15.5
生まれて初めて計画書というものを見た。
いや、作った。
こんな風に細かく書き出していくのか。
こんなにもきちんと書いていれば抜けはないだろう。
こんなに真面目な仕事は見た事がねぇ。
俺の嫁は几帳面だ。
なんでもランに合わせるつもりだが、この文字の量は俺には無理だ。
目がチカチカしてきた頃、ようやくランは納得して作業が終わった。
「まずはこんな感じで行きましょう。また思いついた事があったら足していけばいいし」
まずは? また? まだこれ以上あるのか?!
もう訳が分からない。ランの国の仕事ってぇのはどんなレベルなんだ!
驚愕していると、のんきな声が続いた。
「レオンお腹がすきましたね、休憩がてらご飯を食べに行きましょうか♪」
なんにしても休憩らしい。助かった。
俺にはこれ以上できない……。
飯を食ったら、家を買った仲介人を訪ねる。
寮にする家を買うためだ。
訪ねると、丁度いい物件があるとさっそく案内された。
途中であのガキを拾う。
ごちゃごちゃうるせぇな。黙らせて馬車に乗せようとすると、仲介人が嫌な顔をした。
まぁわかる。ガキは小汚ないからな。迷惑料を握らせた。
……何故かランがうっとりと見てくる。
今の何にそういう顔をする要素があったのかわからねぇ。
まだまだわからない、ランの不思議だ。
しばらく馬車に揺られて、案内された先の屋敷はまぁまぁだった。
郊外に建つ邸は大きくてガキが何人来ようが大丈夫そうだし、敷地も広いからこのまま馬舎も馬車置き場も作れるだろう。
ランも気に入ったようで購入を決める。
ついでにガキの気持ちも決まったようだ。
決めたならやってみろ。
安心しろ。ランの言う、サポートってやつをやってやる。
さっそくアーサーに初仕事だ。
翌日、アーサーの周りにいるガキらを連れてこさせる。
連れられてきたガキは、小せぇのからそこそこまで、ざっと五十くらいか。
王都の孤児はこんなもんじゃねぇだろう。たぶんガキらにもストリートごとに縄張りがある。
アーサーの縄張り内のガキらは幸運だったな。
痩せて小汚いガキらに飯を食わす。
こいつらが一月もすればだいぶマシになるのを俺は知っている。
きちんとした環境でしっかり教育すれば、誰だってちゃんと働ける。
ランの言う事は本当だ。
だけど今回はちょいと大変だろう。
今までは二~三人ずつだった。今回は五十だ。
まぁ、やると決めたならやるけどな。
飯が食い終わったら、ガキらに気持ちを決めさせる。
こいつらはずっと騙されたり奪われたりばかりだっただろう。ここに来たのだって仲間内のアーサーに連れて来られたからだ。そうじゃなかったら来なかっただろう。
疑って見極めることは必要だ。
しっかり考えて、今までの生活か、新しい人生か選べ。
ウロウロと迷っていたガキらは、アーサーの一声で気持ちを決めた。
くるならしっかり育ててやる。ランがな。
俺はランのサポートを全力でやってやる。
そいつが一番間違いなくガキらのためになるのだから。
◇◆◇◆◇◆
変な二人と知り合った。
俺たちみたいなもんが、表通りの奴らと知り合うなんて事はない。
だけど知り合った、という言い方しかできない。
この二人、特に女が変だ。
大男の方は変というよりヤバい。逆らっちゃいけねぇ空気がビンビンに出ている。
おっかねぇ。
普段だったら絶対近寄らなかったそんな奴らに仕掛けたのは、その時は大男の気配がしなかったからだ。わかっていたら絶対に仕掛けない。
女にぶつかって、いつものようにスリ取ろうとした時、いきなり首根っこを摘み上げられた。
逃げようと暴れる俺を一言で黙らせ、おとなしくさせる恐ろしい声。
この年になって漏らしそうになった。あの時は本当にヤバかった。
女のおかしな話と大男の恐ろしい圧に、現実のものとは思えなかった。
夢か?
いや、そんな可愛いもんじゃない。きっと死後の世界だ。
ちょっとの間、本気でそう思った。
現実離れした二人と、女の話。
あまりにも嘘くさいので、一周回ってアリなのか?と、訳が分からなくなった。
普段だったらすぐに忘れてしまう与太話が妙に気になって、次の日あの二人を探していた。
会えるかわからなかったけど、食いもんを探す以外やる事もない。
スリは昨日失敗したからやる気にはならなかった。
半日くらい、流れる人波を眺めていた。
腹が減った…。まぁいつもの事だけど。
喉も乾いてきた。共同井戸に行こうかと諦めた時、あの二人が見えた。
女は気の抜けるような挨拶を言って、ついでのように俺に食い物と飲み物を渡してきた。
当然疑う。
無駄な時間だった。
まんまと受け取って食う事になったからな。
こいつら何なんだろう。
生まれて初めて、人に興味を持った。
この二人がずっと頭から離れなかった。
あんな美味い話が本当の筈がない。
でも…。
あんな変な奴らだ。もしかしたら、そのまんまの意味じゃなくても、もしかしたら…、少しだけ、もしかするかもしれない。
頭の中でグルグルしていた。
次に会ったときは馬車に乗せられてどこかに連れていかれた。
チラリとだけど、初めて金貨を見た。
俺のために金貨を使ったのか?俺にそれだけの価値はねぇよ!これヤバくないか?生きて帰れるか?
後から思い返そうにも、緊張で記憶が飛んでいる。
ついた先では、でかい屋敷を即決で買っている。
いったいいくらなのかわかりようもないけど、こんなものを買える人たち…。
別の世界の人間だ。これは考えるだけ無駄だ。
この時はもうすでに、この人たちの下につこうと思っていたのかもしれない。
だけどもう一押し、今までの暮らしで信じきれない気持ちがあった。
美味い話に飛びつくのは危ない。だけど
「なぁに、ガキなんぞいくらでもいる。人員は豊富だ」
「やるよ! コンチクショー!」
とっさに叫んでいた。
俺だけじゃない。俺と一緒に、這い回るように生きているあいつらも、今よりマシな暮らしできるかもしれない。
同じ裏道に生きている、ケンカもあるけど、あいつらは家族みたいなもんだから。あいつらと一緒にあそこを抜け出せるなら。
微かな希望に賭けてみた。
賭けは大勝ちで、俺たちは思ってもなかった程まともな人間になった。
いや、まともななんてもんじゃない。
ランさんとレオンさんが興した商会は大国でも有数の大商会になって、俺たちは成功者と呼ばれるようになった。
けれど、それはまだまだ先の話。
ランさんとレオンさんには感謝しかない。
感謝できる人生になれた事にも感謝だ。




