9.5
恋人との幸せな時間を過ごし、満たされた思いで共寝をしてしばらくすると…、ランが熱い事に気づいた。
発熱か?! 何でだ?!
ランがひ弱という事はよくわかっている。だから大事に大事に大事にしたし、想いの丈をぶつけるなんて事もせず、ずいぶん我慢もしたというのに。
あれでもまだ足りなかったというのか?
…これからを思うと泣きたくなった。
いや、そんな事より今はランだ。
熱自体はそれほど高くはないが、ぐったりとして目に力もない。
このまま死ぬなんて事はないだろうが…、いや、わからない!ランのひ弱さはいつも俺の考えの上を行く。
ランが死んでしまったら…。
チラリとでもそんなことを思ったら、目の前が真っ暗になった。
何でもする!何でもするから!!
神というものが本当にいるのなら、頼む!ランを連れて行かないでくれ!
ランを元気にしてくれ!!
俺は生まれて初めて、神に祈った。
幸い、コメで作るオカユとやらを食べたランは翌日には熱も下がり、元気になったように見える。
いや、わからない。ランのひ弱さは想像もつかないからな。
ランを失うかもしれないと思ったあの時の恐ろしさは、生涯忘れることはないだろう。
それに…。
もう二度と、あんな風に泣かせたくなかった。
母親を呼び、泣きながら眠らせたりしたくない。
笑顔で礼を言うランに、これからもずっと笑顔でいられるように、もっと頑張らねばと強く思った。
元の世界より俺を選んでよかったと、幸せだと思ってもらえるように。
「レオン、結婚の届け出がしたいです」
惚れた女にそんなことを言われて嬉しくない男はいないだろう。
俺はにやけそうになる顔に力を入れてランと教会に向かった。
途中、服屋に寄ってくれと言われる。
道々聞く話によると、ランの国では結婚式というものをし、そこでは白いドレスを着るんだそうだ。
「二人だけの式だけど、レオンにはちょっと綺麗な私を見てほしくて」
はにかみながら言うランが可愛すぎる!!
俺はますます顔に力を入れなくてはならなくなった。
何軒目かの店で気に入った服を見つけたランは、そのままそれを着て行けるよう店員に話しかけた。
「もしかして、これから結婚式ですか?」
店員の問いかけにランが答えると、あとは早かった。どんどん結婚式の身支度が進められていく。驚いた事に俺も支度をさせられた。
結婚式というものはこのロートゥス領が発祥だそうで、誇らし気な店員からは並々ならぬ情熱を感じられる。
ランがよければ何でもいいか。
俺は言われるまま支度を整えた。
そうして特に何も思いもせず待っていた俺は、支度を終えたランを見て…。
見惚れて。 ただ、見続けていた。
「新郎様ったら!花嫁様があんまりお綺麗なので言葉も出ないんですね!」
店員の声で我に返る。
あぁ。本当に綺麗だ。
とてつもなく綺麗なこの女が、俺の嫁になるのか?!
今更だけど、こんなに綺麗な女が俺を好いてくれているのか?!
頭の中は色んな思いが飛び交っていたが、俺は一番思った事を口にしていた。
「あぁ、ラン…。すごく綺麗だ」
ランは輝くような笑顔になった。
俺はまた見惚れた。
こういう格好のせいか、教会までの道では知らない奴らから祝福の声を掛けられた。
好意に慣れてない俺は、こういう時どうすればいいかわからない。
ランは嬉しそうに礼を返している。
…何だかいいもんだ。
あまりにも『おめでとう!おめでとう!』と言われるからか、妙に気分が高揚してきた。
こんな感情もランと出会うまで知らなかったものだ。
こんな気持ちは…
「レオン、こんなに祝福されるなんて、とっても嬉しいですね!」
「…あぁ」
そうだ、嬉しいというものだ。
嬉しくて、きっと、幸せというものなんだろう。
自分にこんな日がくるなんて。心の底から熱くなった。
教会には初めて入った。
神に祈りをささげた事なんざないからな。
今までどこに行こうが、どこにいようが緊張した事はない。
あぁ、初陣の時はさすがに緊張したか?
でもまぁ、そんな役にも立たないもんを続けていられるほど戦場は温くない。
その俺が。信じてもいない神の前で愛を誓う、とか、背中を伝う汗が半端ねぇ。
なんだこの緊張は?
目の前に立つじいさんが穏やかに問う。
「レオン、ランを生涯愛すると誓いますか」
「誓う!」
誓うとか誓わないとかそんなんじゃねぇ。ランは俺の、この先を生きる意味だ。
一回きりの生涯だけじゃ足りないね。その先があるのなら、いつまでもいつまでも心底愛し続けるだろうよ。
そんな思いが声を大きくさせた。
礼拝堂に思い切り響く自分の声が恥ずかしかったが、言ったことは本心だ。
「ラン、レオンを生涯愛すると誓いますか」
「はい。誓います」
身体が震えるほどの感動というものも初めて知った。
初めてランが俺を好きだと言ってくれた時は頭の中が真っ白になった。
今でもその時の記憶は定かではない。
それとは違う、他人に、俺を想っていると言ってもらえた嬉しさとでもいうのか。こんな俺を愛すると誓ってくれた事なのか。
この感動をどういったらいいかわからねぇ。
そのまんま結婚証明書にサインをしたもんだから、文字までブルブルしちまった。
戦うだけが能の傭兵だったが、身を守るために文字を覚えた。
文字が読めず騙されて悲惨な目にあった大人たちをずいぶん見たからな。
そんな訳で、俺は一応字が書ける。
これまで幾度となく書いてきた自分の名前なのに、よりによってこんな大事なものが一番下手くそになってしまった。
『蘭』の文字は初めて見るものだった。当たり前か。
よし!この文字はしっかり憶えた!
内心浮かれていると、聞こえた声に、いきなり冷や水をぶっかけられた心持ちになった。
「へ~、レオンってこういう風に書くんですね~」
言いながら、結婚証明書をジッと見ている。
見ないでくれ!!それはだいぶマズイ字だ!いつもはもうちょっとマシなんだ!!
と、言いたいけれど言えずに…、本日二度目の変な汗をかいた。
まぁそんな風にしまらない結婚式になってしまったが、ランは俺の嫁になった。
ランを生涯愛するのは当たり前だが、ランを幸せにする事を、この場でもう一度強く誓った。




