第43話〜約束の樹の下で〜後編 あの日の2人
ブクマ、ありがとうございます!!!!
====== 一華 ======
「イッチ、ヤバッ!メッチャ速かったよ!」
「ありがとう、翔子。久しぶりに気持ち良く走れた!」
「見てみなよ、神宮寺のあの悔しそうな顔!ヒヒッ」
そっか、神宮寺と一緒に走ったんだっけ。楽しく走れたせいか周りが気にならなかったよ。
「夢野、ちょっと来い」
ヤバッ、まるちゃん(コーチのあだ名)怒ってる?適当に走ったからフォームがメチャクチャだったんだよね。
「今の走り方はなんだ?」
「えっと……」
強面で威圧感、っぱないんだよなあ。悪い人じゃないんだけど苦手なんだよね。
「色々無駄があるがダイナミックでいい走りだったぞ。今回の走りを土台としてフォームを改造しようか」
「は、はい!」
それからは新人戦に向けてハードな練習が続いたが、苦しくはなかった。期待されているのが伝わってくるし、何よりも走る事が楽しかったから。
「イッチ、最近凄いじゃん!全国でも勝てるよ!」
「うん、パパのキーホルダーと響介が買ってくれた靴のお陰だよ。アタシは1人じゃない、だから負けない」
「あっ、キーホルダーとシューズ……ゴメン。あの時はホントにゴメン。悪い事をしたと思ってる。だけどね、イッチ、今は違うから!大切な友達!……イッチはどう思ってるかわからないけど……」
「わかんない?こんなに一緒にいるのに?今部活が楽しいのは翔子がいるからだよ。だってそれまでのアタシは1人だったから」
不安そうな翔子を後ろから抱きしめた。
「イッチ、ありがとう……」
翔子は涙を浮かべている。
「こちらこそだよ」
順調だった、夏休みが明けてから。
ヒビキがそばにいる、贖罪から完全に解放され、あの時と同じ感覚で走れている。
誰にも負けない、はずだった……。
「軽い捻挫だからもう全力で走っても大丈夫なんだが」
アタシは全道大会目前で足首を捻ってしまった。きっと順調過ぎて浮かれていたんだろう。マルちゃんには心配ないと言われたけどまだ違和感がある。
大会まであと1週間、捻挫は治っているはずが、練習中に捻ってしまった感覚が頭から離れずブレーキがかかる。全力を出してるはずなのに今までと何かが違う。そしてまた神宮寺の背中を見る日が続いた。
「足はもう大丈夫なんだろ?一華。明日から帯広だっけ?応援行けないけど頑張ってな」
「ありがとう、美優。うん、全力で頑張るから!」
「私は応援行くからね。一華の晴れ舞台を撮って皆んなに見せないと!」
ママ、張り切り過ぎだから。
「そんな事言って豚丼がメインなんじゃないの?ママ。割りとご当地ものに弱いもんね、シシ」
「そ、そ、そんな事ないわよ!両方大事なんだから!」
「栞さん、両方って……」
正直なママに皆んな笑ってる。アタシもちゃんと笑えてるかな?
アタシは部屋に戻り出発の為の荷造りをした。
コンコン。
「はい、誰?」
「響介だけど入っていい?」
えっ?あっ?響介?
「ちょっ、ちょっと待って!」
今下着準備してたんだから!
「ど、どうしたの?しばらく会えないから寂しくなった?シシ」
な、何?真剣な顔して。
「入るよ」
響介は半ば強引に部屋へ入り、アタシの手を引いてベッドに座らせた。
「横になって」
「えっ?な、な、何言ってんのよ!」
アタシは響介に押し倒された。えっ?えっ?何する気なの!?
「きょ、響介!?」
へっ?
響介に押し倒されパニックを起こしかけたが響介の行動にすぐに我に返る。
アタシの足のマッサージを始めたのだ。
そういうこと?なんて紛らわしい。
「女の子を押し倒して躊躇せず足を触ってくるなんて、随分手慣れてるじゃない?」
「だってお前、マッサージしてやるって言っても断るだろ?」
そりゃそうでしょ、鈍チン!
好きな人にそういう事されるこっちの身にもなってよ!
「マッサージのやり方勉強したから安心して。少しでもいい状態で走ってほしいからさ。それに翔子から聞いたんだ、足捻ってから調子落としてるって」
翔子ってば、響介に言っちゃったのね。
「思えばさ、チーてよく怪我してたよね。転んだり、ぶつけたりしてさ。その度俺がさすったり、絆創膏貼ったり手当てしてたっけ」
そうだった、思い出した。
《いったーい、なんでこんな所にシーソーがあるのよ!》
《アハハハ、公園なんだから当たり前じゃん!大丈夫?チー、痛そう》
《痛くなんかないもん!こんなのヘッチャラだよ!フン!》
《ここ座って、チー》
《なんでよ!座らないもん!》
《ほら!》
《ちょっと、ヒビキ!?》
あの時も強引だったなあヒビキ、痛いのを隠して強がるアタシを無理矢理座らせて、ぶつけた足をさすってくれてたっけ。
「大丈夫だよ、チー。足挫いても、ぶつけても次の日また走ってたじゃん、チーってそんなイメージだったな、ハハ。今思えばとんでもないヤンチャっ子だったよな」
「そうだったっけ?フフ」
穏やかな時間が流れてる。ヒビキの優しさがその手から伝わってくる。
「ありがとう、ヒビキ。もう大丈夫だよ」
「うん、応援行けない分想いを込めてマッサージしたから、きっとジェット機みたいにぶっちぎって勝つさ」
「空まで飛んじゃうかもね。勝つよ、優勝して帰って来るから祝賀会の準備よろしくね!」
「ああ、任せな!それじゃ、明日頑張ってな、おやすみ」
気持ちが軽くなった。ありがとう、ヒビキ。
——大会当日
「不甲斐ないわ、そんなもの?夢野!」
予選をギリギリでなんとか通過したアタシに激オコな神宮寺に説教されて何も言い返せなかった。
「夏休み明けから開花したアンタはどこに行ったの?久しぶりに夢野の背中を見ながら走ったよ。悔しかったけど、アンタに勝てなかった頃を思い出して、ちょっと嬉しかった。アンタに憧れていた時があったから……」
神宮寺にここまで言わせた自分の不甲斐なさが悔しかった。理由はわかっている、全力で走り切れてない理由が。
夏休み明けから色々吹っ切れて、走るのが楽しくなった。結果なんかどうでも良くてただ走るのが楽しかった。でも周りはそんなアタシをほっとかなかった。神宮寺に勝った事により日に日に期待がのしかかってくる。気にしてなかったはずなのに捻挫して2.3日走れなかった時に気付いた焦り。休んでいる間に神宮寺に追い越される……その気持ちは復帰してからも重りのように足に絡みついた。また怪我したらどうしよう……。
本当は悔しかったんだ。初めて神宮寺に負けた時から気にしてないつもりだった、アタシはアタシだと。
でも神宮寺に勝って再び注目されるようになってわかった。
1番じゃなきゃ嫌だと
それは傲慢なの?注目されていたいの?
何でだろう、楽しく走れていたはずなのに、躓いた瞬間、心の隙間に刺さった棘が抜けない。
自分にとって走る意味の本当の壁に当たった気がした。今まで勝てなかった理由を贖罪や響介のせいにしてしまっていた?
ちゃんと自分と向き合って走ってたら、もっと早く神宮寺に勝てたんじゃないのかな?
環境や自分の変化についていけなかった反動が躓いた瞬間に襲ってきたんだ。
なんなんだろう、アタシって。
全部吹っ切れて楽しく走ってたはずなのに、またウジウジ考え始めてる。ホント、ダメなヤツだよ。
そんな状態で迎えた準決勝こそ、ギリギリで通過した。コンマ何秒の世界、運が良かっただけだ。もう奇跡は起きない、足が重い、全国なんて夢だったんだ。メンタル弱すぎだよアタシ。
決勝はもうすぐなんだけど、今は誰にも干渉されたくない。アタシは1人になりたくて競技場を出た。
「浮かない顔してんなあ、優勝目指してるヤツの顔じゃないぜ?」
えっ?
聞こえるはずのない声が聞こえた。
思わず振り向いた視界に飛び込んできたその人は悪戯っぽく笑った。
「なんで……いるの?」
アタシの走る理由。
「豚丼が食べたかったんだよ」
また、悪戯っぽく笑う。8年前と変わらない笑顔。
「学校、サボリたかったんでしょ」
沈んでた心に穏やかな光が差す。
「お前が泣いてる気がしたんだよ」
「な、な、何でよ!泣くわけないでしょ!泣く理由なんて……」
彼の優しい声に心が震えた、涙が頬を伝う。
止まれ、止まれ、止まってよ……。
「ホント、素直じゃないんだから。変わんないね、意地っ張りなとこ、やっぱ怪我の事吹っ切れてなかったんじゃん」
それからアタシ達は時間まで他愛のない話しをした。そう、いつもと変わらないただの他愛のない会話。でもそれは思い掛けない小さな奇跡で、アタシに魔法を掛けた。そしてその魔法は踏み出す勇気をくれる。
「あっ、そろそろ時間だ、行かないと。ありがとうヒビキ、優勝するからちゃんと見ててよ!」
「いや、帰るよ」
えっ、何でそんな事言うの?
「冗談だよね、ア、アタシの為にわざわざ来てくれたんでしょ?」
帰るなんて言わないでよ。
「わざわざ見るまでもないよ。チーが勝つに決まってんだから」
彼は空を見上げた。
「チーは地上最速だもんな!チーターなんだろ?」
「あっ……」
忘れていた遠い記憶が紐解かれる。
《待ってよ!一華、速過ぎるよ!》
《アハハハ、アタシはね地球で1番速いのだ!》
《チーターよりも?》
《チーターなんかアタシの足元にも及ばないのだ!》
《ウソだー、チーターは地上最速なんだよ!人間なんか勝てっこないんだよ!》
《うっ、そ、そんなことはない。まあ、しょうがない、引き分けにしとこう……》
《ハハハハ、何それ?じゃあ、一華は今日からチーターだね。チーちゃん!チーターのチーちゃん!》
「フフ、そうだったね、チーターなんかアタシの足元にも及ばないんだから!」
「だから俺は待ってるよ」
「えっ?」
「明日帰って来るんだろ?」
「うん……待ってるって?」
「あの場所で、あの樹の下で待ってるから」
あっ……。
それはいつも約束してた公園の大きな樹。
その樹の下でヒビキは待っていた。
だからアタシはいつも全力で走って会いに行った。
あの約束の樹の下へ
「居た!夢野、何してんのよ、走る気ないの!?」
「神宮寺……そんなわけないでしょ、優勝候補筆頭なんだからアタシ」
「準決ギリギリで通過した人のセリフ?えっ!?今の響介じゃない!?ウソ、来てたの!?」
「そんな訳ないじゃない。学校サボってわざわざ帯広まで来るバカなんていないでしょ」
「そ、そうね。夢野、何か良い事あった?妙にスッキリした顔してるけど」
「終わったら豚丼食べたいなって」
「決勝に集中しなさいよ!」
ありがとう、ヒビキ。今度こそわかったよ、アタシがなんで走っているのか。
待っててね、あの樹の下で
————————————
「ただいま!行ってきます!」
「待ちな、一華!おめでとうくらい言わせなよ!そんなに慌ててどこに行くのさ」
「公園!ゴメンね、美優。急いでるの!」
隣り町とはいえ10kmは離れてる。バスに乗り、逸る気持ちを抑え……切れない!
バス遅い!走った方が速いんじゃない!?
バスを降りて見慣れた風景を走る。トルデリを過ぎてその角を曲がれば……。
見えた!久しぶりに見た公園は小さく見えた。あの頃は大きく見えた公園もあの樹もそれほど大きくなくて、当時とのギャップに少し戸惑う。
でも、そんなのはどうでもよくて、樹の下に座る彼が愛おしく思えた。
ヒビキ!
あの頃と同じ変わらない笑顔、高鳴る鼓動。
変わったのは……。
「チー!やったじゃん!おめでとう!」
アタシは彼の胸に飛び込んだ、今日くらいいいよね?
アタシ達が出会った場所。
8年前に止まった時計を動かそう、前を向いて進む為に。
「ヒビキ、聞かせてほしいの。ヒビキの気持ちを」
アタシは知っている、キミの中に誰がいるのかを。
アンソレイユに再び暗雲が立ち込める。栞の隠し事が1人の少女の運命を狂わせる。
第44話 隠し事の代償 4/13 お昼に更新です!




