第40話 『迷宮管理者』、初級冒険者に依頼する
「私たちのものは、金属ですらありませんよ――」
ユリアが自分の木製の冒険者証を見て、不満気にそう言った。
レンは、少し調子に乗ってしまったことを悔やむ。
二人にしてみれば大変な訓練を消化して得たはじめての冒険者証なのだ。それが、金属ですらないというのは非常に安っぽく思えてしまったことだろう。
「――あ、いや……。ほら、見習い冒険者って、期間が短いだろ? ギルドも一応商売だからさ、短期間の間しか使わないものにそんなに経費掛けられないんだって、前に、レスターに聞いたことがあるよ」
苦しい言い訳に聞こえるかも知れないが、事実である。
実際、普通に『依頼』をこなしていれば、次の『正式冒険者』であるE級に上がるまでの期間は、長くてもせいぜい1週間ほどしかない。
「――そうなんですね! じゃあ、さっさとE級に上がって、金属プレートをもらうことにしますわ! E級って、どんな色なんですか?」
「そこは、楽しみにしておくってのはどうだ? まあ、金属ではあるとだけ言っておいてやろう」
と、レンは答える。
「そうですね、わかりました。アン! 明日からガンガン、『依頼』をこなしていきますよ!」
「ガンガン……ですか。そんないいまわし、どこで覚えてこられたんですか――。はあ、なんだか、ユリアがどんどん俗物化して行く気がしています――」
アンが少し頭を抱える仕草をする。ユリアは、アンのその言葉を聞いて、怪訝な表情を浮かべる。
「『俗物化』って――なんですの?」
と、アンの言葉の意味が理解できなかったようだ。
「まあ、つまりあれだ、」と、レンは前置いて、
「……一般人にまぎれ込んで行っているということさ。王族ってのは、身に染み付いたような『高貴さ』があるからな。そういうものが削ぎ落されていくってのは、これからの生活を考えれば、むしろ、いいことじゃないか、アン」
「それはそうだが……」
「アンは、私が『成長』するのが、嬉しくないんですね?」
と、少しむくれるユリア。
『俗物化』が成長かどうかは謎だが、環境が変われば考え方や生き方も変わるものだ。ユリアはすでに「新しい人生」を歩み始めているという証かもしれない。
「――ああ、そうだ、忘れるところだった。本題を話すことにする」
と、レンは仕切り直す。
二人が、レンの言葉を聞いて、耳を傾ける準備をするのを確認してから、レンは、二人に『依頼』をひとつ投げかけることにする。
「二人にぜひやってもらいたい仕事があるんだ」
二人の表情に少し変化が見えた。
「仕事――?」と、ユリア。
「それは、『依頼』ということか?」と、アン。
「ああ。実は俺はいくつかダンジョンを所有していてな。その一つ、『石牢の迷宮』の探索をお願いしたいのさ。『石牢の迷宮』は、初級冒険者用の登録ダンジョンにちょうどいい仕様になっていてな。二人に最終確認を行ってもらおうと思ってる。問題なければ、探索ダンジョンとして申請に出すつもりだ」
レンは『依頼』の内容を一気に話す。
「つまり、登録前の事前検証――ということか?」
と、アン。
「――でも、たしか、『迷宮探索クエスト』はE級からしか受注できないんじゃありませんでしたか?」
と、ユリア。
その通りだ。ユリアは訓練課程の座学もサボらずしっかり聞いていたのだろう。
そういうところにも、彼女の本気度が表れている気がする。
「ああ、だけど、一応『抜け道』があるのさ」
と、レンは少し意地悪な笑みを浮かべて見せる。
二人が少し眉を寄せる――。
「ははは、そんな顔をするな。別に規定違反でも何でもない、ただ、『特殊な受注方法』というだけのことさ。もちろん、結果的にはギルドを通すから、しっかり実績としてカウントもされる。だから、昇級にも影響しない」
そう言いながら、一枚の書類をテーブルの上に広げるレン。
「これは?」と、ユリア。
「『直接依頼申請書』というやつさ。本来、クエストを発注する際は、ギルドに行って、『通常依頼申請書』で申し込む。その場合は、二人も見たことのある、あのギルドの掲示板に貼りだされ、その依頼を受けたい冒険者の誰かが受注してくれるという流れだが……」
レンは、そこでわざと間を置く。そして、二人の反応を見る――。
「なるほど――。その場合、誰が自分の『依頼』に当たってくれるかは選べない――。こちらだと、依頼したい『冒険者』を選択できるというわけか――」
と、アンが理解を示した。
「そういうことですね」
と、ユリアも合点したようだ。
「御明察。ここに二人の名前を書いて、ギルドの受付カウンターに持って行けばOKだ。『依頼主』側の記述はすでに済ませてあるし、ギルドの許可も下りている――。どうする?」
と、レンは口角を上げる。
「――やります!! ぜひ、やらせてください!!」
「ユリア!? 迷宮なんですよ、わかってるんですか?」
「もちろんです! わざわざ私たちの卒業の日に合わせてレンさまがご用意くださっていたのです。ここで断るのは『冒険者の流儀』に反しています!」
「『流儀』、ですか――?」
そんな『流儀』など、おそらくない。
ただ、二人には言えないが、レンが『迷宮管理者』権限を使って、『調整しておいた迷宮』であることには違いない。
おそらくのところ、最終階層まで踏破する頃には、C級冒険者ぐらいにはなっているはずだ。
「期限は付けていない。少しずつ自分たちの成長に合わせて最終階層まで進んでくれればいい。もちろん最終目標は、最下層のボス部屋のボス討伐だ。やってみるか?」
二人の表情に明らかな高揚感が見えた。
どうやら、ふたりとも、もう『冒険者の一員』であるようだとレンはそう察する。
「わかった。やらせてもらおう――」
「やったぁ! 私たちの初クエスト受注ですね!!」
アンも納得したように頷いた。それを見たユリアが、ぱぁっと笑顔を弾けさせた。




