第38話 『神聖女』、回復魔法を使う
「ぐわぁ!? う、腕がぁああ!」
訓練中、中庭に悲鳴が上がった。
ユリアは、ハッとしてその声の響いた方に視線を向ける――。
すると、そこには右腕の肘あたりを押さえてうずくまる男と、それを見下ろすように仁王立ちしている体の大きな男が立っているのが見える。
「調子に乗りやがるからだ――。少しは痛い目を……」
ばきぃ!!
「――ぐえっ!?」
その体の大きな男がうずくまる男に対して声を発した瞬間、その体が宙を舞う。
「――ったく、やり過ぎだこの馬鹿が……」
大男を殴りつけ、そう吐き捨てたのは、今回の訓練を担当する女性教官だった。
大男はそのまま地面に倒れてのびてしまっている。
それにしても、女の人であの腕力とは――。
さすがにA級冒険者ともなると、実力が圧倒的だ。
「ん――。こりゃあ、ちょっとまずいぞ? おい誰か、急いで治癒術師を呼んできてくれ! 私は応急処置を始める――。おい! 大丈夫か!? 気をしっかり持て!」
女教官が男の人の傷口から出血しているのを見て少し慌てるそぶりを見せた。
「あの――、私でよければ、回復術と修復術が使えますけど……?」
思わずユリアはそう口に出してしまっていた。
「ユリア――!?」
ユリアの言葉に最初に反応したのは、アンお姉さまだった。が、それ以上は言葉を飲み込む。
アンの言いたいことは、ある程度理解している。
でも、ユリアの見立てでは、この腕の折れた男の人、このまま放っておいたら、再起不能になる可能性が高い――。
良くて「障害が残る」か、悪ければ、「腕が壊死」して切断しなければ命にかかわるかもしれない――。
(ごめんね、アン。でも、放っては置けない――)
「お前は、たしか――」
「ユリアです」
「ああ、回復術に覚えがあるとか言っていたな――。いいだろう、事は一刻を争う。出来る限りで構わない、治癒術師が来るまで、持たせてくれ――」
女教官がユリアにそう告げ、男の人を脇から支えながら、少し体を寄せた。
「――はい。頑張ります」
ユリアはそう言いながら男の傍に膝をつく。
「うう、ぐ……、ぅぅ――」
その瞬間、腕を押さえていた男の人の意識が落ちるのがわかった。
「くそ! 本当にまずいぞ!? いくら誓約書を取っているからといっても、死なれちゃ寝覚めが悪い! 勘弁してくれよ――」
「大丈夫です!! まだ、間に合います!!」
ユリアはもう、加減などしている場合ではないと覚悟する――。
(光の女神アロアよ――)
と、起動句を出来る限り小さな声で唱えはじめる。
(御身の化身たるユリアが乞う。我の血潮とマナを捧げる。彼の身に降りし災禍を取り除きたまえ――)
『女神光の祝福』――!!
ユリアの身体が発光し、光が差す――。
そして、その光が、ユリアの身体を介して、気を失った男を優しく包み込んでいった。
「これは――。こんな治癒魔法、初めて見る――」
女教官が驚きながら、そう呟くのが聞こえたが、今はこの人の命の方が先決だ。
ユリアは一心に念じ続ける――。
身体全体が熱を持ち始め、そろそろ限界が近付いてきたころ、ようやく男の人の傷が綺麗に消え去り、折れた腕も元通りに修復が完了した。
「――もう、大丈夫です。けれど、結構な魔素を送り込みましたので、反動がきついと思われます。しばらくは安静にして頂いた方がいいと思います」
ユリアは、男を抱きかかえるようにしていた女教官にそう告げた。
「お前、いったい――?」と女教官がそう呟いた時、
「怪我人の状態は!? かなりヤバいと聞いたが!?」
と、ちょうど、別の男の人の声が聞こえた。おそらくは呼び出された治癒術師の人だろう。
「あ、ああ、ここだ! エロード!! 診てくれ!!」
女教官も今優先すべきことがユリアの方ではないことを理解しているようで、その男の人の声にすぐに反応した。
「――んん? どういうことだ? 骨が折れて出血があると聞いてきたんだが――?」
治癒術師の男――たしかエロードさんだったか――が言った。
「ああ、出血もあった。衣服を見ればわかるだろう? だが、この子が回復術式を展開してくれたおかげで、綺麗に治ってしまった。どうだ? 本当に治ってるのか?」
女教官は一応念のために問いかけているのだろう。
「――ああ。まったく問題ない。傷は完全に癒されている――。ただ、この魔素量――。これが抜けるには少し時間がかかるだろうな。しばらくは絶対安静だ。――どうやら、意識はまだ戻ってないみたいだが、それも数分から数時間といったところだろう。――おい、誰か手を貸せ。こいつを医務室のベッドに運ぶんだ!」
てきぱきと指示を出し、周囲の冒険者見習いたちを使って、腕の折れた男の人を抱えるようにして運び出す。エロードさんも一緒について行ってしまった。
「おい! いつまで寝てるつもりだ! 起きろ!」
女教官は、そう言いながら、地面に寝転がっていた大男を足で小突く。
「う、ううん――。ああっ! このヤロウ! 俺を殴りやがったな!」
「調子に乗りすぎるからだ――。なんなら、もう一発くれてやろうか? ああ!?」
「う……、いや、それは……」
「お前は、罰として訓練終了後説教してやる――。嫌なら、すぐに訓練を打ち切ってやっても構わないぞ? まあ、その場合、お前の名前とギルドの訓練課程を途中脱落という記録がしっかり残るがな?」
「すいません――、それは――」
「ふん、わかればいい。訓練終了後に身に染みるまで説教してやるから覚悟しておけ—―」
その後、女教官は、「訓練を続ける――」と宣言した。




