第53話 『神聖女』、初めて敵に攻撃を加える
「くぅっ! やはり二度目のエリアボス戦はそう甘くはないかっ! ユリア! 私は敵に集中します! 自身の生命維持には気を付けてください!」
アンがそう、ユリアに告げた。
ユリアは、
「生命維持は私の得意分野ですのよ!? 始めからアンは敵に集中すればよいだけのことです!」
と、そう負けじと返す。
どうもアンはまだ、ユリアを守らなければならない存在だと思っている節がある。
そのことに対する怒りにも似た感情が、ユリアの言葉の語気を強めていることを、本人も自覚していた。
「――そうですね……。変わらなければならないのは私の方ということでしょうね。ユリア、じゃあ、一つ注文を付けても?」
敵の攻撃をしのぎつつ、少し後退する隙を見つけたアンが、ユリアのすぐ前まで下がってきてそう言った。
「もちろんですわ! 何でも言ってください!」
と、売り言葉に買い言葉で応じるユリア。
「では、私が敵の背後に回った時だけで構いませんので、単発攻撃魔法を撃ってください。威力は問いません。むしろ、タイミングが重要です――」
アンの注文にこたえられる魔法をユリアは幾つか習得している。
ちまたでは『神聖女』などといわれているが、攻撃魔法が撃てないわけではないのだ。
ただ、実戦を経験していないため、今対峙しているボスモンスターに通用するかどうかはわからないが。
二人が今対峙しているモンスターは、【狂獣鬼の将軍】というらしい。
一応のところ、各フロアボスについての基礎情報は、レンさまが用意してくれていたメモに記載されている。
【狂獣鬼の将軍】の魔物ランクは「C」。
下級モンスターでは最上位ランクの「C級」とあって、体の大きさ、膂力の強さ、身体の強靭さなど、どれをとっても、一般の人間が上回るところはないほどの魔物だ。
ユリアにしても、もし、防御系の魔法を使用していない状態で殴られでもすれば、良くて失神、悪ければ死に至る可能性すらある。
「できますか――?」
と、アンがユリアの方に横顔だけ向けて問いかけてくる。
アンの言葉が、ただ魔法を撃てるのかという意味でないことをユリアはしっかりと理解している。
いくら威力の小さい魔法といえども、敵に攻撃を仕掛ければ、自分に攻撃の標的が移る可能性は大いにある。
つまりは、「覚悟」を問われている、ということだ。
「――も、もちろん! 私だって、冒険者になると決めた時にすでに覚悟はしています!」
アンに怖気づいたと思われたくない一心でそう返したが、本当のところ、急に背筋が冷えたような気がしている。
「そうですか――。では、お願いしますね!!」
言うなりアンはそのまままた敵に向かって駆けだしていくと切り結び始めた。
ユリアは、状況を注視しつつ、タイミングを逃さないようにと、短杖を【狂獣鬼の将軍】に向けて照準をつける。
――撃てる魔法は――。
この位置から【狂獣鬼の将軍】を狙うのだから、もちろん、遠距離飛翔系の魔法になる。
ユリアが習得している遠距離飛翔系魔法は、『火球』と『氷弾』の2種類だ。
どちらも攻撃魔法の基本魔術式だが、その分、発現速度が速い。
威力より、精度とタイミングが重要というのであれば、撃ち出し速度が若干早く、直線的に飛ぶ『氷弾』の方が都合がいいだろうか。
(絶対、外さないんだから――)
ユリアは、そう念を込めつつ、アンの動きから目を離さない。
そして、とうとうその瞬間がやってくる――。
アンが態勢をうまく入れ替えて、【狂獣鬼の将軍】の背後に回った――。
ユリアの視線の先に、【狂獣鬼の将軍】の腹があらわになっている――。
「ユリア! 今だ――!!」
「アイス! バレットぉ――!!」
アンの掛け声とほぼ同時のタイミングでユリアが発動句を告げる。
短杖の先が薄白く光ったと思うと、その瞬間、こぶし大ほどの氷の弾丸が、一直線に発射された。
ズバン!! という空気を割く音——。そして、ドカァ!という衝突音。
「あたったぁ!!」
「いいぞ、ユリア! おらぁ!!」
ザシュッ――という肉が弾けるような音がユリアのところまで届く。
アンの袈裟切りが見事に【狂獣鬼の将軍】の背中を捉えたのだ。
ぐがああああ――!!
瞬間、地響きがするかのごとき咆哮。【狂獣鬼の将軍】の「悲鳴」だろうか。
しかし、ユリアが2発目を続けて撃つ前に、【狂獣鬼の将軍】も態勢を戻して、アンとまた正対する――。
しかも、その際に、アンの向こう側にうまく回り込んだため、ユリアからは射線が通らない。
「今のままじゃ、撃てないわ!」
「大丈夫、ユリア! それでいいですよ! 次もその調子でお願い!」
「はい! まかせて――!」
そこからは先ほどの繰り返しで、数発『氷弾』を撃ち、数回アンの斬撃がヒットしたところで、とうとう【狂獣鬼の将軍】が膝をついた。
「終わりだ、鬼野郎——」
アンはそう言うと、ひらりと剣を滑らせた。
次の瞬間、【狂獣鬼の将軍】の首が地面に落ちる音が響いた。




