第45話 『迷宮管理者』、先輩冒険者として助言する
「レンさまー! 私、初めて自分でお金を稼いだんですよ!」
レンを見つけるなり、ユリアが声を上げて駆けてくる。
アンはその後ろから、少し不機嫌そうな顔をしてこちらの方にゆっくりと歩み寄ってくる。
おおかた、ユリアがこちらを見つけるなり、嬉しそうに歓声を上げたことが気に食わないのだろう。
(なかなかに打ち解けない娘だ――)
しかしながら、ユリアが『神聖女』であり、サウスリーゼ王女であることを考えれば、アンの態度も腑に落ちる。
本当のところであれば、どこかの貴族家なり王家の血筋のものなりのもとに身を寄せて、ユリアを安全なところに匿いたいというのが本音なのかもしれない。
「レンさま! アンって、凄いんですよ? 迷宮に出現する魔物たちを片っ端から斬り伏せていって、3層のボス部屋では――」
そうレンに告げるユリアを遮るように、アンが言葉を発する。
「ユリアさ――。あ、いや、それほどのことでもないよ、ユリア。今日の魔物は、ほんの肩慣らしに過ぎないよ。明日からは、もう少し気を引き締めないといけない――。だろう? レン殿」
と、珍しくアンの方から振ってきた。
「まあ、そうだな。それでも、初迷宮で、エリアボスまで辿り着いたのか? 大したものだ」
もちろん、見ていたのだから知っている。
知っているのだが、さすがに後をつけて様子を見ていたとは言えず、適当に話を合わせに行くレン。
「エリアボスの豚のような顔の大男? あれを簡単に倒しちゃったんですよ! すごいでしょう!?」
ユリアが瞳を輝かせて、聞いてくる。
「たしか、エリアボスは『豚男戦士』だったな――。初級冒険者の登竜門的な存在だよ。はじめてあれと対峙した初級冒険者の中には、その巨体と圧倒的な力に気圧されて逃げ出すやつもいるぐらいだ。それを、初見で倒したんだから、将来有望だな――なぁ、アン」
「ふん。あの程度、たいしたことはない。だが、礼を言うレン殿。おかげで、少し、実入りがあった。今日は、この間のお礼を――」
と、アンがそう言いながら、腰のポーチを叩く。
おそらく、今日の飯代はこちらが払うとか言うつもりなのだろう。
が、『石牢の迷宮』はいわば『チュートリアル・ダンジョン』だ。
エリアボスの『豚男戦士』はそれなりのものをドロップするし、エリアボスの部屋には宝箱も出現する。
とは言っても、結局は、Eランク程度の魔物でしかない。
ここの料金を払ってしまえば、たいして手元に残らないことをレンは知っている。
「そんなものは、要らないって言っただろ? そうだな――。せめて、次のエリアボスを倒したら、奢ってやられてもいいぞ?」
「くっ! 折角のユリアの気遣いを――!」
「いいじゃありませんか、アン。こちらの誠意は伝わっているのです。レンさまが『今じゃなくていい』とおっしゃるのなら、また改めればいいだけのこと、ですよ?」
(そういうことでもないんだが――)
と、レンは少々アドバイスを投げてやることにした。
「――それより、明日も行くつもりなのか?」
と、レンは、少し発破をかけてみる。
「ええ! もちろんです! 明日はさらに先へ進もうって、二人でそう話しながら帰ってきたのです」
と、当然という表情で返してくるユリア。
「そうか――。なら、明日朝、迷宮に行く前に、こことここに寄って行け――」
そう言って一枚のメモ書きをテーブルの上に広げた。
「――武器鍛冶と魔導具屋の場所だ。今日の報酬はもらったのか?」
というレンの言葉に、こくこくと頷くアンとユリア。
「――それなら、そこそこいいものが買えるはずだ。アン、お前の剣、そろそろ替えないと、戦闘中にポッキリ折られてしまうかもしれないぞ?」
「うっ……、どうしてそれを――?」
「それに、ユリアもだ。魔法にばかり頼ってると、魔力切れになった時にどうしようもなくなる。余裕のある時には魔導具をうまく使うことだ」
「あ……」
二人は、レンの指摘に、自分たちの「現在地」を再認識したような顔つきに変わる。
レンの言いたいことが、ぐさりと二人の胸に刺さったことだろう。
「二人とも、俺に何かを返したいと思ってくれるのはありがたいことだし、別に気を悪くする理由もない。でも、まずは自分の足元を見ることだ。武器や道具をある程度揃えたら、今度は装備品だ。いつまでも、そんな格好ではダメージコントロールもうまく行かないぞ?」
二人の表情に、少し影が落ちている。
(しまった。言い過ぎたか――?)
レンは、もう少し婉曲にいうべきだったかと、少し後悔する。
「――いや。その通りだ……。レン殿、お礼の件はもう少しお待ちください。まずは、ユリア様の装備を整えるべきでした」
「アンばかり悪いわけじゃないわ。私もいざとなったら魔法でとか思い過ぎてたみたい。そうですね。レンさまの仰る通りでしたわ」
ふぅ、と、レンは内心で溜息をつく。そして、このタイミングを逃さずに次の言葉を継げた。
「――その店のオーナーに、俺から紹介を受けたと申し出るんだ。ここに俺のサインを入れておく。これで、請け合ってくれるだろう」




