第50話 『迷宮管理者』、揺籃の迷宮最奥のボスと対峙する
「ここが最奥の部屋か――」
レンがそう呟くのを聞いたノエリアが、これに応じる。
「この部屋のボスは、【凶乱の牛男】ですね」
ギルドの情報によると、この『揺籃の迷宮』の最奥の玉座の間に出現するエリアボスは、いわゆる【牛男】なのだが、通常の『牛男』とは少し違っているところがある――。
「なんでも、腕が4本あるらしいぞ?」
と、ロジーナがその特徴を指摘した。
「しかも、半狂乱で、戦闘パターンが定まらないそうですよ?」
と、追加情報はノエリアだ。
これまた厄介な敵のようだ。
『ゆりかごの間』でも、滑空攻撃を仕掛けてくる【翼獅獣】という難敵と戦ったが、どうもこの迷宮のエリアボスは、ことごとく難敵ぞろいだった気がする。
(まあ、与しにくい相手というだけで、まったくもって相手にできないというわけではないからな……)
だから『A級推奨迷宮』なのだろう。
『S級』ともなると、持久戦や団体戦など、事前準備をしてかからないと倒せないか、あるいは死傷者を覚悟しなければならないレベルになってくる場合もそこそこある。
だが、『A級』の場合はそこまでの圧倒的戦闘力を持つものはなく、一人でも状況判断力、適応力さえあれば、討伐あるいは撤退が可能だ。
(そもそも、それがダンジョンの脅威度の基準だからな――)
「じゃあ、各自、状況報告を怠らず、気を抜かずに慎重に、だ。いつも通りの陣形で行くぞ」
「ああ」
「はい」
レンの指示にロジーナとノエリアが返事を返してきた。
ロジーナが右、レンは左。その後ろにノエリアというのがいつもの布陣だ。
そのままの形で扉に到達すると、レンとロジーナの二人が扉に手を掛けて押し開く。
部屋の広さは特に目を引くところもない通常のボス部屋の広さだ。
左右約30メートル、奥行きは50メートルほどか。
天井までは10メートルぐらい。
なので、ここに出現するボスの大きさは、それほど大きくないと思っていいだろう。
部屋に入ると壁面に掲げられた燭台に火が灯るのもお決まりの演出だ。
そして玉座に坐す【牛男】がゆっくりと立ち上がる――。
(ち、本当に腕が4本ありやがる――。しかも、左右に丁寧に片手斧と凧型シールドを1対ずつ装備してるのかよ)
攻防一体型――。
難敵であることには間違いなさそうだ。
「行くぞ!!」
言うなりレンが駆け出す。
その少し離れた隣をロジーナも共に駆け出している。
レンは、「まずは初撃」と、左に跳ねる。ほぼ同時に、ロジーナも右に跳ねた。
(いいタイミングだ、ロジーナ。右は任せた――)
レンは、左側だけに集中する。
「はあああぁ――!」
と、気合一閃、カイトシールドの下部に剣の刃を入れ込むように跳ね上げる。
があん!!
という衝撃音とともに、盾が跳ねあがる。
「やあ!!」
と、次の声を上げると同時に、返す刃で左側面の脇腹に斬りつける――。
ざしゅ――っという手ごたえがレンの腕に伝わる。
が、次の瞬間、片手斧を握った腕が振り下ろされてくる。
レンは、右足に力を込めて、地面を蹴り込み、身体を後方へと逸らしながらバックステップした。
レンの眼前を通り過ぎる片手斧――。そして、さらに、レンは後方回転しながら追撃の盾での『バッシュ』もかわした。
ど、どん!!
という爆裂音がレンの右方向から聞こえると、その方向にもくもくと煙が上がるのが目に入る。
ノエリアの『火炎弾』だろうか。
うごぉおおおおおおん――!!
【凶乱の牛男】がいきなり咆哮をあげる。
そして、両手を広げ、腰を落とすと、そこから片足を振り上げ、地面を踏み鳴らす。
どおおん!!
という音とともに、レンの身体に走る「震動」――。
(しまった!! 特殊攻撃か――)
一瞬、レンの身体全体が硬直する――。
「ノエリア――!!」
レンはかろうじて口を動かすと、右方向にいるはずのノエリアに叫びかける。
「『硬直解除』――!! レンさん、ロジーナさん、大丈夫ですか?」
レンの身体が緑色の光に包まれ数瞬で消え去る。体の硬直が解除されるのを感じる。
「ああ! 助かった!! うおっと!?」
レンは繰り出されてきた片手斧を剣の腹で跳ね上げる、が、そのままレンの眼前を通過していき……。
ぐるんと【凶乱の牛男】が向きを180度反転させる。そして続けざまの「左腕による」斧攻撃。これは飛び退りながら躱す――。
そこからの【凶乱の牛男】の動きは確かに読みにくかった。
回転する、2連撃する、盾と斧のコンビネーション攻撃、駆け出してダッシュ攻撃――。
身体を常に動かし続けながらも、急に「四股」を踏んでは『硬直誘発』――。
しかし、よく相手を見れば、何というほどのこともない。
時間が経つごとに増えていく切り傷と火傷の跡が、徐々にだが確実に【凶乱の牛男】の体力を奪っていっていることを伝えてくる。
うぅぅうううぅううぅぅ……。
【凶乱の牛男】が恨めしくそう唸る――。
すでに攻撃速度は鈍重で、初めの頃のような勢いも変化も見られなくなった。
「ここまでだな、牛ヤロウ! とどめだぁ!」
電光石火の動きで、レンは正面に回ると水平突きを繰り出した。
ざくっ――という無情な音が部屋にこだまする。
そして、ついに【凶乱の牛男】の身体から、力が抜けた。
どおん、という震動音が部屋中に響くと、とうとう静寂が訪れた。




