第60話 『漆黒の将軍』、城下町を物色する
アジムサルは、サウスリーゼ王城の城壁内を物色してまわる。
だが、結局、目ぼしい『女』は見つからなかった。
今朝夜明け前に始まった本軍による王城攻略戦は、あっけないほどに短時間で終結した。
戦闘開始後、ある程度の時間が過ぎた頃、アジムサルのもとに届いた報告によれば、国王とおぼしき男の首をもって、敵兵のそれなりの身分のものが投降してきたという。
(その首が国王のものだとは限らんだろうが……。まあ、それでも、この国が滅んだことには違いない――)
たとえ『替え玉』だとしても、公には国王が討ち取られたと伝聞が広まることになる。
財をすべて失った国王のもとにいつまでも兵や貴族が残るはずもない。
古今東西、逃亡した国王がその後、王国を復活させた例を、アジムサルは耳にした記憶がない。
(結局は、『力』か『金』のどちらかが必要なのだ。どちらも失えば、『ただの人』になる――)
何も得られない。何も守れない。何も産み出せない。そういう「ただの人」に。
アジムサルは不意に襲ってきた感傷に胸の痛みを感じた。
(だから私はここまで登り詰めたのだ――。だが、ここで終われはしない)
まだ『先』がある――。
そこまで自分が生きていられるのか、そうでないのか――。
ふと、リナの顔が頭に浮かぶ。
アジムサルにとっては初めての経験だ。
今日も帰ったらリナはまだいてくれているのだろうか――。
(昨日の晩、余計な事を言わなければよかったか――)
リナがそこに居たいというのなら好きにすればいい。
これまでの女どもは、隙を見せれば皆逃げて行った。
もちろん、それを追うことなどしない。それほどの価値を感じなかったからだと、今までそう思って来たが……。
(リナが逃げ出したとしても、やはり、追わないのだろう、な――)
城下町には人っ子一人見かけなかった。
家財道具は全てそのままで、着の身着のままで脱出したのだろう。
これまでの街でも、私が『前哨戦』を仕掛けたあと、少し時間の猶予をやってきた。そうすることで、今の生活を諦め、命を永らえることを選ぶ覚悟を持つに至る者は多い。
未練を引きずり、前に進めないものは、残念だが、『力』に押しつぶされるのだ。
(まあまあ優秀な王だったのだろう――。いや……。王ではなくその男か――)
これだけの城下町でありながら、限られた時間内に住民をすべて避難させるには、相当前から準備を行っていなければできないことだ。
王の首――。
『替え玉』となったその男が『全て』仕組んだのだろう。
やはり、戦乱の時代を生きてきた先人たちの覚悟にはいつもいつも感服させられる――。
(だが、その男も、ここで『諦めた』のだ。自分の命を差し出すほかないと――)
『諦めれば人は死ぬ』。
もちろん、そうでなくとも死ぬことはある。
が、そうでない場合は、生き延びるものも居るのに対して、『諦めた場合は100人が100人とも死ぬ』のだ。
だから私は諦めないと誓ったのだ。
自分は生きれるところまで生き抜く。
だが、それがいつ来たとしてもその覚悟はできている。
『前哨戦』の前に行う『儀式』は、自分の運がまだ尽きていないことを確かめるためのものだ。
副官のグアルディオルにとっては、冷や汗ものだろうが、私にとってあれは無くてはならないものなのだ。
そして、夜は『女』を抱く。
これも、今日を生き残った自分が、明日を迎えるための『儀式』である。
(そんなことを言っても、誰も理解してはくれぬだろうがな――)
『漆黒の将軍』アジムサル・レンガル――。
本当の実年齢はまだ25である。が、年齢は幾らかかさ増しして、29だと言ってある。
皆の目に映る『漆黒の将軍』は、戦場においては男勝りの剣技体術を会得した戦士であり、勇猛な司令官であろうが、それは戦場にあればこそである。
アジムサルが鎧甲冑を外した姿を、テントの外で見せることはない。
もちろん、女であることを隠しているつもりはない為、知っているものは知っている。
アジムサルのことを女だと知っているものの多くは、年齢の割に幼い顔立ちをした同性愛者とでも映っていることであろう。
(自分は男とか女とかどうでもいいのだがな――)
体格には恵まれていた。
身長は180ほどあるから、女の中では高い方だろう。
体つきも頑丈で、基礎的な骨格も少し大きめだ。
(父母には感謝している――。ただ一つ、『同性しか愛せない』ということを除けば、だが)
「将軍! こちらにおいででしたか。軍司令部から通達です。すぐに本営まで来るようにとのことです」
「わかった。すぐ向かう。お前は先にそう伝えて来い――」
アジムサルはそう告げると、アジムサルの言葉に即応し走り去ってゆくその兵士の背を追うように歩み始めた。




