!どこ行ってたのよ!えっ?響介も一緒?」
俺と一華はアンソレイユへ戻った。帯広から帰って来た一華がすぐ、飛び出すように出掛けたので皆んな心配していたようだ。
「ゴメン、ゴメン、花音。トルデリのケーキ買ってきたから許してちょ」
「一華、アンタまさか、今度こそ本当に乳繰り合って……」
ビシ!
「いったーい!美優姉、この暴力ゴリラ!」
「何だとこの下ネタ女!」
何やってんだか、この2人は。
「アナタ達、やめなさいな。今日は一華のお祝いよ。全道大会優勝&祝全国大会出場おめでとう祝賀会なんだから」
長いな……。
ともあれ、めでたい事だ。皆んな嬉しそうだし、全国で一華がどこまで通用するか楽しみだ。
しかし、皆んなで囲む楽しい食卓から、この後姿を消してしまう存在がある事をまだ誰も知らない。その本人さえも……。
====== 花音 ======
アタシは今病院にいる。お婆ちゃんのお見舞いに来ていた。
——昨日 夕方
電話があった。
「もしもし、どうしたの六花?」
「お姉!大変なのだ!一大事なのだ!」
思わずスマホから耳を離すほどの大きな声の主は実家の家政婦兼アタシのお世話係の六花だった。
古くからウチで働く女中さんがいた。訳あって女中として住み込みで働いていたその人の娘が六花で、アタシとは3歳離れている。母親が住み込みの女中さんだけあって、六花も幼い頃からその仕事を覚えさせられていた。主にアタシの世話係だったが、六花はアタシに懐き妹の様な存在でもあった。
その女中さんはあの息苦しい実家のお屋敷の中で唯一の私の味方だった。だから六花をアタシの世話係にしてくれたのだろう。あの父親の仕打ちに耐えられたのはこの2人が居てくれたからでもあった。
六花は体は小さいが元気の塊の様な女の子。あの屋敷から離れる時、唯一寂しかったのはあの子と離れてしまう事だった。屋敷を出てからも、ちょくちょく連絡はとっていた。
「橙子様が、入院しちゃったのだ!かなり悪い病気みたい」
「お婆様が?六花、病院を教えて!お見舞いに行くわ!」
悪い病気って、何?お婆ちゃん、そんなに体悪かったの?
お花を買い病院へ急いだ。お婆ちゃんとはたまに会っていたけどそんな素振りみせなかったじゃない。
病院へ着いてお婆ちゃんの病室へ向かうと個室だった。
「お婆ちゃん、大丈夫!どこが悪いの?何の病気?」
「あら、花音。元気そうね、何よりだわ」
「それはアタシのセリフよ、お婆ちゃん」
ほっ。とりあえず元気そうで、良かったわ。
「もう、心配したんだから。調子はどう?」
「大丈夫よ。六花かしら?アナタに連絡をしたのは。あの子慌てん坊さんだからね、何か勘違いして大袈裟に伝えてしまったのかもしれないわね。安心して花音、ちょっと調子を崩しちゃっただけよ。念の為の入院だからすぐに退院できると思うわ」
良かった。お婆ちゃんに何かあったらアタシは覚悟を決めなきゃならない、お父様のいいなりになる人生の。でもアタシはそんな人生に抗う事を決めた、お婆ちゃんが元気なうちに、何かしら手を打っておかないとね、自分の人生なんだから。
「花音、アンソレイユでの生活はどう?楽しいかしら?」
「うん、楽しいよ。住んでる人達は問題児ばかりだけど今はすごく充実しているわ。栞さんには感謝してる」
栞さんはアタシが荒れていた時も決してアタシを拒まなかった。真っ直ぐアタシを見て接してくれた、美優姉だって甘やかさず時に厳しく接してくれたからアタシは堕ちずにすんだんだ。
「そのね、栞さんの事なんだけど、あまり信用し過ぎたらダメよ」
えっ?
お婆ちゃんの意外な言葉に息を呑んだ。何言ってるのお婆ちゃん、栞さんは天使の様な人だよ?
「ねえ花音。栞さんの亡くなった旦那さんの事は聞いた事あるかしら?」
「いえ、ないわ」
胸が締め付けられる、お婆ちゃんは何を言おうとしているの?
「そう……やはり話してないのね、あの子。私は話した方がいいと言ったのだけどね」
「何の事なの?お婆ちゃん」
嫌だ、この感じ。足元が崩れていくような不安感。
「アンソレイユの1階の奥の部屋、入った事はある?」
ドクン!
心臓が大きく跳ねる。
「なんでお婆ちゃんはそんな事知ってるの?」
あの部屋は物置だから入らないように言われている部屋。
「ゴホッゴホッ。ゴメンね花音、ちょっと無理しちゃったみたい、少し休みたいの」
「大丈夫なの?お婆ちゃん!やっぱり体調悪いんじゃ……」
「心配掛けてゴメンね、花音。今日は少し疲れただけよ、また明日来てもらえるかしら?17時くらいがいいかしらね」
「わかったわ、お婆ちゃん。明日また来るからね、無理しないでね」
お婆ちゃん大丈夫かしら、変な病気じゃないよね。それと何でお婆ちゃんはアンソレイユの家の中の事を知ってるんだろう。
そんな考え事をしながら病院の玄関に向かって歩いていると、ふと2階へ昇るエスカレーターに見覚えのある姿を見つけた。
シオりん?
シオりんに似た人?いや、そんなわけない。あれだけの美人そうそういないわよ。
誰かのお見舞い?それともどこか悪いのかしら。あとで帰ったら聞いてみよう。
何か気持ちが晴れないままアンソレイユに戻ったアタシはあの部屋が気になった。行ってみようかしら。
「何してんの、花音?ココならリビングにいるが?」
「あ、ああ、そうなの?たまにココの絵が見たいなって思ったの」
ビックリした!あの部屋の手前がココのアトリエだから美優姉はアタシがそこに行くと思ったのね。美優姉は勘がいいから気を付けないと。
「アンタが絵?そんなキャラだっけ?」
うっ、鋭い。
「ほら、ココの絵の師匠の家にアタシも一緒に行ったから、たまに気になるんだよ。ちゃんと教わってるのかなって。かなり強烈な人だったからね」
「大丈夫だよ、花音ちゃん。先生はね、絵に関してはすごく真面目なんだよ」
「おいおい、ココ。絵に関してはって、ホントに大丈夫か?」
「うん、もう慣れた!」
ふう、危なかった。今日はやめとこう。
その1時間後、シオりんが帰ってきた。キッチンで夕飯の用意を始めている、来愛がいない今の方が聞きやすいわね。何か病気を隠しているとかじゃなければいいのだけれど。
「シオりん、どこか具合悪いの?」
「えっ?全然大丈夫よ、どうかしたの?花音」
だったらお見舞いかしら。
「今日、市立病院でシオりん見かけたから心配だったんだ。誰かのお見舞いでも行ってたの?」
「……変ね、私、今日病院は行ってないわ、他人の空似でしょう?」
ウソ、絶対ウソ。
「だって……」
「来愛!お夕飯の支度手伝ってくれないかしら」
シオりんは、逃げるようにキッチンを出て来愛を呼びに行った。アタシにはそう見えて仕方がなかった。
《そのね、栞さんの事なんだけど、あまり信用し過ぎたらダメよ》
忘れたかった、お婆ちゃんの言葉が頭から離れない。シオりんはそんな人じゃない、お婆ちゃんの言葉を振り払う様に自分に言い聞かせた。
なんか最近上手くいかないな、響介とだって。
来愛とはあの事件の後、絶対何かあったよね。それに何?来愛のあのイメチェン、反則級だわ。
一華とだってあの8年前の想い人だったんでしょ?
あの大雪の日以来、世界が変わってしまったって言うくらい響介が好きだった子。この前夕飯前に2人で出かけて帰って来た時のイチャつきようは何?
「アタシの気持ち知ってるクセに!」
あーもう、最悪!
アタシ、響介のどこが好きなんだろう。
もう、わかんないや。
次の日言われた時間にお婆ちゃんのお見舞いに病院へ向かった。色々上手くいかないけど、せめてシオりんの事は信じたい!昨日お婆ちゃんが何を言おうとしたのか、今日はちゃんと聞かせてもらおう。
〈そんなつもりはありません!お婆様〉
お婆ちゃんの病室の前に着くと話し声が聞こえた。
お客さん?誰かしら、「お婆様」って呼んでいたような。
コンコン。
17時って言ってたから入っていいんだよね。
とりあえずノックをして扉を開いたアタシはその来客を見て言葉を失った。
「か、花音!?どうして……」
その人はアタシを見て名前を呼んだ。
シ、シオりん……。
「あのね、花音。これはね……その、お見舞いよ。アナタが初めてウチに来た時にお婆様と一緒に来たでしょ、だから、その……」
「あら、栞さん、何でそんなに余所余所しいのかしら?私達身内じゃない」
「!?」
「婆さん、言い過ぎだ。落ち着けよ栞、ちゃんと話せばわかる」
琥太郎がいる?
それに、なんで琥太郎はシオりんを呼び捨てなの?
身内って誰が?
さっきのは聞き間違いじゃない……。
お婆様って、普通他人じゃそう呼ばないわ。
《ねえ花音。栞さんの亡くなった旦那さんの事は聞いた事あるかしら?》
昨日のお婆ちゃんの言葉……まさか……。
アタシは病室を飛び出した。
====== 琥太郎 ======
「花音!待って!」
「自業自得よ、栞さん」
「お婆様!ワザと私達を会わせたのね!」
「栞!早くお嬢を追え!」
なんつーババアだよ、この状況楽しんでんのか?
でも栞も栞だ。なんで慶太郎の事隠してたんだよ。
これじゃお嬢があまりにも不憫じゃねえか。
「今日は慶太郎の月命日さ。昨日花音に教えた部屋は慶太郎の部屋さね。虎、私を軽蔑するかえ?」
「ああ、今回のはやり過ぎだろ。お嬢に慶太郎の事教えるなら、もっと他にやりようあったじゃねえか」
「あの子が下手すぎるんだよ、栞さんがね。隠し事は誰にも知られちゃいけないんだから」
「それにしてもだろ!」
「虎!アンタは栞の肩持ち過ぎなんだよ。慶太郎の親友だからってね。真実を知らないままアンソレイユで生活している花音を不憫だと思わないのかね?」
「それでもよう……」
「アンタの雇い主だよ私は、誰が婆さんだって?ん?私の事は会長と呼びなって言ってるだろ、まあ、名ばかりの会長だがね」
相変わらず、キッツい婆さんだぜ。コイツはまだまだくたばりそうにねえな。
栞、お嬢を頼んだぞ。
====== 花音 ======
はあ、はあ、はあ。久しぶりに走ったな、アタシは一華みたいな運動部じゃないんだから。でも走らずにはいられなかった。
《アンソレイユの1階の奥の部屋、入った事はある?》
アンソレイユに着いたアタシはあの部屋へ向かった。あの部屋をなぜお婆ちゃんが知っていたのか。
今ならわかる、シオりんと身内だったからだ。
お婆様って言ってたあの言葉でもう栞さんの正体が誰なのかは検討がついた。なら、なんで隠してたの?
アタシはまだ僅かな希望を捨てていない。
シオりんを信じたいから。
でも、もしアタシの予想が当たっていたら、あの人はどんな気持ちで今までアタシと接してきたのだろうか。そう思うと心の中が張り裂けそうになった。
お願い何かの間違いであって!
「花音?どこ行くんだよ」
響介。今はアナタと話したくないの。
何かしら、お香?線香の香り?
奥の部屋からするわ。
ガチャ!
玄関の扉が開く。
「ま、待って、花音!入らないで!」
息を切らせて帰ってきたシオりんが、血相を変えて叫んだ。
ああ、そうか。
その時アタシは悟った。
シオりんの旦那さんは……。
線香の香りがする部屋の扉を開けて中に入ると、低いタンスの上に線香と飲み物とお菓子が遺影の前に供えられていた。
その遺影の中の人はアタシの1番大好きで大事な人だった。
そっか、ここはお兄ちゃんのおウチだったんだね。
栞の隠し事は花音とっては裏切りだった。アンソレイユはもう花音にとっては心が安らぐ場所ではなくなっていた。壊れていく花音に響介が放った言葉とは。
次回第45話 サヨナラなんて言わせない
4/18 お昼更新です!




