第62話 『女士官』と『神聖女』、初めて喧嘩する
はぁ、はぁ――。
なんだか今日はいつもより体が重い。
『石牢の迷宮』の攻略も三回目になる。今日は最終エリアである7~9階層を攻略して、最奥のボス【幽鬼の統率者】を打ち倒し、レンさまに攻略完了を報告する予定だったのに――。
「――ユリア、あまり調子が良くないようだけど、大丈夫か? 体調がすぐれないなら、今日は――」
アンが言おうとしていることを察したユリアは、思わず苛立って言い返してしまう。
「アンこそ!! ぜんっぜん、集中していないんじゃない? 私、さっきから結構フォローしていると思うのだけど?」
「うっ……、そ、そんなことは――」
「ないって、正直に言えるの!? 今朝、ギルドで聞いた話のせいで、集中できていないんじゃなくって――!?」
「そ、それは! ユリア様こそ――! ああ、もう! そうですよ、認めます! あんなことを聞いたら、動揺しないなんて嘘になるじゃないですか!」
アンがそう認めたことで、ユリア自身もそれを受け入れるしかなくなってしまった。
「――どうなんですか、ユリア様。ユリア様だって、集中できていないように見えますよ?」
「――そ、そうね……。なんだか今日は、やけに体が重く感じているわ」
「やはり、今日は引き返しましょう。幸いまだ4層です。ここから戻っても、大した脅威になる魔物は現れません」
「ええ、そうね。残念だけど、今日は諦めましょう。アン、ごめんね。大きな声を出してしまって――」
「いえ、こちらも、思わず苛立ってしまいました。ユリア様、どうかお気を悪く――え……?」
「――ん? どうしたの、アン?」
「ユリア、気を引き締めて――。この気配……。相当な強敵です――」
「え? どこから――」
「この先——です。気配を押し殺して、後退しましょう――」
「う、うん……。でも、どうして――」
「わかりません。レン殿の情報にはなかったように思いますが――。『突発的変異』かもしれません――」
ユリアも少し感じている。
この気配は、これまでに対峙したモンスターよりも明らかに異質な気配だ――。
「そっとです――。ユリア様、気を付けて――」
「ええ……、わかってるわ。——あっ!」
どさぁ!
あろうことか、ユリアは、その場で足がもつれて倒れこんでしまった。
「ユリア様! だいじょうぶ――ぐわっ!」
ユリアの方に駆け寄ったアンが、何かの攻撃を受けて数メートル吹き飛ばされた。
「アン!!」
「ユリア様!! 逃げて!!」
え――。
ずんっ――。
ユリアの足に、重いものを叩きつけられたような衝撃が走った――。
あ、ああ――。
恐る恐る、自分の足を見やるユリア――。
しかし、その視線の先に見えたものは、目を疑うような光景だった。
(あれ――? 足の感覚が――ない?)
ユリアの左足の膝から下が真っ赤な鮮血に染まっている――。
「いやぁあああ――!! あ、あしが! あしがぁ!!」
「ユ、ユリアぁ!! くっ!! この、バケモノめぇ!!」
アンが剣を抜き、ユリアのそばまで駆けてくる。
そして、ぶんと剣を斬り上げる――。
ざくっという音——。そして、咆哮——。
ぐうぅううおおおん――!!
初めて経験する体がこわばるような感覚――。ユリアは『恐怖』を感じているのだ。
「ユリア! しっかり! 痛いだろうけど、立ち上がるんだ!」
「う、くぅっ! アン! だ、大丈夫! 立てるわ!」
「我慢して! まずは離れましょう!」
「んっ、くああっ――!!」
ユリアは痛みに思わず声を上げてしまう。だが、歯を食いしばって立ち上がった。
「ん、くっ! こ、こんなところで――! 私は、死なないわ!」
「もちろんです! 死なせません!」
アンがユリアの腕を肩に担いで、駆け始める。ユリアは気を失いそうなほどの痛みに耐えながら、アンに身体を支えられつつ必死に足を動かした。
「――もう少し!! 階層連絡通路です! あそこまで辿り着けば――」
アンがユリアに向かってそう叫ぶ。
階層連絡通路は魔物が侵入できない『安全地帯』だ。
ダンジョン共通の『仕様』として、ギルドの訓練課程でもそう習った。
――どかぁっ!!
「きゃああっ!!」
「ぐぅああっ!!」
いきなり、背中から何かに押し出されたような圧力を受け、二人はもつれるように地面を転がる――。
「う、うう……。アン!?」
「うっく……。ゆ、りあ、もう少しです、に、げ――て……」
「アン――!! しっかりして――!!」
そう叫ぶユリアの視界が急に薄暗くなった。
「あ、あ……」
ユリアは絶望に打ちひしがれながら、振り返る――。
うごぉおおおおあああ!!
びりびりっ――と、身体がしびれるような感覚が再びユリアを襲う。
ユリアは目の前に覆いかぶさる『怪物』を、ただ食い入るように見つめることしかできなかった。




