第58話 『将軍』と『槍の英雄』
「レンガル将軍。今回もやるおつもりですか――?」
アジムサルの副官である、グアルディオル・ハイマールがそう問いかけてくる。
アジムサルは、正面の城壁の方に顔を向けたまま、目線だけを右へ向けてグアルディオルの顔を見つめる。
「グアルディオル――。何度言えばお前は理解するのだ? あれは、私が戦場で『生きる』ための儀式なのだ。よって、これ以降もやめるつもりなど一分もない――」
「ですが、万一、将軍が――うっ……。いえ――、理解してはいます。ですが、たとえそれが百に一つ、いや、万に一つであったとしても、敗戦の可能性を削るのが私の役割と心得ております。この進言だけは私も退けませぬ――」
グアルディオルが途中で言葉を詰まらせたのは、アジムサルがその眼差しの鋭さを増したためだろう。
もちろん、アジムサルもグアルディオルの真意など、とうに理解している。
「ならば、お前の役目を、私が敗れた後にこそ示せ――。よいな? 参る――」
これもいつものやり取りである。
アジムサルは、馬にもまたがらず、そのままただ歩み進む。
そして、軍勢より十数メートル進み出ると、固く閉ざした城門に向かって叫びかけた。
「我は、ディガルゼン帝国東征将軍、アジムサル・レンガル! 我と一騎打ちをする気概のあるものはおるか!? 仮に我を討ち果たしても、帝国軍の進行は止められない。しかし、もしそうなれば、我ら前哨部隊はこのまま一旦引下がり、5日の猶予を与える。その間に、投降もしくは逃亡するも良しとしよう。どうだ? やってみるか――!」
事前に申し入れはしてある。
向こうにそのつもりがあるのなら、すぐにその者が現れることだろう。
「たれかある――!」
オウ――!!
と、城門の方から声が上がった。声の感じからして、それなりの年齢の男だろう。
(やはり、出てくるか――。ウィリアス・ルクセンドール。王国軍随一の槍術の使い手、か)
年齢は40代半ば――。戦士として脂の乗り切った年齢といってもいいだろう。
(相手にとって不足なし――)
ぎぎぎ、と、音を立てて開く城門。そして、一人の長槍を担いだ男が現れる。
「ウィリアス・ルクセンドールだ。お前がアジムサル・レンガル将軍か――。みれば、まだ若い小娘のようでもあるが――。それは見せかけだけか……。俺が勝ったら、本当に5日の猶予をくれるんだろうな?」
「命を懸けるのに嘘偽りなどあるはずもなかろう」
「いいだろう。なら――、俺がここでお前を止めてやる――っ! 参る!!」
言うなり、ウィリアスの直線突き一閃——。
アジムサルは剣を抜く暇すらなく、ただ、首を少しずらして直撃を躱す。
「いまのはあいさつ代わりだぁ! 次は外さない!! おらぁっ!!」
直線突きを引き絞るや否や、今度は胴突き――。
体をいかばかりか反らしているアジムサルにとって、このタイミングで胴を狙われれば、かなり躱しづらい――と、相手は見たのだろう。
が――。
ぎぃん――!!
と、金属が打ち合わさる音。
アジムサルの剣が、ウィリアスの槍の切っ先を見事に受け止めた。
「くぅ! まだまだぁ!」
そこからウィリアスは、疾風のごとく連続突きを繰り出してくる。
一突きでも喰らえば、それだけでアジムサルの敗北が決するだろう――が。
「ふん! ふん! ふん! くそ! 当たらない、だと!?」
アジムサルは、すべてを見切り、躱し、受け、往なし、弾いてゆく――。
「くっ――。小娘、お前、噂以上のバケモノだな――。だが、俺だって、それなりにバケモノだって言われてきたんだァ!!」
ぐるんと回転するウィリアス。槍の先端が一瞬、ウィリアスの身体に隠れ、アジムサルの視線から消えた。
「これなら――どうだぁ!!」
ずぉっ――と、アジムサルの耳に、空気が裂ける音が響く。
(これは最後に、いいものが見れた――。これほどの突きは、初めて見る――)
一瞬、頬が緩むアジムサル。
「お前——、そんな顔も、できる、のか――よ……」
ウィリアスがアジムサルの眼前でそう呟いた。
「ウィリアス・ルクセンドール。噂に違わぬ槍術であった。楽しかったぞ――」
「ふっ。なんでお前、戦場なんかにいるんだよ……。女なら――」
そう言ったウィリアスがそのままアジムサルにもたれかかって来た。
アジムサルはそれを受け止め、そしてゆっくりと、地に寝かせる。
土の上にはウィリアスの腹から流れ出た血が、一筋の川を作っていた。
うおおおおお――!!
と、鬨の声が上がる。アジムサルの同胞たちが吠えたける声だ。
『レンガル! レンガル! レンガル!』
そしてそれは唱和へと変わってゆく――。
アジムサルは血の付いたままの剣を高く掲げた。
「前哨戦だァ!! 全軍、突撃ぃ――!!」
掛け声とともに、1000の軍勢が城門に向かって、わぁっと津波のように押し掛けていった――。




