第64話 『女魔術師』、そつなく行動する
「う、うう……。ノエリア……さん? ああ――、アンが――」
ノエリアがユリアに声を掛けると、反応があった。が、かなり消耗しているようで、顔色はよくない。
「足の出血がひどいですね――。でも、大丈夫。心配しないでくださいね」
ノエリアはユリアにそう優しく声を掛けた。
「わ、わたしは、大丈夫です。それよりアンの容態が――」
青白い顔をしながらも気丈にパートナーを気遣うユリア。だが、こちらもまずは出血を止めないと、危険な状態に陥るだろう。
「大丈夫です、私を信じて。とりあえず出血を止める処置をします。それからアンさんの容態を見ますから――」
ノエリアは努めて冷静にそう答えた。
「――すいません……、お願いします――」
ユリアも少し落ち着きを取り戻したようで、ノエリアの指示に素直に従う。
ノエリアは即座に『修復魔術式』を施す。
数秒が経過し、傷の修復が完了したことを確認する。
「――よし、傷は塞がったわ。まだ痛むだろうけど、もう少し我慢して。とりあえずこれを――」
そう言いながらノエリアは腰のポーチから『上級回復小瓶』を一つユリアに渡す。
「これは――。こんな高いもの……」
『上級回復小瓶』を目の当たりにしたユリアが、少し遠慮するそぶりを見せる。
「そんなこと言ってる場合ですか! それより、それを飲んで動けるようになったら、少しでもここから離れてください。できれば一人で連絡通路まで下がって――!」
「は、はい! ごめんなさい!」
ノエリアは敢えて強い語気でユリアを叱責する。ユリアもそれに少し驚いたようで、小瓶の口をポキリと折ると、それを口にくわえた。
「まずは生きて帰るんです。それからのことはその後で考えればいいんです。わかりましたね、ユリアさん」
ノエリアはそう言い残すとまだ地面に伏せているアンの元へと駆け寄った。
「アンさん! 聞こえてますか――!」
「――――」
反応がない。が、息はまだある。
(やっぱり、こっちの方が重傷でしたね――。たぶん、腰——かな)
状況から見て、ユリアを庇って背後から強烈な打撃攻撃を受けたのだろう。
(下手に動かすと、その反動で大出血ってこともあるからね。ここは慎重に――。それにしてもレンさん、よく『超聖水』がユリアさんのポーチに入ってるってわかりましたね? でも、おかげで、『上位回復術式』が使えます!)
ノエリアの本職は『魔導士』である。ゆえに、『回復術式』は専門ではない。
(――でも、魔術を扱う者として、『回復術式』だって一応身に付けているんですよ! 『触媒』があれば、こんなことだってできるってわけです!)
ノエリアは躊躇うことなく『超聖水』の栓を抜くと、それをアンの身体に振り掛ける。
――癒せ癒せ、精霊の加護をもって、かの者の傷を癒せ。我の名は、ノエリア・ヴァイオレット。我、供物を捧ぐ。大地の精霊ジュダイトよ、そなたの力を余すところなくこの者に捧げよ――。
――『生命力増幅』!!
ズクン! と、一瞬アンの身体が跳ねる。が、次の瞬間、アンの青白かった顔色に明らかに赤みが戻ってくるのが窺えた。
(よっし! 成功しましたよ! これで、あとは少しの時間があれば――)
「――ユリアさん! レンさんの言いつけをよく守りましたね! おかげで、アンさんも大丈夫、助かりますよ!」
ノエリアはユリアの方を振り返り、まだおぼつかない足取りでそれでも必死に後退しているユリアに向かってそう叫んだ。
恐らくだが、あの『超聖水』はレンさんがユリアに言い含めておいたものなのだろうと、察したからだ。
ユリアは一瞬だけ振り返って、
「は、はいっ! ありがとうございます!!」
と、確かな声色で返答してきた。
(ユリアさんも一人で下がれそうですね。あとは、【アース・ドラゴン】だけですけど――)
ノエリアは顔を上げて迷宮の先の方を見やった。
戦闘の状況としては、すでに大勢が決しているようで、レンさんとロジーナさんの連携攻撃が次々と【アース・ドラゴン】にヒットしている。
(――って。心配する必要なんてなさそうですね。じゃあ、アンさんの回復を少しでも速めるとしますか――)
ノエリアはそう決断すると、『治癒』の術式をアンに施し始めた。
そこからはもう、二人の方に視線を移すことはなかった。
自分の仕事は「そちら」には無いと理解しているからだ。
ノエリアは、少しでもアンの再生速度を速めるために、施術に集中することにした。
「――これで最後だぁ! おらぁ!!」
数秒後、ロジーナさんの声が聞こえてきた。そして、ずぅぅぅん、という何かが倒れ伏す震動音。
どうやら「そちら」も終わったようだ。




