第57話 『将軍』と『貴族の少女』
神聖歴2106年春。
サウスリーゼ王国にて——。
ディガルゼン帝国の侵攻が進んでいた。
帝国軍は、西の国境を越えると、スアル砦を攻略。そこから一度北進し、バグネーデ関門を抑えると、そのまま東進してアッシノ砦も攻略し、ついに、サウスリーゼ王城城下町サウスリムのすぐそばまで迫ってきた。
サウスリーゼ王国内各地には、帝国軍斥候部隊がすでに浸透しており、王国内各地の軍事行動や反帝国運動の気運を統制しつつ、王国関係者の脱走に目を光らせていた。
「――将軍。農林大臣のジャスパス公爵を捕らえました。公爵は簡易牢に収監いたしております」
帝国軍営のテントの中、一人の帝国兵士が将軍アジムサル・レンガルにそう報告した。
「そうか。公爵を捕らえた斥候部隊全員に後日褒賞を与えると伝えおけ――」
「はっ、仰せのままに――。それと、公爵の娘は将軍のテントに連れておきました」
「うむ」
「それでは、失礼いたします――」
そう言った兵士が軍営本部のテントから出てゆくと、アジムサルはおもむろに立ち上がり、自分のテントへと向かう。
たしか、公爵家の娘の年齢は17とか言っていた――。
まだ少し熟れる前といったところだが、金色の長髪が美しいと噂があった。
(戦争をやってて、この瞬間が一番たまらない――)
戦争の中なら、勝てば何でも手に入る――。
金、宝石、そして女も――。
(皇帝陛下、万歳だ――)
皇帝陛下のいいところは、帝国軍が戦闘で勝利したあと、略奪行為を咎めないことだ。そして、「いくらか」目こぼししてくれる。
金品なら、『発見報酬』として少しは発見者の取り分として認めてくれるし、女なら、生娘である必要は特にない――。
(つまりは、そういうことだ――)
アジムサルは自分のテントへと体を滑り込ませた。周囲の人払いはもう済ませてある。
テントの中は質素なものだ。
行軍中なのだから仕方がないのだが、アジムサルにとって、このテントの中こそがまさしく『楽園』だった。
寝る場所も、酒も、そして――。
「ほう。聞いていたよりもさらに美しいな――。お前、生娘ではないな?」
アジムサルは、ベッドに腰かけている少女に問うた。
実際のところどちらでも構わない。
いや、むしろ生娘は少々面倒であるかもしれない。
「そんなこと! どうしてお前なんかに!」
「今もその男のことが好きなのか?」
「好きかですって? 私は貴族家の女よ? そんな心で男に抱かれるなどあるわけないでしょう」
「――なるほど、な。男は嫌いか?」
「男なんてみんな、女を道具としか思っていないのよ。父上もそうだったわ」
「政略結婚か――。貴族の家では当然のことなのだろうが、平民の世界ではそんなことはない。基本的には自由に好いた男と一緒になれる――」
「――――」
アジムサルは、少女の目の前まで来ると、兜を外した。兜のなかに収められていた銀色の髪がはらはらと流れ落ちる。
「――え……、あなた――」
「少し待て――。鎧も外す――」
そうして、次々と身につけていたものを次々と脱ぎ捨てると、少女の前に惜しげもなくその姿をさらした。
「――お、んな、だったのね」
少女がそう呟いた。
「女だが、女が好きでな――。わるいか?」
そういうなり、少女の唇に自分の唇を合わせる。
「ん――」
と、少女が呻くが、アジムサルはそのまま少女をベッドに押し倒し、優しく髪を撫でてやる。
充分に唇の感触を味わった後、ようやく離れると、
「ふむ。気に入った。私はあまり名を聞かないのだが、お前の名前は知りたいと思った。教えてくれるか?」
と、至近距離で目を見て告げる。
「――エベリナ」
「エベリナ、か。ではこれからお前のことは、リナと呼ぶことにする」
「これからということは、次もあるということ?」
「そういうことだな」
「どうせ、飽きたら捨てるのでしょう?」
「それは否定できぬ」
「正直な人ね」
「嘘をつく理由がない。嘘は相手の心を繋ぎ止めるための手段だからな。私には必要ない」
「あなたのことはなんて?」
「『将軍』だ」
「では、『将軍』、どうぞ続きを……。私、女の人は初めてなので、あっ――」
アジムサルはその言葉の途中で、少女の胸に手を這わせた。
「心配いらぬ。皆初めてはあるものだ」
そうして再び、唇が合わさった。
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エベリナは事が済んだ後、『将軍』が鎧を着てテントを出て行くのを見送っていた。
初めての経験だったが、『将軍』は、とても優しかった。
あの優しい『将軍』が、鎧を身につけるごとに勇猛な戦士へと変貌してゆく姿をエベリナは見続けた。
そして、テントを出てゆく前に、『将軍』は一つだけ言い残してテントの入り口をくぐっていった。
『生きていれば、今夜も――』
エベリナは何も言わなかった。いや、何と声を掛ければいいか、正直わからなかったのだ。
「お早いお戻りを――」
エベリナはすでに見えなくなった『将軍』の背中に向かってそう呟いた。




